第11話 新しいクラスと始業式

 三隈みくまが運転するスクーターは、県道17号線を八ヶ岳方面に向かって、軽快に走っていた。

 このあたりもそれなりの上り坂だが、スクーターは苦もなく上っていく。遠くに見えた校舎がみるみる大きくなって行く。


 県道十七号線から別れて校門につながる道路に右折した。この道は狭いので、スピードをやや落とした。そして、あっという間に校門を通り抜けた。


 三隈が乗るスクーターはスピードを落とし、歩いている他の生徒をよけながら、ゆっくりと駐輪場に近寄った。

 彼女は、一年四組のクラスのプレートが掲げられたエリアの前に来ると、一旦停車し、ゆっくりと曲がって駐輪場の中にスクーターを入れた。

 エンジンを切りサイドスタンドを立て、バイクを降りてグローブを外すと、時計を見た。


 【7:55】


 - いつもより遅い時間に家を出たのに、こんなに早く着くなんて、やっぱりバイクってすごい。 -


 三隈は、原動機付き自転車の偉大さに改めて感動した。車両運送法では軽二輪だが。

 彼女は、ヘルメットを脱いでヘルメットホルダーに付けた。

 バックミラーで髪の様子を見ると、やっぱり前髪がペタンコになっていた。彼女は、手で前髪をちょっと浮かせた。

 その後、ウィンドブレーカーを脱いで、畳んだ後グローブと一緒にシート下のラゲッジスペースに入れ、リアボックスからリュックを取り出し背負った。


 三隈は、昇降口に向かって歩き始めようとしたが、思い出したように周囲を見回した。自転車通学した時に別の場所に止まっていたはずの三輪スクーターは、まだ来ていなかった。

 自分が自転車通学をしていたときは、乗っている人の事など考えもしなかったのに、バイク通学を始めると誰が乗っているのか気になるあたり、人とは気まぐれな生き物だ。

 ただ、三隈が気にするのも訳がある。

 先日の許可証交付式で、去年までバイク通学は禁止だったと聞いた。それなのになぜバイクが止まっているのか、理由が分からないからだ。


 校舎の方を見ると、校門から昇降口に向かう生徒がちらほらいた。車で送迎された生徒たちだ。

 電車通学している生徒が登校してくるのは、もう少し後の午前八時を過ぎたあたりだ。


 三隈が昇降口に向かって歩いていると、視線を感じたので振り向くと、何人かの生徒が見ていたらしく、急に視線をそらしていた。


- こんな靴を履いてれば、悪目立ちするのも仕方ないか。 -


 頭から足首までは、学校の制服を指定通りに着ているが、靴だけゴツイ安全靴を履いているのだから、アンバランスな事この上ない。

 三隈は急ぎ足で昇降口に入っていった。昇降口で上靴に履き替え階段を上って一年次の教室に入った。教室の後ろ側にあるロッカーにリュックを入れて自分の席に座ろうとすると、黒板の前に結構な人数の生徒が集まって騒いでいた。


 三隈は、何事かと人だかりの後ろから見ると、黒板に紙が貼ってあり、みんなはそれを見ていた。

 よく見ると、新二年生のクラス出席表だと気づいた。黒板の前にいる生徒たちは、自分の名前を見つけては、喜んだりガッカリしたりさまざまな態度を取っている。

 彼女も自分のクラスを確認しようとして、他の生徒が抜けた場所に入り込む形で、出席表の文字が読めるところまで近づいた。目をこらしてみると自分の名前が書いてある場所が分かった。


 【二年二組】が、三隈が二年時に所属する学級クラスだ。


 所属するクラスが分かったので、彼女はその場を離れて、自分の席に戻って椅子に座った。ポケットからスマホを出し祖母にSNSメールで無事登校した事と、新しいクラスの報告をした。


 SNSを送信した後、三隈がスマホから目を離し顔を上げると、何人かの女子が彼女をチラ見しながらコソコソ話をしていた。その子たちは彼女がこちらを向いた事に気づいて、顔をお互いに見合わせてから、すぐ教室の外に出て行った。


 三隈は、同級生が思いがけない態度を取った事に戸惑った。一年生の時は特に注目も浴びず空気のような扱いだったので安心していたのに、今日は何があって噂の種になっているのか不安になった。

 駐輪場から昇降口へ歩いている時は、安全靴を履いているアンバランスなスタイルが原因だと推測できるが、今は学校指定の上履きを履いているので悪目立ちする要素はないはずだ。

 彼女は、不安に思いつつも、とりあえず何もしないし考えないことにした。理由が分からないと対策の取りようもないのである。


 やがて、教室に電車登校組や送迎組の生徒がぞくぞくと登校してきた。どの生徒も各教室の黒板に貼られた紙を見て、一喜一憂していた。


 やがて、チャイムが鳴り、旧担任が教室に入ってきて朝のSHRが始まり、この後の予定を生徒たちに説明した。大掃除と教室移動の後、体育館に集まって始業式が行われる。その後新しいクラスでロングホームルームLHRが始まり、LHR終了後に昼休みに入る。午後は入学式の準備だ。それが終われば帰る事ができる。余談だが三年生になると、入学式の準備はしなくて良くなる。生徒会の役員と部活動の部長が明日の打ち合わせで残るくらいだ。

 SHRが終わると、クラス全員が席を立ち、掃除の場所に散らばっていった。



 =======



 午後に行われた、明日の入学式の準備が終わって、ようやく帰りのSHRが終わった。

 三隈は周囲を気にしながら教室から昇降口に歩いて、そこで靴を履き替えた。制服に安全靴という変な組み合わせを他人に見られたくないので、生徒の波が途切れたそうな時に履き替え、他人に見られないように急ぎ足で駐輪場に向かった。

 駐輪場に着いて、自分のスクーターのそばまで来た時、背後から、


 「ねえ~、そのスクーター、あなたの物なの~」


 と聞かれた。

 三隈がビックリして声がした方に振り向くと、少し離れた所にセミロングの女の子が笑顔を見せて立っていた。笑っていないと、ちょっときつめの顔立ちに見えるようだ。

 

 「ええ、私の物ですが、何か私に用があるのですか」


 三隈は、返事をして用件を尋ねた。同時に、声をかけてきた人物が誰なのか、記憶の中で該当する人物を探した。かろうじて同じクラスにいたような気がした。髪の先の方を黒染めしている子だ。

 女の子は、笑顔を見せたまま言った。


 「用はあるわよ~。あなたバイク通学するようになったの~」


 「ええ、今日からです、でも何でそんな事を聞くのですか、あなたもここに来たと言う事は、自転車かバイク通学しているのですか」


 「そうだよ~、あたしのバイクはアレだよ~」


 彼女が指を差した先に、もう一台の三輪スクーターが止まっていた。

 自転車通学の時、いつも見かけていた三輪スクーターだ。

 三隈は思わず、質問が口を突いて出てきた。


 「あなたが、あのスクーターの持ち主だったの、でも何で一年の時からバイク通学できたの」


 三隈の疑問も当然だった。去年まで山梨県内の高校は二輪免許取得、バイク通学の禁止だったはずだ。それなのになぜ、バイク通学が可能だったのか。


 「それはね~、答えてあげてもいいけど、ちょっと順番が違うな~、最初はワタシの名前を聞くのが普通でしょ~、顔を覚えてくれていないようだし~」


 そういって、女の子はくすくす笑った。三隈がドキマギしているのを見て、笑っているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る