雨の日に

珠響夢色

雨の日に

 神とやらの警告の声で、退屈な休日が始まった。

 枕元にある目覚まし時計は、平日と同じ、七時半を指している。今日は休日なので、目覚ましはならない。

 ベッドから半身を起こして、伸びをする前に、ぐっと、手を伸ばしてケータイを見る。

 通知が一件。

『今日は雨だから約束は中止』

「雨、か」

 雨の日は決まって退屈だ。

 雨の日に学校はない。

 雨の日は家の外に出られない。

 理由は分からない。ただ決まって、雨の日は悪いことが起こるそうだ。そんなことを本気で信じているなんて、一部の老人だけだろうと、思うのだが。なぜか、雨の日に外出しようとすると、周りの目が冷たい。

 雨の日は嫌いだ。いや、雨を神様の警告だと思って、引きこもるやつらが嫌いなんだ。

 よくよく考えると、雨の日だって、電気は点くし、テレビもやっている。雨の日だって働きに出ている人たちは、それなりにいた。だけど、雨の中遊びに行こうとすると周りの人はこういうのだ。

「雨の日は危険だから家にいなさい」

と。中には、雨の日に出歩くやつは、キチガイだと言うやつもいる。罰当たりだと。でも、こんな日でも働きに出てる人たちはいるんだ。

 だから、みんなが勝手に怯えているだけで、神なんていない。雨なんて関係ないんだと。そういうことを言ったりした。言うたびに、理由も聞けずに怒られた。だから、最近は思っていても口には出さない。

 さて、今日はもう予定もなくなったし、二度寝でもしようかなと枕に顔を埋める。五分くらいして、喉が乾いているのに気づいた。これじゃあ、二度寝できない。

 仕方ないな、と。のっそり立ち上がって、伸びもせずに、ふらふらとキッチンへ向かった。水を飲んでから二度寝しよう。

 自室から出て、階段を降り、ダイニングまで来た。そういえば両親がいない。あれだけ、雨の日に外出を咎めた、両親がどうやらいないらしいのだ。寝ぼけているのもあって、とくに気にもとめなかったが、テーブルの上の一枚の書き置きによって、一気に意識が覚醒した。

『急な仕事の予定が入ったから、出かけます。家でおとなしくしておいてね』

 ああ、なんていうことだ。こんな雨の日に両親が家にいないなんて。またとない機会だ。これは天から与えられた、チャンスなのだ。と、普段神様なんてこれっぽっちも信じていないが、これは天啓だと言わんばかりに、シャキっと伸びをした。

 こうしちゃいられない。

 ついさっきまで感じていた喉の乾きなど忘れて、外出の準備をした。

 雨傘は両親に使われていてなかったが、自室のクローゼットを漁ると、雨合羽が見つかった。

「外へ出よう」

 まずは、友達と集まる予定だったゲームセンターに行ってみよう。もちろん、ゲームセンターが開いているはずもないが、雨が降っているというだけで見に行く価値がある気がした。

 二回ほど自分の荷物を確認してから、家を出た。

 雨に包まれて聴く雨音が、すごく新鮮に感じられた。

 ゲームセンターには、普段なら自転車で行くところだが、歩いていくことにした。その方が雨の街をより、観察できるからだ。

 家から出て、まずは大通りの方へ歩く。

 いつもはあんなに車が走っている通りも、すっかり雨が支配しているようだった。

 通り沿いに歩いていると、まるでこの世界から自分以外消えてしまったかのように思えた。合羽越しに雨の感触を感じながら、今この雨と戦えるのは自分だけだと誇った。足元がぐっしょりと濡れた不快感も、この戦いの熾烈さを表しているようで、ますます高揚した。

 普段は、絶対に信号無視もしないところを、緊急事態だと言い聞かせ、赤信号で渡る。それを咎める人はいない。

 ゲームセンターへの道のりも半分くらい行ったところで、開いている店を発見する。

「セーブポイントだ」

 呟くだけつぶやいてスルーした。中に入りたい気持ちもあったが、怒られるのが怖かったのだ。

「やっぱり、雨だからって何もないじゃないか」

 ひとしきり雨の街を堪能すると、雨の日に閉じこもる人たちへの不満がもたげてくる。最初あった、高揚感も、何の事件も起きないのですっかり消えてしまった。そうなってくると、途端に雨の音が煩わしく感じるようになってきた。早く目的地に行って、帰ろう。両親がいつ帰ってくるか分からないから、もし外出したのがバレたら大目玉だ。

 少し歩く速度を速めて、ゲームセンターへ向かう。

「そうだよな。閉まってるよな」

 そう、ゲームセンターなんていう生活に必要ない施設は雨の日に閉まるのだ。当たり前だ。結局面白いことはなかったな。なんて、思いながら、体を反転させて来た道へ……。

「ん」

 ふと、ゲームセンターの横。ビルとビルの間で、何かが動いたような気がした。人の声がしたような気がする。なんだろう。

 この雨の中外に出ているとは、もしかしたら、同志かもしれない。

 さっきの高揚感がまた少しぶり返し、何の警戒心もなく路地裏へと入っていく。

 雨の日はよくないことが起きる。

 普通の人は雨の日に外出しないものだ。

 そんなことをすっかりと忘れて、煩い雨音の中から、人の声がする方向を必死で聞き分け進んでいく。

 雨の中出歩ける者同士、友達になれるかもしれない。あるいは……。

 そんな淡い希望を持ったまま、細い細い隙間を、一歩一歩進んでいき。

 最後に見えたのは、バチバチした光だった。

 雨音がうるさくってしかたないけれど、どうしてか目覚めることができなかった。

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雨の日に 珠響夢色 @tamayuramusyoku

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