幼馴染は俺にフラれたことに気付いていないらしい

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幼馴染は俺にフラれたことに気付いていないらしい

「ずっと、ずっと、ずっと陽向ひなたのことが好きでした!!私と付き合ってください!!」


 放課後の屋上。

 ド定番のスポットで、幼馴染というド定番属性から俺は告白されていた。


 目の前にいる咲野さきの 実乃梨みのりとは生まれた時から一緒で、小・中・高と同じ学校に通っている。

 実乃梨はどの年代でも学校一の美少女ともてはやされ、一緒に登下校していると白い目で見られたものだ。


「陽向と一緒にいるとね、すごい楽しいんだ。最初は、ずっと一緒にいて気心が知れてるからだと思ってた。でも最近、陽向が他の女の子と喋ってるとモヤモヤして……。それで気付いたの。私、陽向のことが好きなんだって」


 どうしよう。まさか、実乃梨に恋愛感情を持たれているとは思わなかった。

 俺は一度も、実乃梨を異性として意識したことがないのだ。

 それにこれから先、実乃梨を恋愛対象にできるとも思えない。


「えっと、気持ちを伝えてくれたのは嬉しいかな。まず、ありがとう」

「えへへ。どういたしまして」


 照れ笑いを隠すように頭を下げる実乃梨は、素直にかわいい。

 かわいいけど、やっぱり好きとは違うのだ。


「俺も実乃梨といると楽しいよ。本当にすごい楽しい。ずっと一緒だったし、これからも仲良くしたいなと思ってる」


 告白された男がこういう話をする時は、大概申し出を断る時だ。

 でも実乃梨のキラキラした目を見ると、俺が断ろうとしていることに気付いていないらしい。

 やっぱり、はっきり言わないと。


「えっとね、実乃梨。実乃梨のこと、とても素敵だと思うしかわいいと思う。これからも、仲良くしていきたいと思ってるんだ」


 ああ、違う。こうじゃない。

 ちゃんと「付き合えない、ごめん」って言わなきゃ。


 俺が苦悶していると、実乃梨が静かに言った。


「うん。陽向の気持ちは、伝わったよ」


 顔を上げると、実乃梨は泣いていた。

 感情が抑えきれなかったのか、実乃梨は「ごめん」と小さく呟くと屋上から走り去ってしまった。




 家に帰ってからの俺は、ずっとモヤモヤした気持ちに苛まれていた。

 反応からして、きっと実乃梨は俺にフラれたことが分かっている。

 それでも、やっぱり俺からはっきり言うべきだったんじゃないだろうか。


 深くため息をついたところに、スマホへメッセージが来た。

 相手は実乃梨だ。


《家に帰った?今日は急に話をしちゃってごめんね》

《帰ったよ。急だったとか気にしないで》

《ありがとう。陽向がこれからも仲良くしたいって言ってくれて、すっごい嬉しかった》

《俺も、実乃梨に好きって言われたの嬉しかったよ》


 普段通りの調子でやり取りしながら、俺ははっきり言えなかったことを謝るタイミングを探していた。

 すると、話が何やら変な方向に展開していく。


《私もちゃんと陽向の気持ちを受け止められるように頑張るから》

《そうしてくれると嬉しい。ありがとう》

《ところでなんだけどさ》

《うん?》

《水族館のペアチケットがあるの。明日、2人で行かない?》


 俺は完全に混乱していた。

 フラれた男をその翌日に2人でのお出かけに誘う幼馴染など、聞いたことがない。


 でも、俺と実乃梨は2人で買い物に行くこともあった。

 だからここまでなら、今まで通りの関係を保とうと努力してくれているのかなと考えることもできる。

 しかし衝撃だったのは次のメッセージだった。

 俺が《まあ、いいよ》と答えると……


《やったぁ!!初デートだねっ!!》


 俺は確信した。

 実乃梨はフラれたことに気付いていないのだと。

 俺がはっきりせずに「嬉しい」だの「ありがとう」だの言ったせいで、実乃梨はオッケーをもらえたと思っている。


《あのさ、実乃梨》


 俺が慌ててちゃんと話そうとすると、実乃梨は《ごめん、明日が楽しみで寝坊したくないからもう寝るね。また明日話そう!!》というメッセージで話を終わらせてしまった。


「どうすればいいんだ……」


 俺はスマホを握り締めながら頭を抱えた。




 翌朝、実乃梨はこれ以上ないオシャレをして俺を迎えに来た。

 よっぽど楽しみなのか、顔はニヤけているし「んふ~」と笑いが漏れている。


 対して俺は憂鬱だ。

 今日のうちに、実乃梨をちゃんとフラないといけない。


 正反対の2人を乗せて、電車は水族館の最寄り駅に停車した。


「東口を出て100mだって。意外と近いね」

「ああ、そうだな」

「どうしたの陽向?体調悪い?」


 上目遣いで心配そうに俺の顔を覗き込む実乃梨。

 俺は「大丈夫だよ」と言って、東口へ足を進めた。




「イルカのショー見て、ペンギンの散歩見て……あ、あとアザラシの餌やりも!!」


 水族館の入口でもらったパンフレットを読みながら、実乃梨が行きたい場所を次々に指差す。

 この楽しい中で本当のことを言ったら、今日1日の雰囲気は最悪になってしまう。

 俺は帰りまで、本心を秘めておくことにした。

 それが正しいのかは分からない。ただそれで最悪の結果になっても、俺の招いた結果だ。

 ちゃんと責任は取る。


「そうだね。順番に回ろっか」


