第28話 ハンズフリーにしなくてもヤツの声は響く

 夜。

 親父から電話が来た。


『おめぇ、どうよ?』


 親父は今、遠征先にいるので、そこから電話を掛けてきているのだが、これも親父の習慣だった。高校生になったとはいえ、紡希のこともあるから何かと心配してくれているのだろう。


「大丈夫だよ。親父がいなくても上手くやってるから」


 高良井と関わるようになる前よりも後ろめたさを感じることなく言うことができた。


『なんだぁ。もっと寂しがってくれると思ったんだが』


 親父は不服そうでもあり、嬉しそうでもあった。


『おめぇ、楽しそうじゃねぇか?』

「デカいヤツがいないおかげで家を広々使えるからじゃない?」

「電話口とはいえ極めるぞコノヤロ」


 親父が笑う。


『ちょっとは心配だったけどよ、その調子じゃ大丈夫そうだな。前よりずっと元気そうだ』


 親父にもわかるようだ。

 前より元気になった理由であろう高良井のことを話したい気持ちはあるのだが、クラスメートの女子が頻繁に家にやってくる、なんて言えば変な誤解をされそうだから電話口で話す気にはなれなかった。いずれ親父は帰ってくるわけだし、込み入ったことはその時に言えばいい。


「まあ、俺が元気なのを確認するためにさっさと帰ってこいよな」


 俺は言った。

 親父のイメージでは、きっと俺は紡希を前に四苦八苦していた時のままだ。

 あんな親父でも、俺のことを心配してくれているのは確かだから、早いところ安心させたかった。


 そうなると結愛のことを話さないといけないんだよな。

 茶化されそうだし、恥ずかしいのだが、親父に知っておいてもらいたいという気持ちもある。


『ああ、土産持って帰ってやるから、楽しみに待ってろ』


 親父が言った。

 親父の遠征土産は楽しみではあるのだが、それより親父が無事に帰ってくるのが楽しみではある。

 もちろん言わないけどな。

 あんまり親父を調子に乗らせるわけにはいかないから。

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