第20話 原価をふまえてメニューを決定せよ!

【前回までのあらすじ】

ミフネ、フブキ、サユリの三人が営業開始したカフェ・ヤシマベース。

野球部から、大会当日の昼に食べる軽食というオーダーを受けた。

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「ところで、野球部の軽食って何がいいかな?おにぎり弁当はどう?」

作業を終え、道具を倉庫小屋……いや、カフェ・ヤシマベースに運び込みながらミフネが問いかけた。

「え~、でもウチらは、おしゃれなカフェを目指してるんやで~。テイクアウトゆうてもサンドイッチとかハンバーガーにしようや~」

サユリが異議を唱えた。

「サユリ、今はおしゃれかどうかにこだわってられないわ。原価率を考えてみて。同じ値段で売るなら、おにぎりの方がはるかに儲けが大きいのよ」

「原価率?」

「分かりやすく言うと、売り上げの中で占める材料費の割合よ。もし、サンドイッチやハンバーガーなら、パン代に加え卵やレタス、ハムなどの具材代が必要よね。計算したら売り上げの4割程度は材料費にとられちゃうわ。でも、おにぎりなら、具材にもよるけど、材料費を1割程度に抑えられるわ。同じ1万円分売れたとしても、サンドイッチやハンバーガーなら儲けは約六千円、おにぎりだと九千円!おにぎりは、作る手間も少なくて済む儲もうけ商品ね」

「え~?!なんかよく分からんかったけど、おにぎりの方がいっぱい儲もうかるってこと~?」

「そうやな。それに、野球部の男子なら、サンドイッチより、やっぱおにぎりの方が腹持ちがよくて喜ぶやろうしな」

フブキの賛同によって、サユリは思い描いていたメニューを断念するしかなかった。

この三人は、これまでも些細なことで意見が割れることは時々あった。

しかし、基本的に三人のうち二人が合意すれば、その合意が優先されるのが暗黙のルールとなっていた。

「店がもっと大きくなったら、いろんなメニュー増やしていこうね」

残念そうに口をつむんでいるサユリに、ミフネは慰なぐさめの声をかけた。


翌日から、カフェ・ヤシマベースは予想以上の注目を浴びることとなった。

もともと人通りの少ない学校の片隅にある倉庫小屋だったので、たまに通りかかる生徒も、女子生徒たちが何やら作業をしている、ぐらいの認識で大して気にも留めていなかった。

しかし、「Café YASHIMA BASE」と「Next Monday OPEN」の二つの表示を掲げたことによって、「何してるの?」「カフェってどういうこと?」とわざわざ入り口や窓から覗き込んで尋ねられるようになった。

その都度、サユリが愛嬌たっぷりに「来週からここでカフェを開くんです~。ぜひ遊びに来てくださいね~」と、宣伝した。

やがて数日のうちに、噂うわさが広まり、カフェ・ヤシマベースの周りには、生徒たちでちょっとした人だかりができるようになった。

こうして、ミフネたちは、常に誰かに見られている中で準備作業をすることとなった。


「見てみ~。またあの男子たち、窓からのぞいてるで~。ウチのこと好きなんやわ~」

サユリが一瞥いちべつした視線の先には、窓から覗く数人の男子グループの姿があった。

壁側に設置されたシンクで食器類を洗っていたサユリは、おもむろに男子生徒たちの方に振り向くと、洗剤で泡だらけの手のまま投げキッスを放った。

手についた洗剤の泡がシャボン玉になってふわっと彼らの方に飛んで行く。

男子生徒たちは、面食らって怯ひるむと、恥ずかしそうに「今のお前にじゃ」「俺ちゃうわ」などと互いに肘で小突きながら去って行った。

「あら~、行ってもうたの~。ピュアな少年たちじゃの~。」

これには、サユリのすぐ横で食器をすすいでいたフブキも噴き出して笑った。

「サユリは、注目されることが、たまらなくうれしいんじゃのう。」


しかし、この状況を喜ぶことも笑うこともできないのがミフネだった。

「わたし、こんなに人に見られるの初めて……。恥ずかしすぎる…」

ミフネは、サイドテーブルに隠れるように食器を拭いていた。

これまで、人目を避けるように、長い髪のカーテンに隠れて過ごしてきたミフネだが、今は作業中のため髪を結っている。

おまけに、どっちを向いても、窓やら戸口から誰かが覗き込んでいる衆人環視しゅうじんかんしの状況で、心安らかに作業に集中することはできなかった。

「ミフネは恥ずかしがり屋じゃの~。でも、これからお客さんいっぱいくるんやで~。慣れとかな~。ほら、ミフネもこうやって投げキッスしてみ~。お客さんいっぱい来るで~」

