第24話:灰塩

 俺は強権を発動して直ぐにエドワーズ子爵城に住む領民すべてを集めた。

 彼らを使って奥山の草を大量に刈らせた。

 もちろん少しでも素材として価値のある物を見つけた者には、正当な対価を払って購入し、魔法薬や普通の薬の材料とした。

 だが今回は、そういう価値のある素材はついででしかない。

 俺が集めたかったのは、普段なら燃やすか発酵させるかして肥料にする草だ。


「いいか、今からやることは、エドワーズ子爵領どころか、ドラゴン辺境伯領の未来を変えるかもしれない大実験だ。

 しっかりとその眼で見て、結果を確かめるのだ。

 そして私のやった事が成功して、素晴らしいと思ったら、大いに広めてくれ」


 俺は緊張で強張る舌を必死で動かし、震えそうになる身体を抑え込み、逃げだしたくなるほどの緊張と恐怖に耐えながら、苦手な挨拶を行った。

 最初は領主権限で嫌々集まっていた領民も、少しは興味を持ってくれたようだ。

 見つけた素材を正当な価格で買い取ると言ったから、真剣になってくれた。

 ただし、草を刈り取るノルマを果たさなかった者は、どれほど貴重な素材を集めようと、魔獣を狩ろうと、没収すると言い渡しておいた。


★★★★★★


「では今から灰から塩を作れるか試す」


 ノルマを課したお陰で、莫大な量の草を集める事ができた。

 その草を全て急遽作った炉に入れて燃やして灰にし、その灰をこれまた急遽作った巨大な漏斗に入れて、草のミネラル分が溶けた水を集める。

 そのミネラル水を素焼きの壺に入れて薪で熱して水分を蒸発させると、見事に灰塩の塊ができたので、協力させた領民に味見をさせた。


「うぉおおおお、塩だ、塩ができてる」

「本当に塩だ、少々灰っぽいけど、間違いなく塩だ」

「確かに少し苦いが、塩は塩だ」

「これでもう、高い塩を買わなくていい」

「おお、そうだ、そうだ、みんなで魔境に行って草を刈れば塩が手に入る」

「領主様、バンザイ!」

「「「「「ウォオオオオオ」」」」」

「「「「「領主様ぁああああ」」」」」


 よかった、失敗したらどうしようかと思ったていたから、成功して助かった。

 領民が勝手に集まって塩を作ってくれるのなら、領主にとって大切な、労役日を使って塩作りをさせる必要がなくなる。

 食べ過ぎると死ぬ事があるカリウム塩だが、簡単には大量に作れないから、大丈夫だとは思うのだが、ここで死人が出ては大変だな。


「ただし、塩は食べ過ぎると身体に悪いからな。

 多くても皆が使っている匙に1日5杯までだ、分かったな」


「心配はいらねえよ、ご領主様。

 俺たちには、毎日そんなたくさんの塩を使う余裕なんてねえ」


「そうだ、そうだ、ご領主様のお陰で驚くほど楽に暮らせるようになったが、前のご領主様のせいでまったく何もないんです。

 大切な塩をたくさん使うなんてできねえよぉ」


「そんな状態で、もう高い塩を買わなくてよくなるなんて、俺たちは信じられないくらい幸せなんだ。

 だけど、その塩を無駄遣いできるほど楽ではねえです」


 なるほど、まだ領主が俺に代わって日も浅い。

 領民たちの生活が本当に豊かになるまで、まだまだ時間がかかるのだな。

 だったら俺がなんとかしてやろうじゃないか。

 だが効率が悪く苦みのある灰塩作りでは、それほど儲からない。

 領民に繊細な魔法薬を作らせても失敗作の山ができるだけだ。

 だったらどうしようかと考えていたら、ヴァイオレットが話しかけてきた。


「くっくくくく、最高ですよ、カーツ様。

 私が考えていた遥か上を行く最高の策ですよ!

 カーツ様が草から塩を作る方法を考え出されたと言いう噂が広まれば、カーツ様の評判は辺境伯様や伯爵様など足元にも及ばなくなります。

 そのカーツ様が、佞臣を断罪して処分しても、領民は拍手喝采します。

 これで領民の叛乱を心配せずに佞臣一派を順番に粛清できます」


 ヴァイオレットが、今までのような疑いの籠った笑みではなく、本気で褒め称える気持ちのこもった笑みを浮かべてほめてくれた。


「カーツ様、貴男様の才能に心から敬意をおくらせていただきます」


 カチュアが俺に言葉をかけてくれるのは初めてではないだろうか。

 挨拶や返答ではなく、カチュアから俺に話しかけてくれるのは初めてのはずだ。

 しかも心から褒めてくれているのが伝わってくる。

 

「エドワーズ子爵カーツ殿、誰も思いつかなかった塩作りを思いつかれた事、それが家族や家臣領民のためである事を私は知っています。

 私は死ぬまでカーツ殿の側で仕えさせていただきます」


 マティルダ義姉さんがいつもとはまったく違う、改まった態度で話しかけてくる。

 完全に貴族が王族や上位貴族に対する話しかけ方だ。

 しかも真剣な目で俺を見つめながら、臣下の礼を取ってくれている。

 これは冗談で返事をしていい状況じゃない。

 俺としては、ずっと仲の良い姉弟として暮らしていきたいのだが、もう無理だな。

 エドワーズ子爵としてはもちろん、将来のドラゴン辺境伯としても。


「分かりました、ずっと私の側にいて、領民のために働いてもらいます。

 ただし、公私の別はキッチリとつけてもらいます。

 貴族として礼節を弁え、私情を切り捨てるべき時はもちろんですが、心身を癒すために、家族として気兼ねなく接し話すべき時も弁えてください」


「はい、もちろんです、ありがとうございます、エドワーズ子爵」


 義姉さんが涙を流しながら返事をしてくれる。

 これで俺の心の癒しは確保できた。

 領主として冷徹な決断を下さなければいけない事もあるだろう。

 そんな事が続けば、心が消耗して病んでしまうかもしれない。

 それを防ぐには、家族との団欒が1番大切だと思う。

 俺と義姉さんに新たな家族ができるまでは、互いの癒しになればいいな。


「エドワーズ子爵カーツ様、昨日話していた策を変更させてください。

 エドワーズ子爵が今なされた事のお陰で、根本的な前提が変わりました。

 佞臣一派に仕方なく加わっている末端の者たちを、殺すのではなく切り崩します。

 直ぐに粛清するのではなく、領内にエドワーズ子爵の壮挙を広め、領民の支持忠誠心を獲得してから、できるだけ少ない人間の粛清にします。

 それでよろしいでしょうか」


「どれくらいの人間を引き抜き、誰を粛清する事にしたのか、それを理由と一緒に教えてくれ、すべてを知っておきたいのだ。

 祖父や父のように、佞臣奸臣悪臣に操られるのは嫌なのだ」


「承りました、すべてご報告させていただきます」


 昨日までとまったく態度が違っているな。

 だが、これで安心するわけにはいかない。

 これから失敗するような事があれば、俺など簡単に切り捨てられる。

 カチュアとヴァイオレットは、それくらいの覚悟を持っているはずだ。


 そうでなければ、辺境伯家が没落する時に自分たちが取って代わろうとしている。

 カチュアとヴァイオレットにはそれだけの知恵と戦力がある。

 なのに俺なんかを担ぐのは、できるだけ人が死なないようにしているからだ

 だからこそ、今回も末端とはいえ佞臣を引き抜いて助けるのだ。

 さて、俺は上手に傀儡領主を演じられるのだろうか。

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