第2話:魔族軍襲撃

 城の正面には魔族軍が続々と押し寄せて来ていた。

 月齢に合わせて拡大縮小するのが魔境の性質なのだが、今は最も魔境が狭くなる時期で、人がドラゴン山脈を越える事ができる時期でもある。

 人間に戻る覚悟に加え、ドラゴンたちや魔獣に襲われるのも覚悟すれば、月の満ちた時期に越山に挑戦してもいいのだが、曾祖父ですら純血種竜に殺されかけたのだ。

 今生き残っている魔族や人間では絶対に不可能な事だ。


 限られた時期の期限内に、ドラゴン山脈を越えなければいけない。

 普通ならそれほど多くの兵力を一度に越山させる事はできないはずなのだ。

 だが今、俺の目の前には見渡す限りの魔族がいる。

 魔法袋を活用して兵糧を準備したのか、それとも共喰いしながら来たのか。

 想像するのも嫌になる。


「カーツ様、そろそろ戦端が開かれますぞ」


 戦術戦略を指導してくれる教師でもあるアレキサンダが声をかけてきた。

 確かに俺のような若輩者でも分かるくらい、戦場に緊張感に満ちている。

 これが戦機が満ちるという事なのだろうか。

 俺は自分で開発した望遠鏡で魔族軍を確認してみた。

 前列に集まるゴブリンたちの表情が緊張している。

 後ろに控えているオークたちの表情が欲望に満ちている。


「攻め落とせぇえええええ」


 ゴブリンジェネラルだと思われる大型のゴブリンが叫んだ。

 即座に最前列のゴブリンたちが一斉に攻め込んできた。

 

「焦るな、もっと近づけてからだ、まだ我慢しろ」


 正面を任されている騎士が兵卒を抑えている。

 俺が来た事で、予備の矢石が大量に確保できたとは言え、魔族の数が異常に多い。

 少しでも矢石を節約したいのだろう。

 それに、今は矢を放っても遠すぎて効果が少ない。

 魔族を確実に死傷させられる距離まで引き寄せなくてはいけない。


「放てぇええええ」


 騎士が大声で叫ぶ。

 この騎士はいい指揮官なのだろう。

 声が大きい事は指揮官の必須条件でもあるのだ。

 城門にとりつこうを駆けていたゴブリンたちがバタバタと倒れる。

 恐怖に耐えて魔族を引き寄せた分だけ矢の効果が大きい。


「続けぇえええ、順番に射続けろぉおおお」


 だがゴブリンどもは攻撃を止めない。

 前を走っていたゴブリンが倒れたら、踏み潰してでも乗り越えてやってくる。

 望遠鏡で確認したら、後ろにいるオークたちが強弓を構えている。

 臆病風に吹かれたゴブリンは、味方であるはずのオークに殺されるのだろう。

 嫌だ、嫌だ、俺が殺される心配がないのなら、戦いなど参加しないのに。


「敵が城門にとりつきましたぁああああ」


 ゴブリンの数が多過ぎて、矢で射殺せなかった連中が城壁にとりつきだした。

 魔族でも比較的非力なゴブリンは、破城槌などがないと城門を壊せない。

 破城槌などの攻城兵器を運ぶゴブリンは優先的に狙われるから、まだ城門前に脅威になるような兵器は持ち込まれていない。

 問題は城壁下に集まるゴブリンが増えてきた事だ。


「投石隊は登ってくるゴブリンに石を落とせ。

 焦らず、半分まで登って来てから石を落とすのだ。

 目印は城壁の色だ、色が変わったら石を落とすせ」


 こういう時のために城壁は上下で色の違う石を積み上げて築城されている。

 指揮官の騎士はとても冷静だ。

 石を当てる攻撃力よりも、城壁の半ば以上から落ちる衝撃を重視している。

 ゴブリンは魔族とは思えないくらい立派な装備に身を固めている。

 恐らく人間の騎士が装備していた鎧を流用しているのだろう。

 その分防御力が強いが、反面とても重く、落馬しただけで首の骨を折る事がある。


「敵が鎧を脱ぎ捨てていますぅうううう」


 敵の指揮官は沈着冷静だが、同時に非情でもある。

 重い鎧を装備して城壁をよじ登るのは至難の業だ。

 やれたとしても動きがとても遅くなる。

 俊敏に城壁をよじ登らせようと思えば、鎧を捨てさせるのは正解だ。

 だがその分、普通の矢石を受けても死ぬ確率が高くなる。


「落とせ、落差を利用してゴブリンを殺せ、今直ぐ石を落とせ」


 指揮官の騎士が少し焦りだしたようだ。

 数の多いゴブリンが身軽に城壁のとりつくのを恐れたのだろう。

 まだ登って来ていないゴブリンにまで投石を命じている。

 鎧を脱いだゴブリンになら投石でもケガをさせられるとは思うが……


「カーツ様、場合によったら敵が動くかもしれません」


 アレキサンダーが声をかけてくれた。

 ここが戦術の分かれ道のようだ。


「敵が何かしかけてくると言うのか」


「絶対ではありませんが、可能性があります。

 今なら投石隊の目がゴブリンにだけに向かっています。

 弓矢の射程を一気に走りぬける魔族がいれば、隙を突くことができます。

 困った事ですが、魔族は元の人間の性根が悪ければ悪いほど強い種族になります。

 アーサー様や魔術士たちが魔王や強大な魔族を斃してくださったとはいえ、今生き残っている魔族の中には、並の兵卒では絶対に勝てない魔族が数多くいます。

 その中には、城門を一撃で破壊する魔族がいないとは限りません」


「ライリー、アーノルド、ドラゴン素材の鏃を使っての攻撃を許可する。

 城壁を破壊しかねない魔族が現れたら射殺してくれ。

 ジェンソン、ジャクソン、カーターは普通の鏃を使ってくれ」


「「「「「はっ」」」」」


 俺には8人の護衛騎士がついてくれている。

 他にも護衛部隊がいるが、彼らは並の騎士や兵卒だ。

 だが8人の護衛騎士は、人間離れした特技や能力を持つ者たちが。

 そのなかでもライリーは神業ともいえる弓術を会得している。

 アーノルドも弓の名手ではあるが、ライリーほどは神懸かってはいない。

 だが、破壊力貫通力は辺境伯家でも5本の指に入る。


「ゴブリンの軍団が割れましたぞ」


 アレキサンダーが声をかけてくれたが、俺にもその光景は見えていた。

 まるで何かを恐れるかのように、ゴブリンたちが左右に分かれた。

 その真ん中に城門に向かう一直線の道ができている。

 どう考えてもその道を利用して城門を破壊するとしか思えない。

 強力な魔族が突進して城門を破壊するつもりなのか。

 それとも投石機や大型の弩を使うつもりなのか。

 まさか、魔術を使って城門を破壊する気ではないだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る