第15話 魔竜ニーズホッグ-2
辰馬、瑞穗、サティアの大火力メンバー抜きで、雫たちは王なる魔竜ニーズホッグを倒さねばならない。かろうじて雫の渾身はニーズホッグに通らないこともないが、それでもやはり、相当に困難なミッションになることは間違いがなかった。
「まず晦日さんの祝福を全開で牢城先生に! 牢城先生はひたすら竜鱗砕きに傾注、朝比奈はヒビが入ったところを広げて、穴があいたら上杉!」
普段なら指示をとばすのは新羅辰馬だが、その辰馬も、辰馬の軍師神楽坂瑞穗も失神状態である以上、指揮官役は磐座穣がつとめる。穣とてもヒノミヤ最高の頭脳、天才中の天才であり、その指示にはよどみがない。
「拙者は!? 拙者の役割はなんでゴザル!?」
「相手が飛べる以上、泥濘魔術はあまり効かないでしょう。待機!」
「……そうで……ゴザルか……」
他の仲間に役割が振られる中、自分だけお役目ナシという現実の前に悄然とする出水。シエルが憤然として穣を睨む。
「アンタ、ヒデちゃん舐めてんじゃねーわよ! ヒデちゃんは最高に最強なんだからね!」
「出水たちが神力にも魔力にもよらずして相当な実力に達していることは認めています。とはいって、空を飛ぶ相手に地面を泥にしたり、石牢を作る術も役に立たないでしょう? 現実的に使いどころが……」
「えーい、うっさい阿婆擦(あばず)れ! やるよヒデちゃん!」
「お、ちょ……シエルたん!?」
「役立たずとか言われて黙ってらんないでしょ! ヒデちゃんの本気見せてやんなさい!」
「しかしでゴザルな、実際相手が空では……」
「いーからやれ!」
シエルは風で出水のケツをひっぱたく。出水はプライドにかけて自分を活躍させようとする嫁に追い立てられ、なかば泣き顔で魔竜に対峙する。
「う……あんなもん相手できないでゴザルよ? そもそも地に足着けてない相手を……」
「相手が浮いてるなら、地面に引きずり下ろせ!」
「……やってみるでゴザルが……んー、自信ないでゴザルなぁ……」
出水は珍しく、短杖を握ってぶんと振る。霊力に形を与え、どうにかして魔竜の王を捕らえる檻をイメージするもうまくいかない。
「こうでゴザルか……うーん、こう?」
「まずは貴様からか、木っ端!!」
試行錯誤の出水に、ニーズホッグは竜翼をはためかせて迫る。間が詰まるのは一瞬。竜爪を振り上げ……
「もうやけくそでゴザル、うりゃあああっ!」
咆哮とともに、出水が短杖を振るう。黒い縄が伸びた。それは泥で編まれた不壊の縄。ニーズホッグの身体を絡め取り、縛り上げる!
「ぬ……く、小癪!」
毒液の竜酸で縄を剪ろうとするニーズホッグ。その瞬間、動きが止まる。そこに限界まで祝福を受けた雫が切り込んだ!
