拾弐:整備

「あの……便利屋マダラさんって……あなたですか?」


 おどおどした様子で近付いて来たのは、かつて静が通っていた学校の生徒だ。

 中高一貫校の進学校……お堅いとはいえ、そういう年頃の子供は甘い罠に弱い。少しだけ手を伸ばせばすぐに伝手は手に入る。

 雑居ビルに構えた事務所には場違いな革張りの立派なソファーに寝転んで待ち構えていれば、まんまといたいけな仔羊が近寄ってくれたというわけだ。


「まじない、呪い、悪霊祓いなんでもござれの便利屋たぁオレのことだ。さてさて、可愛らしいお嬢さん、どんな御用で?」


 上半身を起こして、入り口で縮こまっている地味な見た目の少女を事務所の中へ招き入れる。

 事務所と言っても、本棚とデスクとパソコンが部屋の奥に置かれている他は接客用のローテーブルとソファーがあるだけの部屋だ。だが、胡散臭い話を扱うこの仕事ではこれくらいがちょうど良い。


「あの……恋のおまじない……も、してくれるって」


「ああ、もちろんやってるよぉ。ああ、こぉんなお絵描きだらけのお兄さんで怖かったかい? 悪いねぇ」


 若い女を呼ぶには惚れた腫れたの話題が一番。

 まぁ……オレ自身にも静にもそういう力はないが、髪の毛の一本でも恵んでやればそっち方面で効果のある粗悪品くらいなら手に入れられる。

 少女の肩に両手を置いてソファーに座らせてから、彼女と向き合うように腰を下ろす。


狐久保こくぼ高校だろ? オレも卒業生なんだよ。懐かしいなぁ」


 頬杖を付きながらちょっと笑ってやれば、恋のおまじないを頼みに来た片想い中の少女すらも頬を僅かに上気させる。

 好き放題ピアスもタトゥーも入れたとはいえ、本当にこの整った顔でにこりと微笑んでみせるってのはすごい威力だ。

 最初は怯えていた少女が少しだけ心を開いたところで、オレは相手にとっての本題を聞き出す。


「恋のおまじないってのは、恋愛成就でいいのかい?」


「あ、はい……その……お金、は、あんまりないんですけど」


 きゅっと胸の前で手を重ねた少女は、顔を俯かせながら上目遣いでこちらを見てくる。

 地味に見えても自分の価値をわかっている仕草に、思わず笑みを漏らしながらオレは立ち上がった。


「ああ、そんなのいいってぇ。うちは金儲けが目的じゃねぇから」


 そういいながら、机の中から恋の御守(粗悪品)を一つ取りだして彼女の前に置いてやる。

 首が二股に分かれた狗のあやかし……連戊れんぼの毛を使った二つのチャームだ。


「痛くしねぇからさ、欲しいと思ったら、あんたの血を一滴くれるだけでいいよ」


 体が強ばったのがわかる。まあ、そりゃそうだ。

 オレは笑みを崩さないままチャームを手の上に置きながら、彼女の目線あたりに持っていく。

 銅色の小さなナスカンから伸びたチェーンには青い蜻蛉玉がぶら下がっていて、その下に灰褐色の毛が一房付いている。


「これは不思議なふわふわが付いたチャームは、片割れを持った者同士を引き合わせる。でも、ちょっと残念なのは、その効果はすぐに薄れちまうってことくらいだ」


「あの……つまり、効果が切れる前に、好きになって貰えばいいってことですか?」


 生唾を飲んだ少女は、身を乗り出しながらオレの目をじぃっと見つめてきた。

 恋のおまじないに真剣になる子供は可愛いなぁ。この胡散臭いアクセサリーは、片割れを持ったもの同士を引き合わせるのは本当だ。だが、引き合わせられた二人は些細なことで喧嘩をするという縁結びの御守としては粗悪品の部類だ。

 まあ、そういう小さな喧嘩を乗り越えられる二人なら、きっとうまくいくだろうさ。だが、年頃で付き合い立てのガキ共がそううまくいくはずはない。呪物にならない程度の御守ってワケだ。

 引き合わされた二人がいがみ合って殺し合いをするなんて呪いのアイテムだったら、それを売ったり譲った時点で人を害したことになっちまう。体が死ぬほど痛むのも嫌だし、ここらにうろついてる祓い屋に目を付けられちまうのも困る。

 オレと静の目的を果たすためには、祓われるわけにもいかないし、オレが動けなくなるわけにもいかない。

 そんなことを考えながら、目の前にいる真剣な表情の少女にもう一度微笑んでオレは席を立った。


「まあ、そういうことだ。お嬢さん、そんなに叶えたい恋なのかい?」


「あの……その、はい。振られるとしても、行動しないのは嫌で、でも怖くて……そしたら、SNSでマダラさんの噂を聞いたから、頼ってみようって思ったんです」


 顔を赤らめながら、そう言ってくる少女の隣に腰を下ろして、彼女の手にしっかりとチャームを握らせる。

 手を重ねながら、オレは少女の頭をポンと撫でた。肩を抱くとか耳元で囁くなんてことをしないように気をつけて、いいお兄ちゃんってやつをイメージして動く。


「んじゃあ、そんなお嬢さんには特別にアフターサービスをつけてあげようか。そうさなぁ……もし失恋しちまったら、お兄さんが楽しい場所へ連れて行ってやろう」


 失恋をしてもオレが食べるわけじゃあない。

 楽しい場所へ連れて行って失恋の傷を癒やす手伝いをしてやるついでに、優しいが少々手癖の悪い大人の群れに投げ込むだけさ。後でちゃあんと助けて、元の学校生活に戻してやる。だから、安心して身を任せな?

 心の中でそんなことを思いながら、オレは少女が差し出した腕にそっと触れ、開封したニードルで柔らかな肌を刺す。

 一滴だけ垂れた血を小瓶に落としてから、なるべく優しく彼女の髪を撫でて微笑んでやった。


「あ、ありがとうございます!」


「いいっていいってぇ。まあ、困ってる子がいたら口コミで広めてくれると助かるなぁ」


 雑居ビルの外まで少女を送ると、彼女は深々と頭を下げてから、走って駅の方へ駆けていく。

 事務所へ戻ってソファーに寝転ぶと、ちょうどスマホから通知音が鳴った。

 画面を開いてみると「なんか、超安いし同意書もいらないクリニック、出来たんだって」というメッセージが入っていた。


『マダラ、種まきは得意だろう? がんばってくれよ』


 機嫌の良さそうな静の声が頭に響く。

 言われなくてもがんばるさ。あんたの頼みだし、オレは気持ちが良いことも、あんた以外の人間を騙すことも大好きなんだ。

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