第51話 最終決戦
戦争の事後処理などを考慮して、クズノハたちとの決戦は1月後。12月24日に競技場で、ということになった。
「はぁ……」
新羅辰馬はこのところ癖になってしまっているため息をついた。魔王殺し、姉殺しを大勢の観衆の前でやらねばならない、そう考えるだに気分は陰に籠もる。
瑞穂や雫、エーリカが気を引いて元気を出させようとしても成功しない。いつもならなんのかんので瑞穂たちの誘惑に乗る辰馬も、今回ばかりはそんな気分にならなかった。
「どーすっかね……ホントに……」
ハウェルペン政庁の外、聳える雄大な古木に問いかける。木の名前や種類に堪能なわけではないが、軽く千年は生きていそうな木には精霊が宿っていておかしくない。そういう存在にでも話を聞いて欲しかったのだが、向こうの虫の居所か、辰馬の精神状態が沈んでいるためか波長が合わず、精霊が姿を見せることもなかった。
かわりに来訪者はあったが。
「……久しぶり……」
「混元聖母……」
神界に送還されたはずの混元聖母が現れたことに、辰馬は身を固くする。戦闘力的な問題ならすでに辰馬は魔王も聖母も圧倒するだけの領域に到達しているが、彼女らが辰馬ではなく辰馬の仲間を狙って力をばらまいた場合、それを完全に防げるという自信は無い。最善は戦わなくていいことだが、それは向こう次第。
「安心して……。わたしはもう挑む気は無い……、一度負けたのだし」
「そんならなにしに来た? なんか変な企みごととか……」
「蒼海を、見せて」
「蒼海?」
「あなたが……天楼と呼んでいる剣」
「あぁ……うん。これでいーか?」
懐から天楼を抜いて、混元聖母に渡す。聖母はそれを子細に眺め。
「やっぱり……あなたは蒼海……この子を十二分に使えてない」
「そーかな……? 十分使えてると思うが」
「蒼海と紅羿はふたつでひとつ。これが……紅羿」
首をかしげる辰馬に、聖母はそう言って、天楼によく似た蛇腹の担当を差し出して見せた。
「え……くれんの?」
「あげる。もうわたしには必要ないから……」
そう言い置くと、混元聖母はすたすたと去って行き、やがて姿を消した。辰馬も追わない。信頼していいだろうと思えた。
「天楼……蒼海と、紅羿ねぇ……。んー、あぁ。天楼は神力の伝導で、紅羿は魔力の伝導率が高いのか。なるほど盈力を使うならこれ両方あるのと天楼だけでかなり違うな」
軽く触ってみて、ふたつの短刀その本質を言い当てる。なるほどこれ二つを使えば、輪転聖王のような超威力のコントロールも容易となるだろう。
「……こーいうアイテムはもっと早くに手に入るべきじゃねーかな? 今更終わりも近づいたところに持ってこられても困るっつーか……」
「おお、新羅どのではないですか!」
ぶつぶつ言いながら歩いていると、スキピオに出会った。前ウェルス新聖騎士団長ホノリウス(ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンによって壊滅させられ、失脚)は高慢で魔王の息子をとことんまで嫌い、アーシェ・ユスティニアを唆して辰馬を殺させようとした男だったが、後任のスキピオはまったくそういう高慢さや嫌味が無い。さわやかな印象……少々苦労しているようで40前にしてすでに白髪が多いが……の好青年である。聖騎士団長は鎧の重さを感じさせない足取りで辰馬の横に並ぶと、その周囲をぐるっと見渡した。辰馬がひとりでいることをいぶかしんだらしい。
「今日は麗しの乙女たちとご一緒ではないのですかな?」
「あー、今日はね……」
さすがに、ベッドに引きずり込まれかねないから逃げてきた、とは言えない。適当に言葉を濁す。
「それにしても、世界から神魔を打ち払う、とは。人類有史以来の快挙ですな。この世界は人間の居場所、それが新羅どのの哲学というわけですか」
「哲学って程じゃねーけど。まあ神や魔が人間の命に干渉してくるのが許せないってのはあるな。とはいえ、実際すべての神族が神界の神の庭に引き籠もるまではあと何十年かかるだろーし、魔族をアムドゥシアスに封印するとしてそっちも、完全になるには何十年。……そもそも魔族のこの世界からの撤退は、まだ確定してないからな」
「わたしが見るに、あなたは勝てないことを憂いているのではなく勝ててしまうことを哀しんでいるように見えますが」
「……そーかもね」
「これから用事が無ければ、わが姫ルクレツィアと一緒に昼食でもいかがですかな? 先代聖女さまの話を聞きたいと仰せです」
「かーさんの話ねぇ……。あんまし詳しくねーんだわ。フィーのようがよく知ってんじゃねーかな」
「フィー?」
「ラケシス・フィーネ・ロザリンド。あんたの国の聖女候補だよ。正式の聖女はアトロファのほうなんだっけ? そんで教皇がルクレツィア……なーんか、ややっこしいなぁ……」
「はは。確かに、教皇も聖女候補たちも全員、便宜的に「聖女」ですしな。わたしも教皇になるまではルクレツィアとほかの聖女たちの区別がつきませんでした」