 俺が優しく笑いかけると、実乃梨も飛び切りの笑顔で返してくれた。

 そして俺の手を取って駆け出す。


「あ、おい」

「何~?」


 実乃梨がこちらを振り返る。

 一瞬迷ったが、俺は手を繋ぎっぱなしにすることにした。


「いや、走ると危ないぞ」

「えへへ。そうだね」


 実乃梨は俺の隣に並んでゆっくり歩きだした。

 ただ手を握るだけでなく、指に指を絡めてくる。

 いわゆる恋人繋ぎというやつだ。

 モヤモヤしながら視線を横に向けた俺の瞳に映った実乃梨は、幸せそうでとてもかわいかった。




 午前のうちに屋外の施設を巡って、お昼ご飯は水族館のレストランで取ることにした。

 俺はハンバーグ、実乃梨はミートソースを注文する。

 運ばれてきた料理をお互い2、3口食べたところで、実乃梨がフォークに巻き付けたスパゲッティをこちらに差し出す。


「はい、あ~ん」


 そうか。実乃梨にとってこれはデートで、俺は彼氏なんだよな。

 俺はかなりの罪悪感を感じながら、ミートソースをパクっと食べた。


「陽向のハンバーグも欲しいなぁ」

「取っていいよ」

「ダメ、あ~んして」


 実乃梨がふくれっ面をする。

 俺が頷くと、実乃梨は目を閉じて口を少し開けた。

 まるでキスをせがんでいるようで、ドキッとさせられる。

 小さめに切ったハンバーグを、俺は実乃梨の口に優しく入れた。

 目を開けて、実乃梨がハンバーグを咀嚼する。


「んふー。美味しっ」


 そのあとの俺は、実乃梨が口をつけたフォークで食べるハンバーグの味を全く感じることが出来なかった。




 昼食を終えてから、俺たちは屋内の展示をたくさん見て回った。

 そして最後は、実乃梨が見たがっていたイルカのショーだ。

 初めにイルカが一匹だけ出てきて、輪くぐりやジャンプなどの技を披露する。

 そのイルカが退場すると、2体のイルカが仲良く泳いで登場する。


「このイルカたちは恋人なんですよ~!!いっつも一緒でラブラブなんです!!」


 飼育員のお姉さんがそう言うと、実乃梨が耳元へ顔を近づけてくる。

 ふわっと甘い香りが漂ってきた。


「あのイルカ、私たちと一緒だね」


 顔を真っ赤にしながら耳元で小さく囁かれ、俺は息が止まるかと思った。

 いや、20秒くらい止まっていた。

 酸素を取り戻して横を見ると、実乃梨は俺のシャツの裾をつまみながらイルカに声援を送っている。

 俺は気にしないようにして、イルカのショーを見守った。


 最後は、3体のイルカが一気に出てくる。

 俺たちの目の前で思いっきり飛び上がると、ものすごい水しぶきが襲ってきた。

 わぁ!!と歓声が上がる。


「あははははは!!あははははは!!」


 実乃梨が心底楽しそうな笑い声をあげる。


「っふ、ふふ、ははははは!!」


 俺もつられて、自然と笑いが込み上げてきた。

 今日初めて、心の底から笑えた気がする。


「「あははははは!!もう、最高!!」」


 俺たちはびちょびちょになりながら、小さな子供のようにはしゃいだ。




 服がかなり濡れたので、売店で買って着替えることにする。

 実乃梨がお揃いにしたいと言ったので、男子高校生には少しかわいすぎるカクレクマノミのTシャツを買った。

 トイレで着替え、水族館を出る。

 駅までの道で、実乃梨は再び手を握ってきた。


 電車に乗り込み、並んで腰かける。

 奇跡的に、車内には誰もいない。

 俺は大きく深呼吸をして言った。


「実乃梨、ちゃんと言っておきたいことがあるから聞いてくれる?」


 実乃梨は一瞬で真顔になりうつむいた。


「いいよ」


 実乃梨がボソッと呟く。

 俺は覚悟を決めて言った。


「実乃梨、俺は」


 ────俺は。


「俺は実乃梨が好きだ」

「……えっ?」


 実乃梨がぱっと顔を上げ、固まった。


「はっきり言ってなくてごめん」

「ほ、本当に?」

「うん。好きだ」


 正確には、好きになったのだ。なってしまったのだ。たった1日で。

 手を繋いだ時のモヤモヤも、間接キスの罪悪感も全部消えた。イルカショーの水しぶきが洗い流してくれた。

 素直に認める。今日の実乃梨は、好きになってしまうくらいかわいかった。

 自分でも調子のいい男だと思うけど、俺は実乃梨が好きになったんだ。


「はは、あははは……」


 実乃梨が涙をほろほろとこぼしながら、それでも笑った。


「私さ、気付いてたんだよ。陽向にフラれたの」

「え?」

「でも諦められなくて、絶対好きにさせてやるってデートに誘ったの。でも手を繋いだ時とかお昼の時とか反応良くなくて、もうダメかなと思ってた。そしたら好きって……好きって……」


 実乃梨は俺の胸に顔を押し付けて、泣きじゃくった。


「不意打ちはずるいよぉ……今度こそちゃんとフラれると思ってたのにぃ……」

「ご、ごめんって」


 俺は実乃梨の頭を撫でながら、耳元に顔を近づけた。

 イルカショーの時と同じ、甘い香りがする。

 きっと俺の顔は、あの時の実乃梨のように真っ赤になっているだろう。


「実乃梨、これからも仲良くしたいと思ってるよ」


 耳元で囁く。

 小さく、かわいい仕返し。


「ううぅ……えぐっ……」


 実乃梨は俺の胸元で小さく頷いた。

 お揃いのTシャツに、嬉し涙を染み込ませながら。

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