「ちえぇぇぇーっ!」
抜刀からの胴薙ぎ。いっさいの外連味なし、実用一辺倒にほかのすべての要素をそぎ落とし、極限まで研ぎ澄まされた絶剣、「新羅江南流・一の太刀」。ぎぅん、と甲高い音がして、胴部の鱗がぐしゃりとひしげた。
波状、さらに躍りかかる、大輔とシンタ。
「いくぞオラ、赤ザル!」
「任せろってクソマッチョ! ……っけぇ!」
まず、シンタが迅雷を大輔の構えた手甲にぶちあてる。そして大輔が腕振りかぶり。
「「雷吼・虎食み!!」」
ほとばしるは、雷纏う大虎の闘気。それは奔馬のごとく荒れ狂って飛び、ニーズホッグの傷口を確実に直撃した。
「ぐ……ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~ッ!!」
ニーズホッグが吼える。その声に含まれる感情は、激痛と激怒。出水の泥縄の拘束、普通には決してちぎれない、グレイプニル(北方の神話において、魔狼フェンリルを縛り上げたとされる小人の縄。この世にあらざる7つの材料から創られたとされる)にも匹敵する縄の戒めを、ニーズホッグは王なる竜の魔力で以て強引に引きちぎり、高く高く、天井近くまで飛翔。
「矮小な人間如きが、よくもやってくれる……。だがもう、これで終わりだ。貴様らに次の朝日は昇らぬ!」
大きく、息を吸う。それは竜の必殺、ブレスの予兆。毒息そのものは穣の祈りで防げるとして、その凶猛なる竜酸をどう防げば良いか。
………………
……ここは? あー、おれ、また落ちたんか……なんか大事なときにいっつも寝てるな、おれ……。
新羅辰馬は意識だけ覚醒したが、肉体に意識が収まっている感覚がどうにも、ない。どうやら幽体離脱して、精神が他人のなかに入っているらしい。他者への乗り移りはヨーガ・サンマヤ術式の奥義のひとつではあるが、自分の意思でやっているわけではないから嬉しいと喜びもできないのだった。
その、辰馬の口から。
「貴様らに、次の朝日は昇らぬ!」
野太く勁い、老人の咆吼が漏れる。
この声……トカゲ? てことは……。
このままでは仲間たちが最悪の窮地に陥る。辰馬は大急ぎで、意思の目を凝らした。
はたして辰馬=ニーズホッグは中空から雫たちを睥睨する。ダイレクトに流れ込んでくる感情から、ニーズホッグがかなり追い詰められ、激昂していることもわかり、それについて仲間たちの勇戦を誇らしくは思うもののこのままではいかんともしがたい、詰みだ。
シャー・ルフするのは好きだが、されんのは大嫌いなんだよ、おれは。つーわけでこの身体の支配権、寄越して貰うぜ、デカブツトカゲ!
辰馬はニーズホッグの精神に干渉し、綱ひきを仕掛ける。より強い意志を持ったものが相手の精神を組み伏せ、肉体を支配する綱引き。当然、負けた側には精神へのダメージ……下手をすれば消失という危険が待ち受けるが、今までもこれからも、新羅辰馬という少年はそんなリスクをいちいち顧みる性質ではない。むしろ天才的理知を持ち合わせながら、暴虎馮河とすらいえる無謀を発揮するのが、新羅辰馬である。ためらわず挑んだ。
にしても、精神力でかいな……トカゲのくせに図体でかいからか。これ、組み伏せるの手間だよなぁ……。
世界最大規模の魔竜、その精神力に触れて圧倒される辰馬。しかし圧倒はされても威圧はされない。魔王の継嗣と最強の魔竜、両者は力を練り、少しずつ相手の精神を浸透しあい、浸食しあい、互いの精神領域を奪い合う。
この時点でニーズホッグも体内の「異物」に気づいた。速やかに排除しようとするが、驚異的に深く根を張る異物は除けない。いきおい、相手が仕掛けてくる精神力勝負に乗らざるを得なくなり、雫やシンタたちに竜酸のブレスを浴びせるどころではなくなった。
行われる、ひたすら静謐な精神力のせめぎあい。殴り合いと違って傷が肉体に刻まれるわけではない。が、精神の応酬は互いの存在力そのものを強烈に削り合うきわめて危険な勝負。そして、意思力こそ弱いが精神力に関してはバケモノじみて巨大なのが新羅辰馬であり、この領域において辰馬は無双と言って良いほど圧倒的な強さを誇る!
