クラスのギャルが、なぜか俺の義妹と仲良くなった。「今日もキミの家、行っていい?」

佐波彗

第1巻「今日もキミの家、行っていい?」

プロローグ

 ある日の夕方のことだった。

 玄関の扉を開けると、金に近い栗色の長い髪をした派手な女子が立っていた。


「ちっす、名雲なぐもくん」

「お断りだ」

「ちょっ、なにが?」


 閉めようとした扉に靴を滑り込ませ、そいつが言った。


「追い返そうとしないでよ。家のこと手伝ってあげるって約束だったじゃん?」

「そういえば、そうだったな」


 確かに、そんな約束をした。

 だが、発案者は俺ではないので、俺としては未だに気が進まないことだった。


 この目立つ見た目をしたギャル……高良井結愛たからいゆあは俺のクラスメートなのだが、ちょっとした経緯があって我が名雲家に入り浸るようになった。


「あっ、結愛さん来てる!」


 階段を駆け下りてやってきた紡希が言う。

 そんなギャルを引っ張り込むことになった原因が、この「義妹」だった。

 紡希つむぎは、俺と違って高良井には好意的だから、高良井の姿を見つけた途端に踊りだしそうなくらい喜んでいた。


「名雲くんに追い返されそうになったよ」


 高良井が紡希に告げ口をする。


「シンにぃ?」

「……すまん」


 紡希に非難するような視線を送られると、俺は素直に謝るしかなくなる。

 紡希のことだけは悲しませたくないのだ。紡希の意に沿わないことは、したくない。


「じゃ、名雲くん、おじゃまさせてもらうね?」


 これ見よがしなドヤ顔を俺に向けてくる高良井。

 いかにも遊んでいそうな雰囲気がある高良井は、やたらと顔立ちが整っていて、俺みたいな勉強くらいしか取り柄のない陰キャは長い間直視できない。


「ああ」


 俺はそれしか言えなくなってしまうのだった。


 ★


 高良井がつくってくれた夕食を食べたあと、俺はリビングのソファに座っているのに他人の家にいるような気分になっていた。


 一応、高良井はお客だ。洗い物くらいは俺がしようと思ったのだが、キッチンに陣取った高良井から、『いいからそこで休んでて』と追い返され、ここにいる。いくらそういう約束になっていようが、やっぱり家事を他人任せにするのは落ち着かなかった。


 高良井はこうしてたびたび名雲家に来ては、食事をつくってくれたり、洗濯や掃除をしてくれたりして、家事の負担を減らしてくれる。


 我が家では親の仕事の都合で、俺が紡希の面倒を見るしかなく、今までは家事に忙殺されて、こうして何もせずゆっくりできる時間なんて取れなかった。

 紡希のことは、元々俺が望んでそうしたことだ。できれば他人の手を借りるような情けない真似はしたくなかったのだが、他でもない紡希が高良井に頼んでしまったことでこうなったので、俺からは何も言えなかった。


「……俺だけでは力不足ってことか」


 紡希を心配させてしまった不甲斐なさに、思わずぽつりと呟いてしまうのだが、向かいのソファには紡希がいるのだ。聞かれていたらどうしようと焦るのだが、スマホで何やらゲームをしているようで、聞こえていないようだった。


「なに? どうしたの?」


 声は背後から聞こえた。

 学校みたいに甘い香水の匂いがするのとは違い、食器用洗剤のほんのりとしたレモンのにおいをさせる高良井だった。女子が漂わせる慣れない香水の匂いよりは、俺からすれば食器用洗剤のにおいの方がずっとよかった。


「別に、何も言ってないが?」

「なんかぶつぶつ言ってたの聞こえたよ~?」


 高良井は俺のすぐ隣に腰掛けてくる。一応2人がけのソファではあるが、距離を詰めすぎだ。ほとんど密着状態だろ。紡希の方に行けばいいものを……。


「あっ」


 ふとスマホから顔を上げた紡希がこちらを見る。


「わたし用事思い出しちゃった」


 立ち上がった紡希は、やたらとニヤニヤしていた。


「シンにぃもたまには結愛さんとゆっくりするといいよ~」


 盛大な誤解をしながら、さっさとリビングを出て行ってしまう。


「あっ、どうせなら俺は紡希とゆっくりしたいのに……」


 俺を置いて行かないでくれ、と手を伸ばすも、紡希が戻ってくることはなかった。


「そうか、俺が紡希の部屋まで行けばいいのか」


 立ち上がろうとした俺だが、高良井に腕を掴まれ、引っ張り込まれてしまう。


「紡希ちゃんの気遣い台無しにしてどうするの」


 バランスを崩した俺の頭は、高良井の膝に着陸していた。その細腕のどこにそんな力があるんだ。


「俺は今ちょっと汗かいてるぞ?」

「だったらなんなのよー」


 やたらと優しい声の高良井は、あろうことか俺の頭を撫でてきやがる。


「やめろ、そういうの。恥ずかしいから……」

「いいじゃん、誰も見てないんだし」


 高良井に見られているから恥ずかしいのだが。

 頭を往復する高良井の手を突っぱねたいはずだったのだが、体がまったく動かない。疲れているはずはないから、これは俺が高良井から離れるのを嫌がっている本能が働いているのだろうか? 自分が自分でなくなっていくみたいで恐ろしいな……。


 こんな状況になるのは、ほんの少し前では考えられないことだった。


 教室での俺は、高良井の膝に顔面を密着させるどころか、ロクに話すこともできない立ち位置にいる。


 高良井と関わるようになったのも、ちょっとしたアクシデントがキッカケだ。

 そもそも、紡希がうちにやってきた事情は複雑だから……俺1人ではどうにもできないことだってあるし、高良井が助けてくれるようになったのはありがたいと言っていいのかもしれない、と、今になってちょっと認められるところもあった。

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