File.09 理由
「―――では、最後に」
目の前には3人の面接官がいる。
右端に座っている、黒髪の女性が口を開く。
「任務中は常に命の危険が伴います。襲撃者はアウトサイダー……マイクロチップの管理から外れた、アウトローの人間です。情報を奪うための手段を選びません」
女性は、事務的な口調で淡々と続ける。
「実際に任務中に命を落とした人もいます。一生ものの怪我を負って辞める人もいます。隊員の負傷は決して珍しいことではありません。それでもあなたは、この仕事を志望しますか?」
ミナトは、息をのむ。
messengerに危険が伴うのを、知らなかったわけではない。それは覚悟の上でここにいるつもりだが、こうして改めて言葉で並べられると…
いや。ひるむな。
僕はあのとき決めたんだ。
「――はい。志望します」
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「――なあ、みんなはなんでこの仕事選んだの?」
入隊式から2週間が過ぎようとしていたある日。
射撃訓練の休憩中に、荒谷が何気なく聞いてきた。練習の甲斐あって、定位置からの射撃は全員合格点をもらえるようになり、今は動きながらの射撃練習に入っているところだ。
「どうしたの、急に」
「いや、深い意味はないんだけど、messengerて給料はいいけど任務は危険だし、訓練だってきついし。今時、こんな肉体派の仕事って珍しいじゃん?適正上位だったにしても他の仕事だって選べるわけだしさ……1回みんなに聞いてみたかったんだよね」
青の思考回路の運用が人々にもたらした変化の一つが、職業選択である。学業成績、その他の能力、性格など、総合的要素からその人に適した職業がリストアップされるため、かつてのように数多くの職業の中からなりたいものを選ぶ、という必要はなくなったのである。
『最適解を、あなたに』
その謳い文句どおり、青の思考回路の莫大なデータから導き出される適正診断は驚くほど正確で、大抵の人はその上位のものから職業を選ぶようになった。適性診断導入後の離職率は、格段に下がっている。
「荒谷は?」
「俺は頭良くないからさ、そもそもそんなに選べるもの無かったんだけど、一覧の中で唯一の公務員がこれだったんだ。しかも、大学の同期の中で、ISPそのものに適正出てたの俺だけでさ」
ISPはつい13年前にできた新しい職業だ。加えてその職務の特殊性から、「国家公務員」「国家一般職」「情報管理局」などというように内包する形で適正が出ることはあっても、診断結果にドンピシャで名前が挙がるということは非常に珍しい。
「思い上がりもいいとこだけど、これはお前にしかできないことだっていわれているような気がしたんだ。成績自体はちょっと足りてなかったんだけど、頑張ったんだぜ、単純だろ?」
なるほど、荒谷らしい理由だ。
「僕は……自分を変えたかったから」
次に口を開いたのは北見だった。自分で言ったセリフに恥ずかしさを覚えたのか、少し顔を伏せる。
「僕、高2のときに不登校になって、大卒の資格まで取ったけど高校も大学もほとんど行ってないんだ……適正は中位にも引っかかってなかったけど、こんな自分でも体張って誰かの役に立てるって証明したくて…」
「北見……」
「今ちょっと感動した」
「いい理由だね」
北見の話に、他の3人は素直に感動する。
――どうしようか。どこまで話そう。
ミナトは荒谷が話を持ち出したときからずっと考えていたが、出来る限り簡潔に、嘘にならないように話すことにした。
「僕は昔、情報流出が原因でいろいろ苦労したことがあったから……かな。ずっと情報を守ることで誰かを救える立場になりたいって思ってたんだ。適正が国家一般職って形でなんとかひっかかってたから、やるならISPしかないと思って」
「……よかったら詳しくきいてもいい?話したくなかったら無理しなくていいけど…」
そう聞いてきたのは、意外なことに北見だった。
「……ちょっと長くなるかもしれないけど、いい?」
3人がうなずく。それを見て、ミナトは思い切って話すことにした。
この話を誰かに話すのは、初めてだな。
ミナトは長く息を吐いてから、話し始めた。
「501
すぐに反応したのはヒイロだ。
「……都内23中小企業での、同時多発的情報漏洩事件。確か……14年前だっけ」
ヒイロの説明を聞いて、思い出したように北見がハッとする。
「あ、あのISP発足のきっかけになったっていう事件?」