魔竜が送り込む無数の毒竜(のイメージ)を「邪魔」と瞬時に引き裂き、巨竜の投影を「うっさい」の一撃で蹴散らし、恐怖の具現である『闇』を「消えろ」で晴らす。普段は遠慮や容赦ゆえ圧倒も無双もできない辰馬だが、ここは精神世界、今回ばかりは遠慮も容赦もなかった。
………………
雫たちも、魔竜が動きを止めたことでこれをチャンスとみる。一気呵成に攻め立てた。雫の太刀が、大輔の拳が、シンタのダガーが、すでに「祝福」を渡して疲労の極にある美咲と全体を俯瞰して指示を出すべき穣も、全力をもってニーズホッグ、その腹部の傷に攻撃を集中させる。
「大輔くん、カタパルト!」
「了解です!」
雫の言葉から察した大輔。腰を落とし、バレーボールのレシーブのような構えで立つ。そのの手の上に、雫は「ていやっ」と飛び乗った。すかさず
「っせえぁ!」
膂力なら一行最強の大輔が、思い切り打ち上げる。跳躍の雫、ニーズホッグの下から上へ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
全力、渾身、最速で、魔竜の腹を割く!
「が……ガアァァァァァァァァァ……ッ!!」
「い……つぁあぁっ!?」
二つの悲鳴が、同時に、別の場所。地表で目覚めた新羅辰馬が、腹を押さえて悶絶する。
「へ? たぁくん? だ、だいじょーぶっ!?」
軟着陸した雫は、なぜだかなにやら深刻なダメージを負っている辰馬に駆け寄るが。
「バカ、なにやってる! このチャンス逃したら次がねーぞ、仕留めろって!」
「う……うん……」
深いところでニーズホッグとリンクしていた辰馬は、雫たちの攻撃のすべてを魔竜と共有することになっていた。そのため、雫の渾身の一太刀を受けてそれこそ魂ごと刈り取られるような痛みと衝撃を受けたのだが、それでも蹲っている場合ではない。
ここが先途、エーリカを助けるまで、こんなところで立ち止まってられんからな。おれもまぁ、気合い入れるか。
ニーズホッグを地にたたき落とし、雫たちは奮闘するが、それでも魔竜のほうにやや分がある。殴り合いで大輔と雫を圧倒する技量であり、シンタの雷撃ダガーも傷が開いてない部位には通用しない。出水の泥縄にもしっかり警戒して乱戦、使わせないよう立ち回るニーズホッグに、穣と美咲も強力な魔術を行使して黒き毒の魔竜を屈服せしめようとするが、魔竜の王はさらに強力な竜語魔術でそれらを相殺してしまう。時間経過するほどに、天秤は魔竜優位に傾き。
「きゃうっ!?」
ブレスと見せかけ、雫がわずかに萎縮したところへ竜爪の一撃、雫を倒したニーズホッグは余勢を駆って大輔をも殴り倒す。前衛が崩れてしまえば後衛のシンタ、出水、穣、美咲は丸裸である。危急。
「死ね、矮小なるものども!」
黒翼はためかせ、おどりかかる魔竜。
「ちょい待て」
と、その前に立ちはだかるのは。
36枚の輝く黒翼、全身をとりまく36万5000の光の粒子。総身光輝と紅蓮をまとって美々しく燃え立つその姿は、まるで古き世界の聖典にある、神に等しき御前の天使、メタトロンにも似る新羅辰馬。魔王継嗣としての本質+これまでの集積+魔皇女クズノハのもとでの修行、それによって導き出された姿である。
「ホントなら、しず姉たちに頑張ってもらって成長させた方がいーんだろうが……ま、死んじゃったら元も子もないしな。しかたねーや。さて……そんじゃ、一発勝負といくか、トカゲ」
口にするまでもなく、立ち上る盈力の波動。最強威力の「輪転聖王・梵」を撃つ、その起こりを隠そうともしない。撃てば勝つ、その確信がある。
魔竜も、辰馬の変身とその霊威にやや驚きたじろいだものの、すぐにもちなおす。
「よかろう。わが最大の一撃で、屠ってくれる!」
総身を満たす毒竜酸、それを魔力の波動に乗せ、叩きつける。フェルストレルゼン・アフ・アフルスタ(終焉の滅び)。不滅なる世界樹・ユグドラシルの根をすら枯らすその一撃の威力は、ニーズホッグ自身が認める超威力。
