てめぇなんで俺のエスカルゴ食うん!?

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

冷コーとエスカルゴ

「ほんなら、ドリンクバー行くさかい。エスカルゴが来たら残しとけよ!」 

「はいはい、ほなねー。冷コーアイスコーヒーやで」


 俺はアヤミに念を押して、ドリンクバーへ。


「トシキ、一人でええの?」

「別にええっちゅうねん。ていうか来んな」

「えーやんかー。また謎ジュース」

 


 なんで俺が、かたくなにドリンクバーへ行くか。

 

 あいつにドリンクバーを使わせたくないのだ。

 謎ジュースを作ってくるから。

 店の公式レシピを使った、モクテルなんてカワイイものではない。

 アヤミはもしかすると、「怪しい飲み物」を略したネーミングなのではないか、と思うほどだ。


この間のコーラ味の緑茶なんか、ひどかった。熱い炭酸とか、拷問だ。熱いわシュワシュワだわと、最悪である。レストランまで来てうがいする羽目になるとは。

 そのせいで、楽しみにしていたエスカルゴを全部食われてしまった。

 理由を聞いたら「冷めたらおいしないやん?」と。

 この一言で、別れようかとさえ思った。

「人間が小さい!」と言われるかもしれない。

 が、人が別れを切り出すときって、案外そういうものの積み重ねなのだ。

 


「おまたせ。冷コーでええんよな?」

「うん。トシキありがとー」


 アヤミはガムシロ一つとフレッシュミルク二つ入れる。

 俺も同じ。


「トシキやあ、二人で同じのん頼むんやから、ストローなんか一つでええんちゃうん? 味も一緒やん?」


 首をかしげながら、アヤミが聞いてくる。


「意地汚いお前と一緒に飲んだら、一瞬でなくなってまうやんけ」


 で、結局俺が取りに行くハメになる。


「トシキは知ってる? タレントの北野誠さんと作家の竹内義和さんが、一緒にラジオする前の話」

「うん。『サンダ対ガイラ』やっけ? なんか怪獣映画の話だけで盛り上がったんやろ?」

 

『一杯のアイスコーヒーだけで、六時間しゃべってた』というのは、もはやリスナーの語りぐさになっているとか。



「アイスコーヒー一杯で六時間しゃべるんは、今の御時世やと無理なんやろうね」

「普通に迷惑やろ。店に」

「ウチの家やったら、できるやん?」

「せやけどな?」


 腕を組みながら、俺は考え込む。


 俺はまだ、アヤミの家まで入ったことがなかった。

 

「おまたせしました。エスカルゴ焼きと、フォカッチャです」


 皿の上でブクブクと、油が泡立っている。刻みニンニクと共に茹だった油の上で踊るのは、お目当てのエスカルゴだ。


「わーきたきた」


 アヤミが手を叩く。


「いただきまーす」


 アヤミと一緒に、まずはエスカルゴの身をいただく。


「うん。うまい」


 身がプリプリしている。ボンゴレのアサリとはまた違った触感がたまらない。


 だが、本当のおいしさはここからだ。


 ちぎったフォカッチャを、ニンニク油にチョンと浸す。

 ガツンときいたニンニクと一緒に、オリーブオイルの香りが鼻から抜けていく。


「はーあ。おいしい。ちょっと高めやから、あんまり頼みづらいのが難儀やけど」

「ずっとこの油を嗜みたいくらいやな」


 二個目にありつく。

 あぁ、変わらずうまい。エスカルゴの身も、。ニンニクの効いた油も。

 あっというまに、フォカッチャを消費してしまった。

 エスカルゴには、頼めばセットで小さいフォカッチャがついてくる。しかし、それだと標準の半分サイズしか来ない。なので、必ず標準サイズを頼んでいる。絶対に足りない。


「あー、喉乾いたな。なあ俺もう一回ドリンクバ……」


 いつの間にか、アヤミが消えていた。

 気がつけば、ドリンクバーで冷コーをおかわりしているではないか。

 エスカルゴに気を取られて、アヤミの存在すら気づかなかった。


「言うてくれたら、持って来たるのに」

「この間はゴメン。アンタに教えてもらった食べ方がおいしすぎて、独り占めしたやん。せやから、これはお詫び」


 アヤミが俺に、冷コーを差し出す。

 

 これを飲まないわけにはいかない。


 ストローで一口。


「うっげ! なんやこれ!?」

 

 

 店内に、俺の嗚咽が響き渡る。


 甘ったるい! で微妙に炭酸が入っている。

 炭酸コーヒーというのは聞いたことがあるが、これはなんだ? ぶどうジュースだ! 隠し味にレモンまで入れてある!


 犯人のアヤミはと言うと、ゲラゲラ笑っていた。


「なんやねん、お前マジで」

 

 

 せっかくのエスカルゴの風味が、スースーする味で一気に死んだ。

 これはいただけない。


 舌を洗うために、俺は水を飲みに行く。


「あー!」


 まただ。また俺の分のエスカルゴを、アヤミが勝手に食っていた。

 

「てめぇなんで俺のエスカルゴ食うん!? ええかげんにしてーやっ!」


「だってトシキやあ、あんた食べるのに夢中やねんもん!」


 アヤミに言われて、俺はハッとなる。


 そういえば、俺は食のことになると、夢中になりすぎるところがあった。



 人が別れてしまうのは、些細なことだ。


 俺にも原因があったのか。


「スマンな。アヤミ」

 

 

 

「仲直りしよう、って。また、うがいする?」



 アヤミが、舌をコロコロと転がす。


「しようって、どっちやねん?」


 うがいか? それとも……。


「ウチに言わせるん?」

 

 いたずらっぽく、アヤミが誘ってくる。

 

「仲直りは、お前の家でしょうや」

 

 アヤミがニヤリと笑った。


「……六時間で足るん?」


「無理」

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