第23話:流言蜚語
俺の心配はまたしてもまったくの杞憂だった。
辺境伯家からの軍勢はやってこなかったし、母からは俺を心配する手紙も届いた。
ヴァイオレットが俺を試すような事をまったく言わないから、大丈夫だとは思ったのだが、3日ほどは内心で心配していた。
カチュアにバカにされたくないし、心優しい義姉さんや、まだ幼い異母弟妹たちを不安にさせる訳にはいかないから、俺は平気な表情を取り繕っていた。
最初に来た使者と元護衛騎士たちが帰ってからは、辺境伯家からはまったく何も言ってこなくなったが、ネオドラゴン城内はどうなっているのだろうか。
母や同母の弟妹たちは元気でやっているだろうか。
辺境伯家の佞臣奸臣悪臣はすべて取り除かれたのだろうか。
いや、そこまで望むのは虫がよすぎる。
ネオドラゴン城から逃げる際にヴァイオレットが口にしていた。
他の佞臣派閥がどう動くか分からないと。
今はルキャナン大臣一派を取り除けただけでよしとしよう。
などと考えていたら、まったく違う問題をヴァイオレットが報告してくれた。
すべての噂を報告してくれているのなら安心なのだが、大切な噂、情報を握り潰して、俺の耳に入れないようにしていたら、また同じ事に繰り返しになる。
「ネオドラゴン城内にいる別の佞臣一派が、領民を不安にさせる嘘偽りを広めていますが、いかがいたしましょうか」
「どんな噂を流しているというのだ」
「カーツ様がネオドラゴン城に攻め込み、ミリアム様がルキャナン大臣を誅殺した一連の戦いで、大量の塩が失われてしまったという噂でございます。
このまま塩が補給できなければ、数年のうちに塩不足で辺境伯領の民が死に絶えるという、とんでもない噂でございます」
なるほど、俺と母の評判を落として、父の弟妹かその子供たちから、辺境伯家の後継者を出そうとする連中がいるのだな。
佞臣共はこの流言蜚語で自分の思う人間を擁立できなかったとしても、大儲けできると思っているのだ。
この噂を打ち消して領内の治安を守るためには、塩の備蓄を大量に放出して領民を安心させなければいけない。
その時に塩を買い占めてしまえば、人が生きていくのに絶対に必要ない塩を大量に確保して、噂を流すたびに大儲けする事ができる。
塩の備蓄は数百年分あるが、こんな悪意ある噂を度々流されたら、予定よりも早く辺境伯家の塩が無くなってしまうかもしれない。
辺境伯家よりも佞臣たちの方が多くの塩を持ってしまうような事があれば、数十年後の事になるだろうが、辺境伯家が滅ぶ可能性がある。
「噂を流している佞臣共を突き止めて、殺してしまう事はできるか」
「それは可能ですが、それは今噂を流している佞臣一派だけです。
連中を討伐しても、領民を安心させるためには、塩を放出しなければいけません。
その塩をまた別の佞臣一派が買い占めてボロ儲けする事でしょう」
「だったら、カチュアたちが調べた佞臣をすべて一度に殺せばいいのか」
「カーツ様にできるのですか。
すべての佞臣奸臣悪臣とその配下を誅殺するとなると、家臣の半数を殺さなければいけなくなります。
魔族の侵攻は数年後になるとは思いますが、半数の家臣とその家族を誅殺するのですから、忠臣の死傷者もかなり多くなるでしょう。
それでもすべての佞臣奸臣悪臣を討つ覚悟が、カーツ様におありですか」
またヴァイオレットが俺の事を試している。
少し離れた所からカチュアも俺の返事を聞いている。
いや、イザベルさんと義姉さん、異母弟妹も心配そうに聞いている。
領主一族間では秘密を失くし、できるだけ情報を共有してこの難局を乗り越えようと思ったから、どれほど悪い情報も一緒に聞くことにしたのだ。
カチュアたちは俺にどんな返事を期待しているのだろう。
危険を冒してでも、佞臣奸臣悪臣を皆殺しにするように命じるのを期待しているのか、それとも時間をかけて徐々に排除する事を期待しているのか。
一時的に佞臣奸臣悪臣に利益を与えてでも、魔族に備える形での辺境伯家の改革を期待しているのだろうか。
どちらも一長一短あるが、俺が気になるのは魔族の動きだ。
先の戦いで大軍を壊滅させたが、本当にアレが魔族の全力だったのか。
もしかしたら、単なる先遣軍ではないのか。
俺の知る前世の歴史では、叛乱するかもしれない降伏兵を、棄兵として新たな侵略地に侵攻させる作戦があった。
噂に聞くオーククィーンなら、それくらいの事はやりかねない。
小心な俺には、内憂だけを一挙に取り除いて外憂に対処できなくなる事も、外憂だけに備えて内憂を手遅れになるまで放置する事もできない。
外憂に対する軍事力確保しつつ、徐々に内憂を潰していく。
問題は内憂の連中が領民を扇動して反辺境伯家の叛乱をしかける事だ。
塩不足の流言蜚語を放置しておくと、確率は低いが叛乱の危険がある。
さて、俺の返事はカチュアが望む答えになっているのかな。
「ヴァイオレット、俺には危険な賭けをする度胸はない。
なんといっても、賭かっているのは人類の存亡なのだ。
魔族の侵攻に備えつつ、領民の叛乱も警戒しながら、少しずつ内部の敵を潰していきたいのだが、どの一派をどういう順番で潰せばいいか教えてくれ」
ヴァイオレットが不敵な笑みを浮かべてくれた。
カチュアは満面の笑みを浮かべてくれている。
どうやら俺は正解の答えを返せたようだ。
「カーツ様は90点の答えを口にしてくれました。
100点の答えには届きませんでしたが、100点の策も思い浮かべておられるのですか、それともここで終わりですか」
ふむ、カチュアたちが望む答えは、多分思い浮かべる事ができている。
だがそれ以上の策を、俺は思い浮かべる事ができている。
「ヴァイオレットが望む策は、俺がご当主様や父上よりも先に魔法袋から塩を領民に供出して、領民の心をつかめという事ではないのか」
「正解です、カーツ様。
満点の答えをいただきましたので、我々も内憂の見極めに失敗するわけにはいきませんから、絶対の答えを出すまでもう1日お待ちください」
「ネオドラゴン城に入れている密偵から、今の情報を得てから決めるというのだな。
分かった、その点はヴァイオレットたちに任せる。
だが、もし俺が魔法袋の塩を供出するよりもいい策があると言ったら、どうする」
「……それが塩を惜しんでいるのでなければいいのですが」
「信じきれないのは分かるが、どうせもう1日待たねばならないのだろう。
だったらその1日で俺の策を確かめてくれ。
その上で、これからも俺を辺境伯家の後継者にするつもりで動くのか、それとも義姉さんを後継者に挿げ替えるのか、決めてもらっていい」
「分かりました、1日待って確かめさせてもらいましょう」
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