「そう。その被害にあった会社に、父親が勤めてたんだ」
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ミナトの父は、社員を80名ほど抱える、中小企業に勤めていた。その年は、国際的なスポーツの祭典の開催地にトウキョウが選ばれ、世の中がなんとなく浮き足だった様子だったのを覚えている。
父は、その年の春に専務へと昇進していた。念願の昇進に、母もとても喜び、普段は食べられないよう豪華な食事をした記憶がある。ミナトはその時7歳だった。思えば、一番幸せな時期だったと思う。
その喜びもつかぬ間、事件は起こった。
父の会社の顧客情報が流出し、悪用されたことが発覚したのである。驚くことに都内の中小企業で、同時期に同じような事例が22件、立て続けに起こっていた。被害総額は50億に及んだ。
被害にあったすべての企業で、どの時点で、何が原因で情報が漏れたのか、調査しても明らかにならならなかった。23の企業は中小企業という事以外、なんの共通点も見当たらず、後に入った監査でも情報管理に特に問題は見つからなかった。おそらく外部からの、無差別サイバーテロだろうということで片付いたが、それらしき痕跡も発見されなかった。その被害規模にも関わらず、結局何も解明されることがなかったために、最初の漏洩が発覚した5月1日をとって「501疑獄事件」と名がついたのである。
原因不明であっても、個人情報を漏らしてしまったことには変わりがない。被害に遭った多くの企業で重役が一新された。
専務だった父も責任を問われ、会社を辞めることになった。
しかし、本当の地獄はそこから始まった。
父や会社に、落ち度は発見されなかったにも関わらず、「専務」という会社の重役にいた人間への、世間の風当たりは厳しかった。
――情報を売って金を得ようとしたのではないか。
――昇任の人事も、情報の提供と引き換えだったのではないのか。
原因が特定できないことも相まって、ありもしない噂が独り歩きした。
そのせいで、学校では同級生から冷たい視線を向けられるようになった。どこからか家を特定され、悪質な嫌がらせを受けたこともある。
そしてそれらは、――――父を自殺に追い込んだ。
――父さんは何も悪くないのに、どうして。
葬儀で父の顔を見たとき、泣けなかった。実感が持てなかったこともあるが、悲しみよりも怒りが勝ったからだ。その怒りを誰に向ければよいのかも分からなかった。
父さんを辞めさせた会社?
ありもしない噂を信じる人たち?
この世の中がおかしいの?
もともと体の弱かった母は、心労が祟って入退院を繰り返すようになり、ミナトは親戚の家に預けられた。それからずっと、ミナトは親戚の家で育った。
事件は、ミナトだけでなく、何人もの人間の人生を狂わせた。
それから1年経って、政府が情報管理についての新しい施策を打ち出した。
その1つが、最重要情報のアナログ化、そしてISP―――情報セキュリティポリスの新設である。
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「……っていうことがあって。自分と同じような思いをする人が少しでも減ればいいなって。あ、確かに父さんのことはショックだったけど、僕を引き取ってくれた親戚はとてもいい人達で、特に不自由なく育ったよ。ISP入りも応援してくれたし!」
話が重くなってしまったので、ミナトは努めて明るい表情で話を締めた。
そのとき。
「おい、いつまで休憩してんだ……ん?おまえらなんでそんな微妙な表情してんだ?」
朝日奈さんが、トレーニングルームへ入ってきた。
「「「「すみません!」」」」
4人はその後、朝日奈にたっぷりとしごかれた。
その日の訓練終わり、部屋へと戻る別れ際、荒谷と北見がそれぞれ、
「さっきのこと、ありがとう、話してくれて」
「お前のこと応援する。頑張ろうな」
と言ってくれた。
荒谷・北見と別れ、ヒイロと2人になった時、僕は重要なことを思い出す。
「そういえばヒイロの話だけ聞けてない!」
するとヒイロは一瞬、明らかにばつが悪そうな表情をした。
「……俺は人に話せるほど立派な理由じゃないから」
ヒイロがその話題にあまり触れられたくないように見えたので、それ以上は聞かないことにした。
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