真なる魔王と劇毒の魔竜、両者はその最大最強の一撃を打ち合わせ……、
轟音がとどろいた。
………………
すこし、さかのぼり。
今日もローゲはエーリカのもとにいた。
「オラ、これでどーだ? 人間どもの間で人気のファッションだ。これでおめぇーもオレ様のことを……」
「ダサい、イモ、そもそもモデルが悪い」
「……っく!」
炎の魔人、ローゲは暗黒大陸屈指の伊達男であり、数多くの魔族女、人間の娘、はては先代魔王の娘クズノハをも性的に「喰って」きた自負がある。その自負心があまりに強すぎるため、エーリカを相手に「不細工、ダサい」と言われるのが我慢ならなかった。ために無理矢理エーリカを強姦するのではなく、是が非でも自分になびかせてやろうと考え連日、新しい衣装をまとい配下の淫魔から蕩気の香を借りてエーリカの前を訪れるのだが……、エーリカはまったく折れる様子がない。ローゲの容姿はさておいて(間違いなく美男ではあるのだが、それは好みもあるからわかるとして)、淫魔の香気にあてられてもまったく平然としているあたり、エーリカの精神力というのは尋常ではなかった。
「てめぇーはどんな美的センスしてんだ!? オレ様がこんだけ着飾ってやってんのによォ!!」
「うっせーわよボンクラ! チンピラナルシストがイキってんじゃねーわ、キン○マ潰されたいの!?」
「チ……んぴらぁ?」
ローゲはまたもや眩暈がするのを感じた。もともと彼はムスッペル(炎の巨神)の一柱、すべてを焼き尽くす、暗黒大陸でも屈指の名家の出でありその家門にふさわしいだけの実力者。当然、これまでの人生でチンピラ呼ばわりされたことなどなく、はじめて投げかけられたその言葉のショックはきわめて大きい。
さすがにブチ切れたローゲが牢を開けてエーリカに迫ろうとしたそのとき。
ズ・・ドオォォォォン!!!
轟音がとどろいた。
「……な、なんだぁ? 今のはニーズホッグ……と、魔王さま……? いや、そんなはずが……」
「たつま……たつまだたつまだ! あははー、これでアンタたちもう終わりー、私のたつまが来てくれたからね、もうアンタなんかけちょんけちょんのぺよ!!」
「あァ!? ほんっとに口の悪い女だな、お前ホントに姫さまかよ? ……つーか、もし今のが魔王さまだったとして、だからってオレが負ける理由にはならねぇ。返り討ちにしてやるさ……」
欣喜し小躍りするエーリカに、ローゲは苛立ちながらも冷ややかに返す。その声には虚勢ではない自信があり、さしものエーリカも背筋を粟田たせる。
そこに走り込んでくる足音。
「姫殿下、いや、エーリカ女王陛下、私が、エッダのフリスキャルヴ家が嫡子、インガエウが助けに参りました!」
三人の従者を引き連れ、最初に現れたのはインガエウ・フリスキャルヴ。
ついで。
「あらあら、先を越されてしまいましたか♡ 美しいエーリカ姫、このアトロファがお救い申し上げますね♡」
ラケシスを伴い、アトロファが優雅かつ艶美にやってくる。
そして最後に。
「あいたた……やっぱ、精神とはいえ思いっきり斬られたからなー……ダメージでかいわ……。足もいてーし……と、よぉエーリカ、お久しー、無事かー?」
魔竜ニーズホッグ打倒を果たした新羅辰馬一行が、やってきた。32枚の光翼とまとう光の粒子はすでにしおれ、通常の魔王モード12枚羽根の姿。それでも、ローゲにはぴんときた。
「なるほど……そこのガキが魔皇子殿下か」
「あ?」
「初めまして、皇子殿下。そして……過去の遺物はさっさと死にな!」
腕を振るうローゲ。辰馬たち目がけ、信じられないほど高圧・高熱なムスッペルの獄炎が奔った!
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