今度は反対側の窓の女子生徒たちに向かって投げキッスを放った。

サユリの知り合いなのか、今度は女子生徒たちが「キャー」と歓声を上げて手を振ってきた。

「ははははは。さすがにウチでも、サユリみたいにはなれんわ」

フブキは、この対照的な二人を見るのが面白いようだった。


「おーっす!」

入り口に群がる人だかりを押し分けるようにして、野球の練習着を着た一人の男子生徒が、ずかずかと店内に入ってきた。

「なんかえらい注目されよるのう」

威勢のいい声が高い天井に響く。

「あ、練習サボってタツヤが来よった。ウチ野球部の件で打ち合わせしてくるわ」

フブキは手に持っていたコップをさっとすすぎ終えると水切りかごに入れて、店内中央にある作業台兼テーブルに向かった。

「サボっとらんわ!来週の弁当のオーダーにきたんじゃ!」

「分かっとるがー」

エプロンで手を拭きながらフブキは、けたけたと笑いながらタツヤの向かいの席に座った。

「それにしても、食べ物のメニューがおにぎりしかないとは、なんちゅうカフェじゃ?」

「まだ、オープン前やけんね。それに、ラップで包んだおにぎりやけん、試合の合間でも手を汚さんで食べれてええじゃろ」

「まあの」

不服そうなタツヤに、フブキは終始笑顔で応対していた。

その理由は、「お客様だから」というわけではなく、この二人の自然な関係性がそうなのだと察した。


 弁当のメニューはおにぎりのみであるが、顧客のニーズに応えられるように、昆布、ツナマヨ、梅、玉子の四種類から具材や個数を各個人が選べるようにした。

フブキは先日、部室を訪ね、野球部の名簿に誰が何を何個必要か記入して提出するよう頼んでおいたのだ。

こうすることで、注文を確実に管理できるだけでなく、誰がカフェを利用したかが記録に残る。

この記録を蓄積していけば、どの生徒がカフェを利用したかという履歴にもなる、というミフネの戦略であった。

とにかく、全生徒に利用してもらわないと、このカフェは閉鎖されてしまうのだ。

利用者名を記録することは重要なタスクであった。


「麦茶どうぞ」

グラスの麦茶をミフネが運んできて、作業台の上におそるおそる差し出した。

和気あいあいと話している二人の会話を中断しないように、できるだけ小声で出したつもりだったが、タツヤの視線は、フブキからミフネに移された。

「ああ!こないだはどうも!」

タツヤは、ふんぞり返っていた姿勢を正し、ミフネに向き直った。

ミフネは一瞬、タツヤの言う「この間」とはどういう意味だろう?と考えてしまった。

あれ?やっぱり着替えを見られていた?だとしても、その事をわざわざ含んだ挨拶をするわけがないだろう。でも、あの日タツヤと会話らしい会話もしていなかったのに……そのあと、どこかですれ違ったかな?思い出せないな……。

「君も一年生?」

「はい……六組です」

「あー、オレ二組のタツヤ。フブキと同じクラス。まあ、フブキとは小学校の時からの腐れ縁やけど」

「あ……はい、フブキから聞いてます」

「腐れ縁ってなんよんな。幼馴染って言葉をしらんのか」

フブキのぼやきは、タツヤの耳には入っていないようだ。

「同じ一年やけん、敬語なしじゃ。そうか、六組かー、教室は別校舎じゃのー。残念やがー」

「ちょっと!いきなりミフネをナンパせんとって!うちの経営戦略担当マネージャーなんやから」

タツヤの一方的な話しぶりに業を煮やしたのか、それまでにこにこしていたフブキの顔がいきなり険しくなった。

「話しかけるぐらいええじゃろ!なあミフネちゃん。野球部のマネージャーも兼任してくれてええで」

「なん言よんなー!」

軽薄な言葉を衒てらいもなく放つタツヤに、ミフネは混乱し、下を向いてしまった。

「ご……ごゆっくりどうぞ」

小さな声でそう言うとが精いっぱいで、そそくさとキッチンに下がった。

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