File.01 合格
「ううう……受かったあああ――――――っ!!」
手首にはめた腕時計型端末の映し出すホログラムに、“congratulation!(おめでとう)”の文字が表示されたのをみて、ミナトは思わず叫んでいた。
そこが、一日に最も多く人が行き交う、新都市トウキョウのど真ん中―――セントラルステーション(C.S)だということも忘れて。
「……ごめんなさい」
多くの視線が自分に集まっていることに気がついたミナトは、周囲に軽く頭を下げながら、
呼吸を整えて、もう一度端末を確認する。
-------You have passed our 13th national examination.
(あなたは第13回ISP選抜試験に合格しました)の文字の後に添付ファイル。
タッチすると、鳩のシルエットが描かれた背景に入隊式の日時の詳細がでてくる。
宛先はちゃんと僕―――
間違いない、合格したんだ!
デジタル以外のあらゆる情報を守り届ける、ISP(情報セキュリティポリス)。先月、ミナトはこの国家試験を受験した。
ISPは13年前に発足した、隊員を100名ほど抱える国家直属の組織である。正確には国家情報管理局特務機関といって、
つまり、「情報」に特化した「SP」である。
ISPの隊員は、情報を《伝令》する役割を担うため、"messenger"と呼ばれる。
昔の職業だと、郵便局員に近いかもしれない。
……と、これだけ聞くと簡単そうに聞こえるが、ISPは決して楽な仕事ではない。
価値の高い情報は、それだけ外部から狙われる可能性が高い。機密情報を運ぶmessengerは、情報の売買を生業とする者たちや、犯罪組織にとって格好の的である。彼らは情報を奪おうと、あらゆる手段で任務を妨害してくる。
情報をあらゆる脅威からを守り、届ける。これが、messengerの仕事である。「サーバーを通すより、信頼できる」と、新しい職業ながらも企業や著名人の定評を得て、最近は利用者も増えてきている。
ミナトがこの仕事を選んだ理由の一つは、給料がいいことだった。危険な仕事であるだけに、待遇は現存の公務員の中でトップ3に入るといわれている。
合格の余韻に浸っていたそのとき。
――――ウィイイン、ガシャン。
嫌な機械音がして、僕が入ってきた側の通路のシャッターが降りた。
「え。」
呆然としていると、通路の反対側から何人かの男たちがバタバタと、ただならぬ様子で走ってくる。そしてその男たちが追っかけている、滑るようにこちらに向かってくる大きな物体は――…?
「君!!危ない!!どいて、はやく!!!!」
僕の目がその物体を認識するよりも先に、狭く薄暗い連絡通路に男の叫び声が響く。
よくわからないけど、ここをどけってこと?
そんなこといわれても、たった今外に抜けるシャッターは目の前で閉まった。
しかも、この通路はその物体を避けるほど幅がないような…。
物体との距離が3メートルほどになって、僕はやっとその物体が何か認識する。
「やっべ……!」
巨大なドローンだ!!
大きさから見ておそらく工事用。何かの不具合で制御がきかなくなったと見え、猛スピードで突っ込んでくる。
あ、それでこっち側を封鎖したのか……って、納得している場合じゃない!!
「うわああああああ!!!」
「とまれええええええ!!!」
最初の方が僕、次のはドローンを追っかけてきた男の人たちの叫び声。
え、僕死ぬの?せっかくISPに就職決まったのに??
僕は、頭を抱えてきつく目をつむり、衝撃を覚悟した。
「……っ」
1秒、2秒、3秒。
衝撃は来ない。
おそるおそる眼をあけると、
「と、止まったああああ!技術班、ナイス!!」
ドローンは、僕の10センチほど前で止まっていた。
ぶつかる寸前だ。心臓がバクバクと音をたてて声も出ない僕と対照的に、わあわあと歓声をあげる男たち。
その中で一番年配にみえるおじさんが僕に寄ってきて、
「大変失礼いたしました!お怪我はありませんか!?昨日の地震でシステムに不具 合が生じて、暴走につながったようです。人の多いところに出す訳にはいかず、あなたがいるのをわかっていてシャッターを……危険な目にあわせてしまって本当に申し訳ない!」
と、いっきにまくし立てて頭を下げた。走ってきた全員が、それにあわせて頭をさげる。コントみたいだ。
地震……そういえば昨日あったな。動かす前にテストしろよ!と思ったものの、そこは広い心で突っ込まないことにした。
「大丈夫ですよ、怪我もありませんし…こんなところにいた僕も悪いので」
それを聞いて、男たちは安心したように頭をあげた。
「これ、差し上げます。お詫びといったらなんですが…」
今度は僕とそんなに年が変わらないような青年が、自分の腕の小型端末を操作してホログラムを映し出す。
「これは…?」
「C.S《セントラルステーション》の回数券みたいなものです。特等車のサービスもついていますから、ぜひ使ってください。転送しますね、IDください」
自分の転送用IDを教えると、C.Sを運営している会社名にマークが表示された画面が端末に送られてきた。真ん中に「30」の数字、ファストチケット・特等車利用可と書いてある。
「ほんとにいいんですか?」
「はい。危険な目にあわせてしまったので……」
C.Sはすべての都市につながる巨大なターミナル駅だ。中心地から移動するときには必ずといっていいほど利用するので、チケットは非常にありがたい。
「じゃあ……使わせていただきます。ありがとうございます」
作業員たちに見送られて、僕はC.Sをあとにした。
シャッターを開けてもらったとき、
「いやー、でも君はほんとに運がいいよ」
「うん。あんなにぎりぎりで止まるなんて」
「怪我がなくてほんとうによかった」
と口々にいわれた。怪我もなく、しかもチケットまでもらえたのだから、結果的にみて運が良かったのかもしれない
―――運がいいね。
今までに何度聞いてきた台詞だろう。
そう、僕は昔から運がいい方だ。
例えば、じゃんけんのような勝負事で負けたことがない。
さっきみたいな「結果的な
実技試験だって(思いだしたくもない)、勘を駆使して乗り切ったに近い。
こう言うと恵まれた人生のような気もするけれど、運がいいからといっていいことばかり起こるとも限らないんだな、これが。
・
・
・
それからのミナトの一週間はあっという間だった。
ISPには
端末の表示が、30から29に変わる。
新都市トウキョウの高層ビル群の間、地上から平均して約300メートルのところを走るモノレールから窓の外を見ると、はるか下を歩く人々が砂粒のようにみえた。
「次は第7区画、B-18でございます。お降りのお客様は…」
女性、といってもアンドロイドの音声がそう告げて、モノレールが停車する。何人かの乗客が足早に降りていく。ミナトが降りるのは次だ。
再びゆっくりと動き出したモノレールがちょうどビルの陰に入った時、黒く反射した窓に自分の姿が映し出された。
少し緊張した顔。
栗色の髪の毛は一生懸命セットしたつもりだが、くせっ毛を隠せていない。
そして、胸元に金色の小さなバッチのついた、本部から支給されたダークグレーのスーツ……。
それをみて、ようやく今日からmessengerとして働くんだという実感がわいてくる。
「次は第8区画A-1でございます。お降りのお客様は――」
第8区画には、政府の関係機関が集まる高層ビル群があり、その近くにISPの本部もある。ミナトは、モノレールのドアが開くと大きく息を吸いこんで、第8区画に降り立った。
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