2章 革命のいぶき
1話 夜会《まつり》の後
「で、賊は取り逃した……と」
ケンヴィードは淡々とした表情でリーザの報告を聞いた。
彼女の性格だ。一応冷静を称しているが内心敗北感に打ちひしがれているのだろう
「申し訳ございません。ケンヴィード様」
彼女はケンヴィードの前にひれ伏すと悔しげに唇を噛んだ
「ソフィア様を危険に晒した上にこんな失態を犯してしまうなんて…あなたの近衛体長として有るまじき姿……」
「もう、リーザ。私に『様』なんか付けないでよ」
そんなリーザにソフィアは呆れた笑みを浮かべ彼女に手を差し伸べた
「でも…」
「言ったでしょ私はあなたのこと本当のお姉さんだと思ってるって。だからお嬢様とか『様』付けはやめて」
それを聞いたリーザは自分を責めるように彼女から目を逸らした
「お父様。聞いて」
ソフィアはそう言うと真面目な顔をして父ケンヴィードを真っ直ぐ見つめた
「今回の件は私が一番悪いわ。相手の実力を見誤ったが為に賊を逃がしてしまいました。私が大人しくしてれば本当は良かったのでしょ」
そんな娘の一言にケンヴィードは少し困った様子で口ひげを触った
「まあ、それは間違ってはないが……」
「そうですわ。どこかの誰かさんに似てしまったせいでどうしてこんな血の気の多い娘になってしまったんだか」
その言葉を言ったのは不満げな表情を浮かべた母シエラだった。
「ソフィア!あなたはまがりにも帝国の重鎮であるサランド公爵の一人娘なんですのよ!それをちゃんと理解してますの!」
「はい、お母様……」
シエラのその叱責にソフィアは言いたいことは沢山あったけど閉口するしかなかった。
「だから少し魔法の才能があるくらいで賊に勝負を挑むなんて野蛮極まりないですわ!あなたは大貴族の娘なのだからちゃんとそれ相応の立ち振る舞いを忘れないでちょうだい!」
「――シエラ」
ケンヴィードはそういうと妻の方を見た
「お前、先に屋敷に帰ってろ」
「はあ?あなたがそれを言える立場なの?」
そう言うとシエラは怒気を込めてケンヴィードを睨みつけた
「だいたいあなたもあなたですわ!あなたがソフィアに剣なんか教えてしまうからこんな好戦的な娘になってしまったんですよ。やっぱり火の血の大貴族とはいえ田舎領地の領主にすぎませんわね」
「お母様それは言い過ぎじゃない?」
その言い争いにソフィアも首を突っ込む
「ソフィアあなた反省してないの?」
シエラの怒りはまたソフィアに向く
「あなたは私の言う通りに綺麗に着飾っておけば未来は開けるの!金輪際、賊と交戦することは許さない――」
「シエラ。いいから黙ってくれ!」
ケンヴィードはその瞬間怒りにも似た声を上げた
その迫力はそこら辺のもやし貴族など比べる必要のないくらいだった。
シエラはその迫力に思わず黙り込んで不満げに檜扇で顔を仰いだ。
「リーザ。シエラを屋敷に送ってやれ」
「ちょっと、話はまだ終わってない·····」
「シエラ様、行きますよ」
近衛騎士リーザはシエラの言葉を遮ると、彼女の手を強引に取りそのまま外へと連れ出して言った
その様子を見送ることなくケンヴィードはため息をついて少しバツの悪そうな表情をうかべる愛娘ソフィアを見た
「あの、お父様……」
ソフィアは絶対に怒られると怯えていた。
だが彼女の言い訳が入る前にケンヴィードは彼女の栗色の頭を優しく撫でた
「ホントお前は馬鹿だよなあ·····」
ケンヴィードの口元には呆れたような笑みが浮かんでいた。
「確かにお前は最低限戦えるだけの魔術と剣術を教えたがまさか単身で2人の暗殺者とやり合うとは……シエラに誰に似たって責められても仕方ないよな」
頭を父に撫でられながらソフィアはぽかんと呆気に取られた表情で父を見上げていた
「怒らないの?」
