第7話 ■ 生徒会の裁可を取れ!

【近況ノートに挿絵を掲載中!】


【前回までのあらすじ】

成績優秀だが人見知りのミフネ、工務店の娘にして運動神経抜群のフブキ、おとぼけだがデザインセンスが光る美術部のサユリ、三人の女子高生は、校内にカフェを作るために、活動計画書作成に奔走していた。

―――――――――――――――――――――――


 その翌日、ミフネ、フブキ、サユリの三人は職員室のイシハラ先生を訪ねた。

計画書には教員を「活動顧問」に立てなくてはならないため、彼女にお願いしたところ、快諾してもらえた。

「失礼しました。」

三人は深々と頭を下げて職員室を出た。

「よかったね~、イシハラ先生が活動の顧問になってくれて~。」

サユリのゆるい声を皮切りに三人に安堵の顔が浮かぶ。

「私は、活動計画書よりサユリの数学ノートの方が100倍大変だったかな。」

「ミフネ~、ほんとありがとうな~。来週の国語ノート提出のときも手伝ってな~。」

「え~、じゃあ次はサユリに何してもらおうかな。」

三人は笑った。ミフネはふと、こんな風に友達と屈託なく笑ったのはいつぶりだろう、と考えた。

最近の記憶ではほとんど思い出せない。頭によぎる映像は、まだ小学生のときに一番仲の良かったナツメとの思い出ばかり。

そのナツメも、小学校卒業と同時に東京に引っ越してしまった。

ミフネの祖父母は関東に住んでいるので、両親の里帰りの折に二度ほどナツメに会いに行ったことがあった。

しかし、そこにいたナツメは、田舎町でのんきに楽しく過ごしたころのナツメではなく、テレビドラマから抜け出してきたような都会のファッションに身を包み「原宿」や「渋谷」などの話を嬉々として語る彼女だった。

香川県のファッション事情にすらついていけないミフネは、心のコアにある支えを失ったような気分になった。


「ミフネ、どうしたん?ぼんやりして。さあ、この計画書を生徒会に突き出しにいくで!」

フブキに背中をポンと叩かれミフネは我に返った。


 生徒会室は、校舎最上階の端にあり学校の敷地を見渡せる場所にあった。

まるで校内を監視するかのように。

おそらくフブキが倉庫小屋に頻繁に出入りしていることはこの部屋から見られていて、ヨーコが注意しに来たのであろう。

「失礼しまーす。ヨーコおる?」

フブキは職員室に入る時と比べると明らかにぞんざいな口調でそう言うと、生徒会室のドアをガラッ勢いよく開け入った。

室内は、コロのついた移動式のホワイトボードとその向こうに校長室と見紛うほどの調度品に囲まれたスペースに円卓があり、男女2名ずつぐらいの生徒会役員が座って会議の最中だった。

