第27話 決断!?

 週刊誌の文面はひどいものだった。


『謎の男、フラれる?』

『日野マリン、活動休止の裏に隠された真実』

『日野マリン、休止の理由はストーカーにあり!?』

『ストーカーの正体は日野マリンの親戚か』


 ストーカー、か。

 まあ、タクシーの窓に縋りつく俺と、その後の言葉を聞いていた記者たちが客観的に見れば、そう感じても仕方のないことかもしれなかった。


 さようなら……。

 まるで、もう二度と会わないつもりかのような言葉だ。

 いや、そうなのだろう。

 彼女は、それこそ客観的に判断したのだ。


 もう、会うわけにはいかない、と。

 会えるわけがないのだ、と。


 忘れられないものが二つある。


 倉木さんの、あの勝ち誇ったような顔。

 そして、マリンちゃんの涙。


 悔しい。

 俺には何も……何もできなかった。


 なんなんだ、俺は。

 こんな俺を好いてくれる女の子一人助けられず。

 約束も忘れていた……。


 約束、約束か。

 朝姫との約束――マリンちゃんを助ける。


 何一つ、守れてないじゃないか。


 テレビでも報道されていた。

 活動休止したはずのマリンちゃんにカメラが向けられている。

 彼女は、笑って質問に答えていた。

 内容は入ってこない。


 でも、確かなことがあった。

 目は笑っていなかった。あの目は……助けを求めている目だ。救いを求めている目だ。一時の安息が欲しい目だ。

 ただ、無邪気に笑っていたあの頃を――


「どこ行くの?」


 立ち上がった俺に対し、朝姫が心配そうに顔を上げた。

 味のしない朝食を終えて、食卓から立ち去る。


「お兄ちゃん!」

「今日は月曜だ……大学に行ってくる」


 俺はただそれだけ告げて、家を出た。

 これ以上は自己満足だから。

 エゴだから。

 正義ではないから。


 朝姫には、正しくあってほしい。

 だから、巻き込むわけにはいかない。


 どうすればいいのかも、まだ何一つとして分かってないけれど。

 それでも、でも……。

 マリンちゃんの笑顔を取り戻す。


 家の前に立っていたのは、すみれちゃん――と、杏奈だった。


「二人とも……どうしたんだよ」

「私が杏奈さんに相談したんです。どうにかなりませんかって」

「やっぱりストーカーだったわけだ。私の想像では、妹の朝姫ちゃんかと思ってたけど、違ったらしい。にしても……悉く身内に縁があるな、お前は」


 杏奈は言って、苦笑する。

 そうだよ。悪いかよ。


「そうだな」


 俺は二人の横を通り過ぎていく。


「どこ行くんだ?」

「大学だよ」

「だったら方向が違うだろ」


 杏奈は鋭く指摘した。確かに、大学はこの道ではなかった。

 じゃあ、俺は一体、どこに向かっているというのだろう。


「この前みたいに、助けてほしいって言わないのかよ」

「今回は……違う。状況が違うんだよ。だから、二人を巻き込むわけにはいかないから……ごめん」

「朝姫ちゃんにもそうやって誤魔化したわけだ」

「…………」


 俺はただ、黙っているしかなかった。


「お前が家族を想う気持ちも分かる。すみれちゃんや、私を巻き込みたくないと思ってくれる気持ちもさ。でも、だからこそ理解しろ。お前を想う人だって、いるんだってことをさ」

「……それは」

「少なくとも、私はお前のことを、友達と思ってる。日野マリンのことはよく知らないけどな……」


 杏奈は俺の前に立ちふさがる。


「友達が悪の道へ行こうとしたら、止めるのが本当の友達なんだろうさ。それが正しさだ。お前が何をするつもりかは、知らないけどな」

「……止めに来たってわけか」

「……最初はそのつもりだった。そんな馬鹿してる場合じゃないだろって、言うつもりだった。でも……違う。友達の重すぎる荷を、少しでも背負ってやるのが私にできることだ。友達が悪の道に行こうってんなら、私も一緒に行く。そうだろ? 第一さ……友達が自分で選んだ道だ。そこに正しさと間違いとか、そんなのねえだろ。お前は助けたいから助けるつもりだ。だから、私もナイトを助けたいから助ける」


 杏奈は恥ずかしげもなくそんなことを言った。

 言葉を淀らせることもなく。

 ただ、たんたんと。伝えたいことを凝縮して。


「それにな……私なら、私が手伝えば、もしかしたらマリンちゃんと話すチャンスを手にできるかもしれない」

「どういうことだ……?」

「やっと反応したな」

「…………いいから教えろよ」


「私、実は昔、読者モデルやってたんだよ……その時のマネージャーが……今の日野マリンのマネージャー、倉木さんなんだ」


 そんな偶然……いや、奇跡があるのか。


「さあ、どうする?」


 彼女は挑戦的な笑みを浮かべる。

 ははっ……まったく、この女は、本当に一筋縄ではいかない。

 腐れ縁も腐れ縁、か。

 それでも、一つの繋がりだ。


「私も手伝います! ナイトさん! 一緒に行かせてください!」


 すみれちゃんもぐいと体を寄せてきた。


「……はあ……」


 思わずため息をついた。

 あの週刊誌やテレビを見たせいで、少し勘違いしていた。

 もう俺は、孤立無援だと思っていた。

 誰も、俺の味方じゃないと思っていた。

 でも、違った。

 違った。


「先に言っておくけど……俺のことをナイトと呼ぶな」


 これもまだ、マリンちゃんには伝えていない。

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