ソフィアは複雑そうに一言聞いた
「怒るってなにが?」
「え?何がって……」
そういうとソフィアはケンヴィードの優しい手を払い除けると拗ねた様子で言葉を続けた
「私お母様みたいにもっとこっぴどく叱られるかとビクビクしてたじゃない·····」
その一言を聞いてケンヴィードはアハハと高く笑った
「俺はあいつみたいにお前がお淑やかなお嬢様には絶対なれないと思ってるし、賊に喧嘩売るくらいが正常運転だと思ってるぞ」
父のその一言にソフィアは思わず呆気に取られた
そしてそれに釣られるように彼女も思わず苦笑した
「何よ…お父様私の事からかってるの?」
「いや?俺の娘らしいなってちょっと感心してる」
その一言にソフィアは逆に呆れるしか無かった
父ケンヴィードはいつもこうだ。どんな
「でもな、ソフィア」
ケンヴィードは一言そう言うとソフィアに目線を落とした
「いくら自分は強いからといって無茶はするな。
その一言にソフィアの顔が思わず強ばる
あれから彼女にはあることが強く引っかかっていた。
「お父様……」
ソフィアは不意に口を開いた
「血が……騒いだことってある?」
その言葉にケンヴィードはすこし不思議そうに首を傾げた
「――どういう事だ?」
「わからない。よくわからないんだけど……」
ソフィアは混乱した様子で言葉を続けた
「あの黒い暗殺魔法士の魔法と私の魔法がぶつかる時急に変な光がでてお互いの魔法がかき消されたの。相殺――って感じでもなかった。それに……」
そういうとソフィアは首にかけたペンダントをすっと取った
そのペンダントはサランド公爵家の紋章。スピネルに絡みつく火蜥蜴の紋章だった。
なぜ彼はこれを見てあれほどにも動揺を隠せなかったのだろう
暗殺者の分際でまるでサランド公爵家の紋章を知っているかのように。
だがソフィアの頭の中ではその答えを導くことは出来るはずがなかった
そしてそれを父に聞くことも何故か怖くて出来なかった。
「いや、やっぱりなんでもないわ」
ソフィアは一言そう言うとペンダントを付け直すと父から逃げるように離れた
「あーあ、今日は疲れちゃった。家に帰ってお風呂でも入ろう……」
そういうとソフィアは足早に部屋から出ようとしたが、その前にソフィアは一瞬足を止めた。
そして少しバツの悪そうな表情を浮かべあるものをドレスの胸から取り出した
「忘れるところだった。お父様……ラブレター貰ったわよ」
「ん?お前宛てか?」
「違う!お父様宛に決まってるじゃない!」
そう言うとソフィアは封蝋がついた手紙を突きつけるように押し付けた。
「相手は私と年が変わらない若ーい女の子よ!ほんと私の気持ち――」
「馬鹿かお前」
ケンヴィードはいつの間にか手紙を出し流し見しながら笑った。
「これはラブレターでもなんでもない。変に気にすることはないさ」
「え……じゃあ」
「本当にこれはお前と歳の変わらない魔血令嬢が渡してきたのか?」
その一言にソフィアは小さく頷いた
ケンヴィードはそれを聞いて手紙を封筒の中に入れながら小さくため息をついた。
――これが頭空っぽな魔血令嬢が書いた文面か?
ケンヴィードの中に強い違和感が生まれていた。
どう考えても違う。寧ろこの文面は敢えて『革命』を夢見ている非魔血側に立っている人間が書くような内容だ。
考えれば考えるほど謎ばかりが残ってしまう。それ故にこの手紙を書いた相手に余計興味が湧いてくる。
とはいえソフィアにあれやこれや聞いても答えはそれほど帰っては来ないだろう
それくらいこの手紙にはミステリーがつまっている。
そしてその謎がとける時も必ず来るとケンヴィードは思った。
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