7.悪役令嬢は入学試験でヒロインに会う
『大問1-問1 属性融合型魔法強化陣現界理論の礎を築いた人物の名称を答えよ』
……誰よそれ
『大問1-問2 問1の理論において、その序文に書かれた属性融合の定義を答えよ』
………知らないわよ
『大問1-問3 複合型多重属性魔法理論の実証において必要不可欠である、4つの魔法触媒を全て答えよ』
…………わかるわけないじゃないっ!
ドンッッ!!
万年筆が紙を引っ掻く音しかしていなかった教室で、突然鈍い音が周囲に響いた。もちろんその音を出したの私だ。
やらかした。
問題が何を言っているのか分からないあまり、苛立ちのままに拳を机に叩きつけてしまった。
近くにいた女の試験官がその細く、神経質そうな目で私を睨みつけ、怒鳴り声をあげる。
「キュルケ・ル・フラン・アレイドル嬢!試験中ですよ、静粛になさい!」
うっさいわね!
試験監督のあんたが一番うるさいわよ!
内心でそう思いながらも私はチラッと周囲を見た。
ものすっごい注目されてる!?
…………い、いや落ち着いて、落ち着くのよ私。ほら、みんなもすぐに自分の問題に戻って行ったじゃない。
だから落ち着いて、もう一度良く問題文を読み直すのよ……
『大問1-問1 属性融合型魔法強化陣現界理論の礎を築いた人物の名称を答えよ』
……いやナニコレ。
へ!?
属性融合型強化魔法陣限界理論!?
なんですかいそれはぁっ!!
わからん……わからんよ……
もうテキトーに埋めとこ……
えーっと、
『シジユウ・シギオウ』
……と。うん。テキトーだテキトー。
これはあれだな。ハッタリ問題だな。
一番最初にやたら難しい問題を置くタイプの試験って訳ね。
私の高校の教員にこういうの居たわ。初手に難しい問題ぶつけてやる気を削いで、後半の問題を解かせる気を失くさせる作戦の教員。
いやー何が目的か分からなかった分、余計にウザかったわー。
って、そんなことより!
次よ次!もう一度落ち着いて読み直すのよ!
えーっと、なになに?
『大問1-問2 問1の理論において、その序文に書かれた属性融合の定義を答えよ』
……………………知るかぁっ!!
えぇ!?ナニコレ!?
ええい!これもテキトーだ!
『ラクーンドグスリーピン計の数値が100を超える状態。』
……いやなんか?キュルケの机にもこんなカタカナが書いてあった気がしないでも無いから?ラクーンドグスリーピン計が実在するかなんて知ったこっちゃ無いけど、とりあえず書いとけばいいでしょ。
なるほどねぇ?
私にはこの試験のキモが分かったわよ?
この試験はつまり……大問1が全てハッタリ問題!
一番最初にとにかく難しい問題を持って来たってことね!!
甘いわね!これでも前世で大量のクズ教師を捌いて来た私には、こんな手段が通じると思わないことねっ!
次も確か難しそうな……
『大問1-問3 複合型多重属性魔法理論の実証において必要不可欠である、4つの魔法触媒を全て答えよ』
はい難しい。
知らないわよそんなの。理系連中は勝手に実験してやがれっと……
でもこれもどうせ捨て問だからテキトーに……
『シギネイリ、タヌサダミツ、イシギコウテイ、サダメヒカリ』
……こんなもんでいいや。
どうせゲロ難しい問題なんだからちゃっちゃと解ける問題のエリアまでいかないと――
▷
「それまで!ペンを置いて顔を上げなさい!」
………………
「試験官が回答用紙を回収する!それまで静かに待っているように!」
……………………ア、ドーゾドーゾ
「……よろしい!この試験会場の受験生は全員が貴族の出自の者であるため、大問1で規定の点数以上が取れなかった基礎知識不十分者である一次不合格者には、今夜のうちに不合格通知が届く!」
……………………………エ?
「これにて!王立第一魔法学院の入学試験を終了する!各員速やかに退室せよ!」
……………………………………………ヤ、ヤバイ
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ
はぁぁぁぁぁぁぁ!?
大問1が基礎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?
ウッソでしょ!!!!!
っていうか私!!!!!!
…………お、終わった
このまま私……家を追い出されて……ホ、ホームレスに……
「キュルケ嬢?」
「ひゃっ!?ひゃい!!??」
「あの…皆さんご退出されましたが…」
「ふぇ!?」
声をかけて来た女の言葉を聞いた私は驚きながらも周囲を見渡す。女の言葉の通り、いつの間にか他の受験生達は皆姿を消していた。
どうやらここに残っている受験生は半ば放心状態になっていた私だけのようだった。
「あ、あぁすみません!今出て行きますから!!」
私は多分この試験会場で唯一0点を取った人間だろう。その気恥ずかしさと、そんな人間がここに残っている事の申し訳なさから、さっさとこの場を後にしようとした。
だが声をかけて来た女は微笑みながら口を開いた。
「ふふ。どうしたんですか?いつものキュルケ嬢らしくないじゃないですですか?」
……ん?
なぜ目の前の女はいつもの私を知っている?
「……今までのように私を馬鹿にしないんですか?私は……クリスティーはまた貴女に何かイヤミを言われるかと思っていましたのに」
っ!?
こっ、こいつがクリスティー!!
なぜ私は気づかなかった!
……いや、気付けないのが当然か?
だってゲームの中ではプレイヤーキャラの顔が映されることなんて一度も無かった。
「ク、クリスティー……」
「えぇ、そうですよ?」
目の前の女が、いずれ私と恋人を取り合う事になるクリスティー。
彼女は誰もが振り返るだけの美貌を持っていた。目鼻立ちはくっきりとしており、髪は透き通るような銀髪。その上理想的な体格で胸も……いや、それは私の方が勝ってると思いたい。
外見はまさに究極の美人といった彼女ではあったが――
「あら?……おかしいですわね。いつものキュルケ嬢でしたらとっくに私を罵倒していたはずですが……どこかお体が悪いのかしら?」
――どこか、言葉にはできないが、直感的にどこか気持ち悪い気がした。
「まぁ、どっちでもいいですわ。……それではキュルケ嬢。またお会いしましょう」
そういってクリスティーは去っていった。
彼女は何かが、そう何かがおかしい。
私のイメージしていたクリスティーはもっと清楚でお淑やかで、触れれば壊れてしまうようなガラスの花のような………いや。
ちがう。
それはクリスティーの本来の人間像ではない。
それは私がゲームのイベントシーンで選んだ選択肢によって私が勝手に妄想したクリスティーの人物像……っ!?
ま、まさか……
この時、私はある事に気が付いた。
私が今までクリスティーに課して来た、いや、クリスティーに選ばされた選択肢は全て彼女が思いついたモノ……
どんな
背筋がゾッとした。
平民から第一王子まで。クリスティーはありとあらゆるタイプの男性を籠絡する術を持っているのだ。
……これだけ聞けばクリスティーは恋愛の駆け引きが達人級に上手いというだけで済んだだろう。
だけど私はそうは思わない。
普通ならば、普段から自分に暴言を吐いてくる相手に、自分から近づいていくだろうか。
少なくとも私はそうしない。
だがクリスティーは違った。
その余りにも不自然なチグハグさが、私に強く不気味な思いを抱かせたのだった。
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