6.悪役令嬢は入学試験と対峙する
ハゲ親父にさりげなくプレッシャーをかけられた私は、翌朝には馬車に揺られていた。行き先は勿論、王立第一魔法学院だ。
結局ハゲ親父がいなくなった後に色々とこの先のことを考えたけれど、破滅フラグを確実に回避できそうな案は思い付けず、かといって当初の予定通りに学院への入学を無しにしようものなら家から追い出されて15歳でホームレス。
結局私は黙って学院に入学するしか道はなく、それを憂鬱に思いながら昨日はそのままベッドでうとうとして、そのまま眠ってしまった。
この世界の入試事情は随分とシビアだ。
なんでかって?
過去問が無いんですもの。
昨日はベッドに飛び込む前にもう一度机の上やら本棚やらを探して過去問が無いかを一応探してみたけれど、それらしい物はひとつも見つからなかった。
さすがに私も直前ぐらい多少の対策をしようと思ったワケ。でもなーんにも見つからなかったから諦めてさっさとゴロゴロする事にした。
なんて昨日のことを考えていたら馬車が不意に止まった。
これはつまり
「お嬢様。王立第一魔法学院に到着いたしました。以降は学院の者が案内を致します」
御者席にいた老年の執事が私に声をかけた。
ちなみに彼の名は……
「ありがとうセバスチャン。それじゃ行ってくるわね」
……実に日本人ウケが良さそうな執事の名前だ。
まぁこのゲームは日本人が作ったモノだからね。ヒロインのクリスティーの家は貧乏男爵っていう設定で執事が居なかったから、悪役である私の家の執事にその名前が譲られたのだろう。
などと考えているうちに馬車の扉がノックされる。
馬車の中にいるのは私だけだから、当然の如く、そのノックに応えるのは私だ。
「何かしら?」
出来るだけ貴族令嬢っぽい声色で返事をする。これでも一応それなりのお嬢様学校を出ているから言葉遣いがどうこうという心配は無い……と思う。
「アレイドル公爵家がご令嬢、キュルケ・ル・フラン・アレイドル様にお間違い無いでしょうか」
「えぇそうよ」
「畏まりました。では失礼致します」
そう言ってノックをしてきた男は馬車の扉を開けた。
うーむ。さすがは貴族令嬢。自分ではドアを開けないモノなのか。
「私はアンドリューと申します。キュルケお嬢様を試験会場までご案内する任を申しつかっております」
アンドリューは黒髪の中肉中背の男だった。その名からして彼は平民なのだろう。
学院の小間使いといったところか。
「えぇ、お願いするわ」
そういって私は馬車を降り、彼に先導されながら学院内を歩く。
今日の私は落ち着いた黒のドレスを身に纏っていた。飾り気も少なく、袖が短いことを除いて露出も少ない。
まぁそれはそれで良いのだけど、唯一気になるのはこの手袋。指の部分は薬指と小指だけを覆い、残りの3本の指は付け根までが露出している、いわゆるドローイング・グローブというものを着けて……着けさせられいた。
このいかにも令嬢っぽいものが今日の着替えとして用意されていて、着替えの時にはメイド達の着せ替え人形になってしまった私に拒否権などなかった。
それはともかく私とアンドリューは黙々と進んで行き、やがてレンガ造の建物の前まで来た。
「こちらが本日キュルケお嬢様が試験を受けられる第三講堂でございます。ここから先は係のものが誘導いたしますので、私はこれで」
アンドリューが立ち止まってそう言っていたけれど、私はそれに返事をすることができなかった。
当然でしょ!
ゲームで何度も目にした建物が、今現実となって私の目の前にあるんですもの!!
ゲーマー冥利に尽きるぅぅぅぅ!!!
「きゅ、キュルケお嬢様?」
はっ!?
いかんいかん。アンドリューを忘れかけるところだった。
ものすっごく不思議な顔をしたアンドリューがこちらをみて困惑しきっている。
「あ……え、えぇ、分かったわ。ご苦労様、ありがとうね」
「は、はぁ……では私はこれで……」
そう言って来た道を戻って行ったアンドリューと入れ替わるようにして、彼が言っていた係だと思われる男が私に近づいてくる。
「キュルケ・ル・フラン・アレイドル嬢とお見受けいたします。どうぞこちらへ」
そして私はそのまま係の男に誘導されて、試験会場である王立第一魔法学院の第三講堂へと足を踏み入れた。
▷
幾つもの机や椅子が備え付けられたそこには、既に多くの人間が集まっており、大勢の試験監督と思しき大人達と多くの受験生が集まっていた。よく見れば受験生達の座る席には30歳は超えていそうな人だったりもいる。
そして、それをみた私はある事を考えた。
……あれ?この世界にも浪人っているのか?
いや、まさか。あんな簡単な試験範囲で何をどう間違えたら浪人などする事になるというのか。
きっと魔法の道に進もうと決めるのが遅かったタイプの人だろう。
それはそうと、私はさっき係の男から渡された紙に書いてある番号の席に座る。カンニング対策によるものか、一番近い席の受験生と比べてもかなりの距離がある。
これでは知り合いと雑談も……と思ったけど、みんな随分とピリピリしている。そういえばこの空間は多少の音はすれど、基本的に話し声は聞こえなかった。
あんなふざけた試験範囲なのに、力みすぎじゃな――
「注目!!!!!」
うるさっ!?
何よ今のバカでかい声!?
「これから問題用紙と回答用紙を配布する!!静かに受け取るように!!」
声の主は講堂の前の方にいた。よく見れば男の周囲は薄く緑色に光っていた。それはつまり……
「風の魔法ね……」
静かに、と言われた直後だったが思わずそう呟いてしまった。初めて見る魔法に圧倒されてのものだった。
そしてその魔法は風を使って自分の声を遠くまで届かせることが出来るのだろう。空気の振動体である声が、どうして風に乗ってこれだけあの男から遠くにいる私に届いたのかは不思議だが……まぁそれが魔法というものか。
深く考えてはいけない。
などと考えている間に私の手元にも試験官から問題用紙と回答用紙が配られる。
紙の大きさは日本の大学入試で使われるのと同じサイズだろう。内部進学で大学にまで行った私がそれを知っているのは、外部入試を受けた友人に見せてもらったからだ。B4より一回りほど大きい紙などそうそう見ることがなかった私は軽く驚いた記憶がある。
枚数はそこまで多くなさそうだ。せいぜい5、6枚ほどか。この中に基礎数学とやらの問題が含まれているとすると、やはり大した試験ではなさそうだ。
「……全員受け取ったようだな。では1分後に試験を始める!」
筆記用具はご丁寧にも机に用意されていた。
この世界では万年筆が主流のようで、セットでインクの壺も隣に置いてあった。
うっかりこぼせば大惨事は免れない……もしかしてそれを見越しての黒いドレスなのか?私ってそんなドジっ子だと思われているのか?
「試験開始まで10、9、8……」
おっといかん。そろそろ試験が始まりそうだ。
ちゃっちゃとこれをパスして学院での破滅フラグを回避する方法を考えなければ。
「……3、2、1。試験始めっ!!」
かかって来やがれ入試問題どもっ!
アンタ達なんか破滅フラグの前菜にすらならないのよっ!
私はバッと紙をめくり――
『大問1-問1 属性融合型魔法強化陣現界理論の礎を築いた人物の名称を答えよ』
「…………へ?」
――問題文を読んだ私は小声を発しながら、そのままフリーズしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます