17.呼び方
「ゆっくりしてね」
そう言って雪さんは私を玄関に座らせてくれる。涙はやっと落ち着いてきた。
「お母さんに何か言われた?」
心配そうに櫻井さんも声をかけてくれる。
「…ごめんね。雪さんには何も言われてないよ」
落ち着いてきたので、九条さんにそう返す。
「雪さんってお母さんのことよね?」
いつも以上に低い声で言われて、やっぱり失礼だよね。
「ごめん、どう呼べばいいのかわからなくて、つい」
「そうじゃないの。一体いつから?会ったのは今日が初めてだったよね」
「えっ、うん、そうだよ。九条さんの話をしていたときに、どっちか分からないから、雪さんって呼んで欲しいって言われて…」
「そうなんだ…」
どうしたのだろうか?少し思い悩んでいる九条さんを前にどうしたらいいのかわからなくなる。
すると、インターホンの音がなった。
「たぶん、さやかだから行ってくるね」
そう言って九条さんが出て行く。
「ふふっ」
笑い声の方を見てみると、雪さんが笑っている。
「…どうしたんですか」
「いえ、雪花ちゃんが嫉妬しているみたいだから、可愛くて。あの子は私のせいで迷惑をかけちゃったから、こうして女の子らしくしているのが嬉しくいの」
女の子らしくとはどういうことだろうか?九条さんは普通の女の子だと思うのだけど…
「あなたには難しいことかもしれないけれど、どうか、冬花ちゃんのことも見てあげてね」
そう言って、リビングの方に戻って行ってしまった。
「紗夜ちゃん、久しぶりー、元気してるー?」
さやかが元気に玄関のドアを開ける。
「さやか、九条さんの家なんだから静かにしないと…」
「あっ、ごめんね、トーカちゃん」
「別にいいわよ、それより早く私の部屋に行きましょ」
私たちは今、3人で乱闘ゲームをしている。言うまでもなく私は最下位だ。
「みんなひどい…」
「そう言われてもねー」
「どうしたら攻撃の間に入ってくるのかしら?」
「そう言われても…」
アイテムが落ちてきたから拾いに行っただけなのに。
「どうしよっか」
「私はこのままでもいいよ?」
みんなが楽しいのに私が邪魔をするわけにはいかない。
「みんなで楽しくできるゲームがいいの!」
「じゃあ、ボードゲームでもする?」
「あっ、じゃあこれはどうかな?」
そう言って九条さんが出してきたのは、社長となり、サイコロを振りながら、お金持ちを目指すゲーム。
「これなら紗夜ちゃんもできるね」
「まあ、一度やってみましょう」
結果から言うと、負けた。
それも圧倒的に。
「……」
「……」
せめて何か言って欲しい。途中から私以外に2人とも一言も発しなくなった。
「…まさかここまでなんて」
「紗夜ちゃん凄すぎ…」
「じゃあ、もう一度…」
携帯の音が部屋に鳴り響く。
「あっ、私のだ。誰だろ」
「お母さん?今日は遊ぶって言ってあったのに…」
「ごめん、出ていい?」
私たちは頷く。
「お母さん、どうしたの?」
「……え、優くんが帰ってきたの?本当に?」
優くんが誰かはわからないが、さやかの顔を見ていると、大切な人なんだとわかる。
さやかが悩んだようにこちらを見る。
「行きなさい、遊ぶことはいつでもできるのだから」
九条さんが言ったことに頷く。
「私たちは気にしないで、最後の別れじゃないんだから」
「ありがとう!」
さやかは嬉しそうに笑い、慌てて出て行った。
「結局、優くんは誰なの?」
「さやかの彼氏みたいよ」
「そうだったんだ…」
彼氏がいるのなら、もう私とは関わらない方がいいのではないだろうか。
「どうせ、私とは関わらない方がいいだろうとか、考えているんでしょう。まったく」
「…なんで、九条さんは私のことをそんなにわかるの?」
「あなたのことをよく見ているからよ。それに、今のはさやかもわかったと思うわ」
「彼氏がいるなら私と仲良くするのはやめた方がいいでしょ?」
私は女じゃないんだから。そう言うと、九条さんはため息をつく。
「前にも言ったけど、あなたと遊ぶのは、楽しいからで、性別とか関係ないから」
「2人がそうでも、他の人もそうだとは限らないでしょ?」
「他の人って誰?」
いつもより声が低い。
「えっ」
「他の人って誰?あなたと一緒にいたいと思っているのは私たち。他に誰が関係あるの?」
「いや、彼氏とかなら、関係あるでしょ?」
「関係ないよ。私たちの交友関係に口を出されたくはないわ」
「…やっぱり、親子だね」
「?どういうこと?」
「さっき、雪さんにも同じことを言われたんだ。あなたは周りを気にしすぎだから、もう少し自分を見なさいって」
「そう。だけど、やっぱりいくらお母さんでも気に入らないわ」
「えっ何が?」
「名前、私はずっと九条さんなのに、お母さんは今日だけで名前で呼んでいるんだもの」
「九条さ「冬花」えっ」
「冬花って呼んで、あなたの名前はまだ聞かないわ。けれど、私のことは名前を呼んで欲しい。ダメ…かな?」
「いいの?くじょ…、冬花は男が嫌いじゃなかったの?」
「今でもそうかな、前に言ったかな?父親だった人が最悪だったって」
「うん」
「だから、男なんて必要ないと思ってた。けれど、あなたと会ってからは、あなたから目が離せなくなった。傷ついているあなたをほっとくことができなかった。それに、私も似た経験をしているのもあるかな」
「あなたには性別は関係ないって言ったでしょ。まだあなた以外の男子は苦手だけど、男としてみるのではなく、その人自身をみることの大切を知ることができた」
冬花はすごい。私にも彼女のようにできるだろうか。
彼女のような考え方をすることができるだろうか。
たとえできなくても、僕は前に進みたい。ゆっくりと、だけど最初は彼女、冬花がいい。
「ありがとう、冬花。僕は君のような考え方ができるように頑張りたいと思う」
自分自身を大切にできるように。
「だけど、最初は冬花がいいと思った。だから聞いて、僕の名前を…」
弱い自分を捨てたかった。けれど、私は僕を受け入れられるようになりたいと思う。
だから…
「…僕の名前は櫻井樹。でも、まだ人前では紗夜と呼んで欲しい」
今はまだ、彼女だけ、だけど、僕の名前を知ってもらいたい。
彼女は驚いたような顔をした後に、少し泣いたような顔をした。
「樹…樹ね。教えてくれてありがとう」
「ううん。冬花なら知って欲しいと思ったから。だから、これからもよろしく」
「よろしくね、樹」
二人で顔を見つめ合い、二人揃って笑った。
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