12.私の一歩

 私はおばあちゃんにスマホをお願いした。


 以前からスマホはいらないのかと言われていたが、私は紗夜になると同時に、人と関わるつもりはなかったために断っていた 

 人と関わるのは今でも怖い。


 私はいらない子だから、みんな私から離れてしまう。それで傷付くぐらいなら、誰とも関わらないようにしようと思っていた。

 けれども、紗夜お姉ちゃんの夢を見てからは、僕として生きていこうと思った。

 それを紗夜お姉ちゃんが望んでいるのならば、そうするべきだと思った。

 それに、僕自身も僕として生きる努力をしてみたいと思った。

 そのことをおばあちゃんに伝えると喜んでくれ、すぐにおじいちゃんに話に行き、休みの日に行くことになった。

 風邪を引いたのが金曜日であったため、土曜日にすぐに買いに行くことになった。


 そして月曜日になり、学校でさやかに話しかける。


「さやか、スマホを買ってもらったんだけど、連絡先を交換してくれない?」

「紗夜ちゃんもとうとう買ったの?やったー、これですぐに連絡できるねー。あっ、トーカちゃん、紗夜ちゃんがスマホ買ったみたいだから一緒に交換しよー」


 そう言って九条さんに声をかけ、九条さんとも、連絡先を交換することができた。

 少しスマホについて話した後、先生が来る前に自分の席に向かう。

 口に出すことができなかったため、座った後に二人にメッセージを送る。


 これは私が僕になるための第一歩になる。


 二人、特にさやかに私が男であると話した後を考えると今からでも怖い。嫌われるかもしれない。

 今のままでもいいんじゃないかと思うが、これから僕として生きていくのに二人に黙っておくのは違うと思った。だから、今日の放課後に二人に自分のことを少し話そうと思う。


「紗夜ちゃん、来たよー、どうしたのー?」

「話ってどうしたの?」


 二人が来た。

 怖い。嫌われるのが怖い。けれど、話さないと。


「ごめんね二人とも、少し話したいことがあったんだ」


 少し息を吐き、もう一度吸う。


「これはただの僕のケジメだから。二人を騙したくはないと思ったから。だから少しだけ私の話を聞いてほしい」


 真剣に話しているためか、さやかもいつもより真剣になっている気がする。


「うん。話して」


 さやかがそう言い、九条さんが頷く。


「まずは二人に謝らないといけないんだ。ごめんね、本当は私、女じゃなくて男だったんだ」


 騙していたことに罪悪感を感じる。


「騙していてごめん」


 そう言って頭を下げる。


「ううん、少しびっくりしただけだから。紗夜ちゃんは普通の女の子ではないと思っていたけど、でもどうして女子生徒になっていたの?」


 少し驚いたように、けれども納得したようなさやかの問いに答える。


「自分の憧れに人になりたいと思ったんだ。その人が女性だった、それだけ、おかしいでしょう?」


 自虐的に笑う。私の暗い話をするわけにはいかない。だから、私がおかしいと言うことだけを伝える。


「その憧れの人が紗夜さんだったの?」


 さやかの言葉に頷く。


「そう…」


 沈黙が続く。何を言われるのだろうか。罵倒だろか?さやかになら何を言われても仕方ない。


「そっかー、紗夜ちゃんは男の子だったかー」


 そう言って、いつものように朗らかに笑う。


「どうして?他に言うこともあるでしょう!男のくせに女子制服を着て気持ち悪いでしょう!」

「だって、紗夜ちゃんは紗夜ちゃんだから。ああ、本当は紗夜ちゃんじゃないのかー。けれど、私が仲良くしたいと思った人はあなただった。性別は驚いたけどそれだけかなー」


 そう言うさやかが涙で見ることができない。


「だって…、私は騙していたんだよ…、二人を…、だから…」


 話している最中に誰かに抱きしめられる。その人は九条さんだった。


「話してくれてありがとうね。櫻井さん」


 その言葉に涙が溢れてくる。


「ああー、トーカちゃんは知ってたの?ずるーい」

「私は自分で気づいたの。話してもらったのは今日が初めてだよ」


 私は九条さんから離れる。


「九条さん…私は大丈夫だから」


 涙をさすりながら、そう言う。


「それで、紗夜ちゃんはこれからなんて呼べばいいの?」

「ごめん、それはまだ紗夜と呼んで欲しいの。まだ自分のことを認められていないから。ごめんなさい」

「謝らなくていいよー、そっか、紗夜ちゃんはまだ途中なんだね」


 その言葉に頷く。


「ゆっくりでいいよ。ゆっくりで。でもこれからもよろしくね。紗夜ちゃん」


 その言葉にまた泣きそうになる。


「…ありがとう」

「いいよー、話してくれてありがとねー」


 二人に私のことを話した。嫌われると思っていた。けれども、私を否定せず、認めてくれた。

 そのことがとても暖かく、思い出すだけで涙が出てくる。


 今日、初めて私は僕として一歩を踏み出した。

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