バーチャル観光案内

狩野すみか

第1話 神戸屋のメロンパンだけ楽しみに遠距離通学してたあの頃

 大学時代、私は、京都の観光案内をするグループに所属していた。

 きっかけは、トイレに貼ってあった張り紙だった。



 学生ボランティア観光ガイド大募集!!

 ーー京都の名所を案内してみませんか?

 大学の枠を越えて、参加して頂ける方、大募集!

 歴史と京都が大好きな学生が集まる団体です。



 当時の私は、大阪市内の、第一志望だった大学に落ち、京都では個性豊かな学生達が集まることで有名な大学に入学したものの、いまいちモチベーションが上がらず、「結婚するまで、家から出さない」という、超がつくほど過保護な父親の意向もあって、自宅から大学まで、電車を乗り継いで、片道二時間半以上かけて、遠距離通学をしていた。

 通勤ラッシュに巻き込まれ、観光に向かうおじさん、おばさんグループのはしゃぐ声で睡眠不足を補えず、散々だった。

 当時は、駅前に、キヨスクくらいしかなく、神戸屋のメロンパンだけを楽しみに通学していたようなものだった。

 京都と歴史が好きな私は、すぐその貼り紙に惹かれたものの、赤字で書かれたスマホの番号に連絡する気にはなれなかった。ーーいや、諦めようと思っていた。

 理由は至って単純で、一年のうちは必須科目が多く、通学時間に関係なく、一限目に体育の授業を入れられる事なども多く、体力的にキツかったから。真面目に授業に出席し、課題で好成績をおさめていても、超がつくほど過保護な父親から、授業料とお小遣いを出して貰う代わりに、バイト禁止にされていたおかげで、奨学金を貰って大学に通い、バイトをかけ持ちしていた人達から、「……いいなあ。私も、授業に出たいんだけどね」と言われるたびに、何も言い返せず、軽い人間不信に陥っていたから。彼らは、劇部や、大学新聞を出すサークルや、大学自治会に所属していて、学生課の職員さん達とも交流があり、私より遥かに学生生活をエンジョイしているように見えたのに。遠く親元を離れて下宿しているというだけで、うちの母親に、「下宿していて、えらいわあ」と言われることも多く、心身共に疲れ果ててしまっていたから。

 実際は、私は、超がつくほど過保護な父親からはそれほど貰っていなかったので、服は母が若い頃のお下がりを着ていたし、美容室が苦手だったこともあり、「オノヨーコに似てるね」と言われるのをいいことに、髪も伸ばしっぱなしにしていた。

 高校で軽い不登校になったこともあり、体力と精神状態がまだ完全には回復してなかったので、土曜に集中して入れられている資格過程を取ることも難しく、土日は殆ど寝て過ごしていた。


 登録だけでも、してみませんか?


 けれども、大学のトイレに入るたび、その貼り紙が目に入り、頭から離れなくなった。


 ーー登録だけでも、してみませんか?


 って、何かあやしいなあ……と思いながらも、大学が受験生のキャンパス見学を開催するために、学内アルバイトを募集し始めた六月頃、私は、赤字で書かれたスマホの番号に連絡してしまっていた。


 結論から言うと、私は、その年の夏休みに、数回、他大学の先輩ボランティアについて、京都の観光名所を周り、老年のおじ様おば様達相手に、観光ガイドの真似事をしたくらいで、ほとんどボランティアには参加しなかった。

 いわゆる、幽霊ボランティアだった。

 京都まで通うのが辛かったのと、まだ人と関わるのが怖かったのだ。


 そんな私の事情を察したかのように、一度、花火を見に、うちに泊まりに来た首と睫毛の長いキリンのような女友達に、

「君、下宿した方がいいで」

 と言われたことがある。

「……何で?」

 と聞き返したものの、彼女は理由を話してはくれず、何となく理由を察した私は、後期が始まってすぐ、下宿を探し始めたものの、案の定、超がつくほど過保護な父親から、「左京区は危ないから、右京区やないとあかん。お父さんの知り合いに頼んで探して貰う」と横槍が入り、父母と一緒に京都の不動産屋さんまで行ったのだが、いつまで経っても返事がないので、

「あの話、どうなったの?」

 と聞いたら父は、悪びれもせず、

「お母さんに聞いたら、お前が自分で探してるって聞いたから、断った」

 と言われた。 


 三年生になる頃には、就活で忙しくなる代わりに、大学に通う日も減って行き、特に下宿する必要もなくなった私は、下宿することを諦めた。そんなこんなで、私の大学生活は過ぎて行き、特にパッとすることもなく終わった。


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