その顔が一斉にこちらに向けられた。

おそらく2,3年生らしく、フブキの顔にやや緊張が走る。

「あの、活動計画書持ってきたんっすけど・・・。」

すると、ホワイトボードの陰からヨーコが姿を現した。

「会議中なんだけど・・・。」

穏やかで落ち着いた口調だが、それがかえって大人に叱られたような気分にさせる。同学年なのに。

引き下がろうとするミフネとサユリだが、フブキは

「活動報告書、受け取るだけやから、ええやろ。」

と言って書類を突き出す。

「あー、君は倉庫小屋の子だね。どんな活動をするつもりなの?見せて。」

一番奥の席に座っていた男子生徒が立ち上がりこちらに近寄ってくる。フブキが見上げるほど背の高く、笑顔のさわやかな好青年だった。

「会長・・・。」

ヨーコはちょっと不服そうだ。

「生徒会長のタムラです。よろしく。」

そういうと、タムラはフブキの手から活動計画書を受け取った。

「うわ~、生徒会長ってこんなハンサムボーイやったんや~。」

ミフネもフブキも同じ感想を持ったが、それをためらいなくサユリは口に出す。

照れくさそうに笑顔をもらすと、タムラは活動計画書をヨーコにも見えるように二人の間に掲げいっしょに目を通した。

自然と二人の距離が縮まる。

「ちょっと、君ら近づきすぎ~!」

サユリは思たことを心の中に留めておくことができない性格のようだ。

なんとなく気づいていたけど。


 報告書を確認すると、ヨーコが口を開いた。

「活動内容にある『DIY活動』って何するの?もうちょっと具体的に書いてもらわないと。」

「えーっと、木を切っていろんなものを作ったり、みんなでお菓子作ったり・・・ドゥイットユアセルフ、いろいろ自分たちで作るんや。」

フブキがしどろもどろに答えた。

「え?じゃあ、工具や調理器具を使うってこと?事故や火事が起こったらどうするの?ね、会長。」

「そうだなあ・・・。」

ヨーコは誘導尋問のようにタムラに同調を求める。

なかなかしたたかな女子である。

タムラも困り顔だ。

「うちらな~あそこにカフェを・・・・」

よけいなことを言おうとしたサユリの腕をミフネが強くつかんで制する。

ミフネに睨まれさすがのサユリも何かを悟ったようで口をつむぐ。

「ちゃんと気を付けてやるよ。ちゃんと・・・。」

フブキがしどろもどろに答える。

「そんなのだめですよね、会長?」

フブキが下を向いたまま言葉につまると、場が完全に沈黙した。

誰かが何かを言わなきゃこのまま却下されちゃう。

そんな空気に耐え切れなくなったその瞬間、三人の背後で戸が開く。


「イシハラ先生!」

思わず三人の声がそろう。戸を開けたのは彼女だった。

「気になってついてきてもうたけど・・・あんたたち、自分たちのやりたいことはしっかりと言葉にして伝えなあかんよ。」

その一言がすべてだった。

自分たちが隠している部分は、後ろめたい部分というよりも、他人に理解されないのが怖いからこそ曖昧にはぐらかしていた核心である。

イシハラ先生はそのことを見抜いていた。

「ヨーコ、うちらは、あの倉庫小屋をカフェにしたいんや。」

フブキが視線を少し上げた。

「え?学校にカフェ?何考えてるの?そんなのダメに決まってるじゃない。ね、会長。」

ヨーコ、本日三度目の誘導尋問。

 フブキの視線は左右を不規則に泳ぎながら、また下へとゆっくり下がっていった。

「お三人さんは、どうしてカフェを作りたいと思ったの?」

タムラは、三人に歩み寄り一人ひとりに視線を合わせるように顔を覗き込んだ。その瞬間、冷静なヨーコの表情がわずかにひきつった。

 わずかな沈黙に続いて、フブキがゆっくりと口を開いた。

「うちらは、自分たちの居場所が欲しいんです。自分にそれぞれ何か弱い部分があって、でもそれぞれ得意なこともあって・・・・たまたま出会った三人やけど、そんな人が集まってつながっていく場所があれば、いろんな可能性が広がっていくんやと思います。勉強の得意な人が苦手な人に教えてあげたり、人と人をつないで交友関係を広げたり、自分の感性を表現したり・・・・うちらのカフェは人と人をつなぐ学びの場になるやろうなって。」

「だからって、部活でもないあなたたちに学校の施設を私物化されたら困るわ。それにカフェってことは生徒が生徒からお金を取るの?」

フブキの言葉が終わるや否や、声をかぶせるようにヨーコが問いただしてくる。

言葉につまったフブキは再び沈黙した。

ミフネはフブキの絞りだした言葉に心を動かされていた。

友達のいない自分を必要としてくれている。ここで黙っていたら、その機会は永久に失われる。

そう思うだけで、今何か言葉を発しなくてはならぬという思いに駆られた。


「秋の文化祭でのオープンを目指して準備していきます。カフェ・スペースは誰でも無料で利用できるの。ただ、経営者は私たち。提供する飲み物やケーキ類には、活動維持に必要な利益を多少は上乗せさせてもらうわ。

 文化祭以降もカフェを維持して、誰でも気軽に集える場所にしていくつもり。たとえば、いじめや学力不振で学校に居場所のない生徒にとっても一息つける場所になると思うから、公共性や社会性の高い取り組みなのよ。」

 堰を切ったように言葉があふれ出てきた。

「だからって、こんなの前代未聞よ。学校が混乱しかねないわ。」

ヨーコの言葉は、痛いほど正統だ。

彼女はこの部屋の窓から学校を眺めつつ、規律と規範こそ正義だと確信し、不規則な変化は取り締まるべきと考えているのだろう。

入学した時からこの学校に居場所と役割が用意されていた彼女には、新しいものに挑む者の気持ちなど分かるはずもないだろう。


「うちはな~、美術部なんやけど、オープンしたらカフェで展覧会開きたいなって思っとるんよ~。きっと吹奏楽部がミニコンサートしたり、写真部がフォトスタジオにしたり、いろんな人がいろんな活用してくれると思うよ~。」

サユリも言葉を発した。


「すばらしいね。」タムラは手をぱちんと叩いて声高に言った。「たしかに公共性・社会性の高い取り組みだね。新しいことに取り組むのって勇気がいるよね。僕は応援したいな。どうだろう、ヨーコさん?」

タムラはヨーコの顔を覗き込んだが、彼女は眼を見開き、口を真一文字にして固まったままだった。

「ただ、事故や火災がないように、しっかりとした安全対策を取ってほしい。」

タムラが一言釘をさした。

「その点は私がしっかり指導・監督するで。まかしとき!」

イシハラ先生は親指を立てて答えた。


こうして、「カフェづくり」の言葉が添えられた活動計画書に、生徒会長による「裁可」の判が押された。

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