あの夏の日をもう一度
夏時みどり
1.アラサー女は自転車(チャリ)を漕ぐ
「あ〜〜結婚したい」
もうすぐ18時だというのにまだまだ夜の気配は感じられず、正面から差してくる西陽が容赦なく実菜を焦がしていく。日焼け防止のために着けているアームカバーはもう随分前から汗で湿っぽくなっていた。
立て込んでいた仕事がようやく落ち着いたこともあり、少々ぼんやりしていたようだ。無意識のうちに零れた言葉に実菜はハッと我に返る。
思いの外大きな声を出してしまった。恥ずかしい独り言を誰かに聞かれてはいないかと恐る恐る周りを見回したが、幸いなことに近くに人はいないようだ。
ホッと一息吐くと目を細めて西陽を睨み、グンッとペダルを漕ぐ脚に力を入れた。前へと進むスピードが上がり風を切る感覚が強くなる。川からの気流が頬を撫で、生温い空気が汗ばむ身体を包んでいく。
……これは中央公園からだろうか? 風に乗って聞こえてくる
うん、徳島の夏って感じ。
ジリジリと照りつける西陽に遠くから響いてくる騒きの音、そして向かい風に挑むように力強く自転車を漕ぐ疲労感……。
これが “エモい” という感覚なのだろうか? 懐かしいような、苦しいような、愛おしいような、寂しいような……。なんとも形容し難い感情が湧き上がり、胸がぎゅうっと締め付けられるような感覚に襲われる。
暦の上ではもうすぐ立秋だが、まだまだ夏本番と主張するような炎天下が続く日々。仕事もひと段落したし、今日ぐらいは良いだろう。長い間我慢していたビールの解禁を決めた実菜は、夏の訪れを感じる響きを背に受けながらスーパーに向かって懸命に足を動かした。
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◆用語解説
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