恋を知らない悪役令嬢は異国で元軍人閣下に囚われる
柴犬
第1話 婚約破棄
「リリシーア、お前との婚約を破棄する!!」
忙しい政務の間をぬって、なんとか出席した卒業式のパーティ。リリシーアが卒業生代表として挨拶をしようと壇上へ上がった瞬間、大きな声が響き渡った。
壇上のすぐ下には、このケント王国で1番麗しいといわれている金髪碧眼のトゥーゴ王太子が、ビシッと人差し指を突きつけながらリリシーアを睨んでいた。彼の腕には、桃色の髪をなびかせた可憐な少女がひっついている。といっても「可憐」とは程遠いゴージャスな黄金色のドレスは、かえって彼女を陳腐に見せているが。
「リリシーア!このか弱きミアをいじめ抜く腐った根性。嫉妬に狂う悪女め、ミアと同じ女として恥ずかしくないのか。この学院にもほとんど通わず、出席日数も足りていないと聞く。なのに卒業生代表だと?教師をたぶらかして、私の気を引こうとしているのか。男を立てることすらなく、イヤミばかり言うお前は、私の后にはふさわしくない!」
リリシーアは、ラベンダー色の澄んだ目で王子を一瞥すると
「はあ、そうですか」
とだけ答えた。
壇上にはリリシーア1人、いい見世物である。
もう、トゥーゴとの結婚とか婚約とかどうでもよかった。
それよりも先ほど、大きな黒炎石採掘現場で落盤事故が起きたと報告が入った。事故はどのくらいの規模なのか、作業員たちは無事だろうか、気になってしょうがない。すぐにでも視察に行きたかったが、きちんとした状況を把握するまでは、かえって迷惑になるだろう。
それにしてもシュタイン帝国との取引に、影響はないものか、、、、
「おいっ、おい!!聞いているのか?」
「、、、あら、ごめんなさい、婚約破棄でしたわね」
「なんだ、よほど悔しいのか、呆然とさせてしまったようだな」
「リリシーア様っ、私はただ、罪を認めてほしいの。筆記用具を隠したり、制服を汚したり、階段から突き落としたり、私を殺そうとしたことを認めてほしい、それだけなの!!」
ミアと呼ばれる少女は、潤んだ瞳をバシバシいわせて涙を振り飛ばした。
「ミア!君はなんと優しい女性なのだ。君こそ我が后にふさわしい!」
「まあ、本当!?嬉しいわっ」
、、、はあ。
リリシーアはため息をついた。文房具を隠すような幼稚な人間が、人殺しなんかするんだろうか。そもそも、『殺そうとしたことを認めてほしいだけ』なんていうけど、そんなもの認めたら死罪に問われてもおかしくないんですけど。
「いえ、そんなことはやっておりませんが」
一応、否定してみる。もちろんリリシーアがミアをいじめるわけがない。だが、反論するとさらに話が長くなるだろう。適当に切り上げようとした時、
「フフン、罪も認めず、謝罪もなしか。卑しい女だなリリシーア!」
「キャッ!リリシーア様が私を睨んだわ!私、リリシーア様にまた殺されるかもしれないっ、怖い!!」
「大丈夫だ、ミア。私がそんな目に合わしやしない!リリシーア、未来の王妃の暗殺を企んだお前は、斬首刑だ!!火炙りではなかっただけありがたいと思え」
と、トゥーゴ王太子がのたまった。
今度こそリリシーアは固まった。
”斬首ですって!?”
何をいわれてもいいけど、これはカチンと来た。
私が誰のせいで毎日頑張っていると思っているのだろう。あんたの后になれなくてもいい、ミアと結婚するのもいいでしょう。こんなことは想定済み。その場合、私は宰相にでもなって、おバカなあんたの代わりに、この国を治めることになっていた。それは国王だって認めていること。
嫉妬?わたしは、18にもなって、まだ恋だって知らないのよ。
「おい、衛兵!こいつを牢屋へ連れて行け!」
「いえ、トゥーゴ様、流石にリリシーア様を処刑するには国王陛下の許可がいりますっ」
と王子付きの近衛兵が狼狽えながら答えた。
「そもそも、あなたにそんな権限はありません!」
リリシーアは、相手にしないでおこうと考えていたが、つい口に出してしまった。
するとトゥーゴはズカズカと壇上に上がり、リリシーアに近づくなり、いきなり頬を打った。
パシッという乾いた音が、会場に響く。
「王太子である私に偉そうな口をきくな。くそっ、では王族侮辱罪を適用する。いますぐ国外追放だ、二度とミアとオレの前に顔を見せるなっ!」
得意げに、やってやった!という顔をしている。王子のあまりの行動に、周りの貴族たちは呆気にとられているが、リリシーアの味方をしてくれる者もいない。
ほう、そうですか。
一瞬視界が飛んでふらついたが、なんとか踏ん張った。ジンジンと痛む頬を、まるで周囲に誇るかのように上げ、そして美しいカーテシーを披露した。
「みなさま、ごきげんよう、もうお目にかかることもございませんわ」
と言って、ケント王国を後にした。
ー「チッ」とミアが小さく舌打ちをしたが、誰の耳にも届くことはなかったー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます