第11話 フェイスはやめなよ、フェイスは……

 放課後は、結愛が名雲家へ来ることになっていた。


 結愛より先に帰宅していた俺のところに、『慎治、鍵閉めといて』とMINEのメッセージが届く。


 俺が家にいるのだから鍵を閉める必要はないだろうに、と不思議に思うのだが、どうせ結愛は1度言い出したら聞かないのだ。言われた通りにして、リビングのソファで待っていると。


「うふふ」


 見せびらかすように手に合鍵を持った結愛が、ドヤ顔でリビングに顔を出す。


「合鍵がそんなに嬉しいか?」

「そりゃうれしいよ~」


 ご機嫌な結愛は、ネックレス仕様になった鍵を胸の谷間に押し込む。

 面倒なことをする羽目になったものの、喜んでくれるのなら合鍵を渡した甲斐もあるというものだ。


 結愛は名雲家の客ながら、もはや家族のようなものだった。


 本来はお客のはずの結愛が、この日の夕食当番だ。

 俺も家事は一通りこなせるのだが、結愛の方が料理の腕前は上だ。夕食当番が結愛だと紡希が大喜びするので、俺からすると複雑ではあるのだが。


 S道橋のK楽園ホールで試合をしている親父を除いた状態での夕食の席。元はそれぞれ別の家庭で過ごしていた三人が集まっているのに、今やすっかり三人ひっくるめて『名雲家』になった気がするほどの馴染みっぷりだった。


 そんな結愛を駅まで送り届けるのも、もはや恒例になっている。

 うちの地域の治安に問題はないのだが、彩りのある夕食をつくってくれたのに夜道を1人で帰すのは申し訳ないし、第一、放っておくと紡希に怒られる。送っていく、という選択肢しかなかった。


 決して、結愛と2人きりの時間を過ごしたいとか、そういう甘ったるい理由があってのことではない。


 静かな夜道を2人で歩くこの時間に、その日学校であったことを話す。いつの間にか、そうするようになっていた。

 これは学校内で気楽に話せない都合上、この時間に話してしまおうという理由である。家で話すと、紡希が置いてけぼりになってしまうので、こうなった。


 まあ今日は、いつものように昼休みのみならず体育の授業中にもアクシデント込みで会話があったので、積もる話はそんなにないと思っていたのだが。


「やっぱり私さぁ、慎治の顔見たいなって思って」


 立ち止まって、結愛が俺を見上げる。


「……まだ諦めてなかったのか」


 昼間に終わった話だと思っていたのに。結愛もあれ以降蒸し返すことはなかったわけで、もう飽きたのかと思っていた。


「だって、私が知らない間に他の人に見られてたら嫌じゃん」

「そんな貴重なモノでもないし、前髪が俺の顔全部を隠してるわけでもないんだから、素顔もそんな変わんないぞ?」

「そう思ってるなら、そこまで渋ることないんじゃない?」


 結愛の言う通り、あまり拒否を続けると、まるでもったいぶっているみたいになってしまう。自分の素顔を大層なものと思っているように見えてしまうかもしれない。


「……わかったよ」


 観念した俺は、結愛の前で前髪を上げる。

 普段目の近くまで伸びている髪が邪魔にならなくなったからか、やたらと視界が開けた気がして、開放感すら感じた。


「へぇ、ふーん、なるほどねー」


 結愛はつまらなさそうな返事とは裏腹に、実に愉快そうな顔をして俺の顔をじろじろ眺める。


 結愛が俺の顔を見ているということは、俺もまた間近で結愛の顔を目にしているわけで、視線をどこへ向けるべきかわからなくなってしまう。


「慎治ってよく見るといい顔してるんだよね。私、好きだよ」

「やめろ。俺の顔のことにはもう触れないでくれ」


 俺は両手で顔を覆った。


「だいたい、結愛だって俺にすっぴん見られるの気にしてただろうが」


 以前、結愛が名雲家に泊まりに来た時、結愛はやたらと素顔を見られるのを気にしていたのだ。結局、すっぴんになろうが、ちょっと幼い印象になるだけで顔がいいことに変わりはなかったのだが。


「もう平気だよ~。慎治になら全然見せられるし」


 平然とした様子で、結愛が言う。


「慎治が、それでいいって言ってくれたから」


 微笑む結愛を前にすると、このまま顔を合わせ続けるのも限界に達した。


「ほら、遅くならないうちに早く帰れよ。もたもたしてると終電なくなるぞ」


 俺は結愛の先を歩いてしまう。


「あーあ、残念だなー、これでも慎治は落ちないかー」


 残念そうにするでもなく、やたらと弾んだ声の結愛が追いかけてきて、俺の腕に抱きついてくる。


 結愛から褒められるのは、嬉しくてこそばゆくなるくらいなのだが、やはり顔についてあまり触れられたくない気持ちは変わらなかった。


 もし本当に恋人同士だったら、俺は素直に結愛の評価を受け入れていただろうか?


 俺は未だに、結愛の本心を測りかねていた。

 結愛が俺に親しくしてくれるのには、特別な理由がある。


 俺たちの関係は、紡希を抜きにしたら成立しない。

 それがなかったら、陰キャの俺と陽キャギャルの結愛とでは、何の繋がりもない。


 桜咲は、親友の結愛がどうして俺を『彼氏』にしたのかわからないそうだ。

 桜咲の疑問はもっともだと思う。俺たちが、『紡希が大事』という思いで結びついていることを知らないからだ。


 桜咲につつかれたから、というわけではないのだが、最近の俺は、結愛の本心が気になっていた。


 けれど、今は今で居心地がいいので、下手に変化を起こすような気にもなれないのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る