「そーいうもんだよなー……」
「しかし。ほかのすべての主神と属神が神の庭に帰ったとして。眠れる創世神イーリス様はどうされますか?」
スキピオが、表情を引き締めて言う。創世の竜女神グロリア・ファル・イーリス、アルティミシアの地上に住まうすべてを造出した創世神はほかの女神たちに比べてもあまりに隔絶した存在だ。たたき起こして神界に引っ込めと言ってもまず聞かないだろう、というよりもむしろ不遜な人類に鉄槌を下すと言い出しかねない。
「……あ゛ー……いや、しばらくほっとこう。人類に直接干渉しないならいーわけだし」
「左様ですか、それは重畳。性急にイーリス様を伐つ、といわれてはさすがに、信徒たちの意思を統合するに時間が足りません」
いつかはそれをやる必要も出てくるだろうが、とりあえずそれは今ではない。全部そうやって先延ばしに出来るならよかったのだが、今回姉クズノハにはそうもいかない。
「仲良くしようってわけには……いかんよなぁ。あいつらだって人間滅ぼそうとしたわけだし。魔の干渉を打ち払うって決めときながら、そのトップのクズノハだけ特別に助ける……つーわけにもいかん」
スキピオと別れた辰馬はまたぶつぶつ言い出した。
「もともとあの馬鹿姉が死にたがってんのが問題でなぁ……、暗黒大陸の封印の向こうに引っ込んでくれるだけでいーのに、殺せ殺せゆーのが……うぇ、なんか吐き気……」
考えをまとめようといろいろ口にしていくうち、考えたくないことも口に出してしまい嘔吐く辰馬。復興したてのレンガ道にゲロなんか吐いた日には怒られるので我慢するが、ともかくヘロヘロになってしまう。
そのとき。
「おにーちゃーん、わたしのおもちゃ返してよぉ、おにーちゃーん!」
「あははははーっ、もんどーむよー!」
少年と少女が走り抜けた。兄である少年が妹である少女の玩具を取り上げて走っていく。子供たちが普通に町を歩けるようになった時点でだいぶ復興も進んだなーと実感するが、それより。
「問答無用かぁ……。もう問答無用で向こうに封印するか。死にたがりを殺してやる義理なんかないし、知らん」
そうして。
名も知らぬ兄弟の喧嘩から辰馬は未来への展望を決めた。
12月24日。
当然のような極寒、当然の大雪の中で行われる人と魔の最終決戦。競技場には魔王殺しの達成を見ようと、数千数万の人だかりが押し寄せた。
「いや、殺さんけど」
控え室の辰馬は、憑きものの落ちたまろやかな顔で呟く。これまで「殺してくれ」といわれて「殺してやらねばならない」という強迫観念に縛られていたが、そんなもん知るかである。
「ううううーっ、さむ、ざむいですぅっ! ご主人さま、暖めてくださいー!」
寒がりの瑞穂が震えてすり寄ってくるのを「おう、よしよし」と抱き寄せる余裕すらあった。
「ずるいなーぁ、みずほちゃん! あたしもあたしもー!」
「たつま、あたしもなでなでしなさいよっ!」
「はいはい、OK。順番にな、順番」
我も我もと抱きついてくる雫とエーリカも、鷹揚に撫で回す。ソレを見て虫の居所が非常に悪いのが、魔族陣営、ローゲ。
「あのガキ、今から殺し合うってのがわかってんのか? エーリカも蕩けた顔しやがって、ムカつく……」
思えば当初、エーリカを捕らえても殺さず陵辱もしなかったのはローゲの彼女に対する慕情ゆえだった。何度もモーションをかけて結局、靡かせることは出来なかったわけだが、その相手がいま他の男の膝の上でくてーとしているのを見るのは、嬉しいものではない。
「いいからお前は戦いに集中なさい。辰馬に力を練らせたら、一瞬で終わるわよ」
隣でクズノハが言う。それに同意するようにローブの人影も頷いたが、ローゲはそれをせせら笑う。
「練らせませんよ。スィームルグとヴェズルフォルニルに力を借りて、今の俺は絶速の炎。あいつらになにひとつさせません」
「ならばいいけれど……、さて、そろそろかしら」
教皇ルクレツィアが登壇し、この試合、人類側が勝てば魔族は暗黒大陸アムドゥシアスの魔界に引き下がって封印、対して魔族側が勝てば人類を隷属させる、というこの試合の要諦を告げる。正レフェリーとしてセタンタが、副レフェリーとしてスキピオが出る。
こうして、コミッショナーを立てレフェリーを立てして、あくまで試合という体で行われるが、懸けられるものはこれまでのすべての戦闘にまさるほど大きい。人類応援団の声はいきおい大きくなり、「負けたら殺す」の声を帯びる。魔族側にも応援の観客は入っているが、こちらは魔王の絶対勝利を疑うことがないのか、存外静かなものだ。
「うーん……こういう雰囲気で戦うのって、慣れねーなぁ……」
「そお? あたしはへーきだけど」
「そら、しず姉は試合慣れしてるだろーけど、おれは経験少ないんだよ。まあ……ここまできて、負けるこたぁもうねーけど。んじゃ、往くか!」
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