第43話・心配してくれる人が居るうちが華ですよ?

 

 名前は、茶臼岳ちゃうすだけ 舞音まいねだったな。

 ついさっき間違いを正されたから、よく覚えてる。ショートコースのオーナーの娘。

 年齢は、確か14歳から7年経ったって話だったから、21歳の大学生か。


 しっかし、栃木じゃ女の子は若く見えるのも当たり前なのかねえ?

 この舞音も、妖怪もどきのJCが3年ほど歳喰った程度(つまりJK)にしか見えない。


 これじゃ、昔っていうほどの年齢差は感じられないのだが。

 それでも舞音はJCに対して追及の手を緩めなかった。


「気持ち悪いわね、何者なのアナタはっ!」

(わ、私が見えてるのですね……まあ当然ですか、本人ですし)

「質問に答えなさいよ」

(他人の空似、としては頂けませんか?)

「何言ってんのよ、顔だけならともかく、服や靴までアタシが着てたのと同じものを着けてる時点でワザととしか思えないのよっ!」


 ……しかも会話が成立している。これはつまり、JCの声まで聞こえてるという事で。


「この子は、いきなりやって来て何を騒いでるの?」


 見えも聞こえもしない宇藤が、当然の疑問を挟んでくる。

 そういや例のショートコースにも行ってなかったな、宇藤は。


「ああこの子は、中学生の頃に天才ゴルファーと称えられて今は東京で大学生をやってる、茶臼岳さんだよ」

「……あ、ああそう、じゃなくて、なんで何もないところに怒鳴り散らしてんの? って」

「そ、そっちか」


 そうか、そこだよなあ。この状況でまず疑問に思うのは。

 だが、それはとんでもない問題を内包してることに宇藤は気づけない。

 それは、この妖怪もどきのJCが実在すると確定するのだから――


「アタシの名前を知ってるってのも問題だと思うんですけどぉ」


 俺の方を見て、舞音。

 微妙にジト目になってる。


「あ、でも紫塚センパイが連絡を入れてくれたのかも。もしそうなら失礼な事言ってるから……」


 と、中空を眺めながらブツブツ言い始めた。

 って、紫塚だって? それってサラの事か?


「その先輩というのは、ひょっとして宇治通の社員の?」

「そ、そうです、紫塚 茶羅さん! ああやっぱりセンパイが気を利かしてくれて……」


 なるほど、サラが例のメモ書きの件を大学へ知らして良いかって言ってた、その大学の学生か。それで教授が何とかって言ってたのな。なんか納得。


(……ふむふむ、なるほど。それじゃあ……)


 と変な納得をしていたら、舞音の視線から逃れたJCが妙な仕草をし始めた。

 胸元から変にケバいステッキを取り出して、振り回し始める。


(途中省略、服屋のおばさんになあれぇ~)


「なんだそりゃ」


 唖然としてしまう。

 たった今までそこに立っていたJCが、50絡みの淑女に変身してしまったからだ。

 それも元JCが言ったように、その姿は大田原の町中の服屋の女性そのものだったのだ。


 まさかこの妖怪もどきのJCの正体は、あの女性だったのか?


「なんだ、って何が? ……ってああっ!」


 俺の声に釣られたか、舞音が服屋の女性の方を見た。

 しかし……


「いなくなってる! いつの間に!!」


 と、トンチンカンなことを言った。

 え、うそ、見えないのか?


(ご覧になれないでしょう。もっとも変身の途中を見られていたら、その限りではなかったでしょうが)


 と、服屋の女性がたおやかな微笑と共に話す。

 気のせいか、仕草も言葉遣いも年齢相応なものに変わったような。


「俺には見えてるんだが」


 服装も、服屋で会った時のもの、そのままだ。

 あ? それってつまり……


(そうでしょう。でも私の姿を見られる方はそうそういらっしゃるものではありませんので)


 つまり、見える人間が認識できる様態である事が必要なのか。

 なるほど、だからそれでJCの格好が写真のそれに限定されてたんだな。

 で、その姿を真似られた本人にだけは認識できると。


「アタシには見えない!」


 俺に訴える舞音。

 いやしかし俺にはどうしようもない。


「何の事か知らないけど、最初っから居なかったんじゃない? それか気のせいとか」

「そ、そんなことない、です!」


 館の関係者と分かったせいなのか、舞音が宇藤に、語尾に気を使った返答をする。

 が、それに苦笑している場合ではなかった。


(それでは皆さん、ごきげんよう)


 と言って、服屋の女性はフワフワと2メートルほど宙に浮かび、反転して山の上の方へ飛んで行った。

 あっちは館がある方角。

 館を燃やすとか言ってたが、まさか本気で――


「舞音さん、スマンがバイクを借りるぞ!」


 舞音が乗ってきた紅白のバイクは、真横を向いて止まってるスタリオンの向こう側にあった。

 もはやアレが俺の妄想かどうかなんて考える状況ではなくなっていた。


「やっぱりな」


 バイクは、エンジンは止められていたが、キーは刺さりっぱなしだった。

 それで一気に跨ってエンジンをかけようとしたのだが。


「何なんです? アイツはどこに行ったんです!?」


 駆け寄って訊いてくる舞音。当然の疑問。


「ヤツは姿を変えて、館を燃やしに行くと言って飛んで行ったんだ!」


 言って、チラと舞音を見る。

 当然の様に唖然としていた。


 館を燃やそうと思えば、方法はいくらでもある。

 厨房の裏手にずらりと並ぶプロパンガスのボンベ、湯沸かし用ボイラーの灯油タンク。

 いや、地下の施設用の変電設備なんかは(館全体に電線が敷設してあるから)もっと簡単に火元になり得る……


 それに館中の毛足の長いじゅうたんや木製の調度。

 いくら耐火素材が使われてるとはいえ、超高温になってしまえばそんなものは焼け石に水。あっという間に燃え草に変身してしまうだろう。


 急がなければと焦燥しながら、前蹴りの姿勢でバイクに跨る。

 リアシートに括りつけてある大きな荷物が邪魔だからだ。


 そして、刺しっぱなしのキーを捻ってクラッチを握り、右側にあるキックアームを引き出して一気に踏み込んだ。

 思ったよりもはるかに軽いクラッチとキックアーム。そしてその一回のキックであっけなくかかるエンジン。


 ここら辺の段取りは、会社の備品のカブちんと全く同じだな。

 ただ、シフトパターンは逆の筈だから注意しなければ。


 と思いながらシフトペダルを踏み下ろす。同時にメーター内の緑色のランプが消灯。

 さて、じわっとアクセルを開けてクラッチを慎重に合わせれば……


「スマン、借りる」


 と、スタリオンの向こう側で腕組みをしてこちらを見ていた舞音に告げる。

 そして紅白を発進させようとした。

 高まる2サイクル特有の軽いエンジン音、合わされるクラッチが車体に振動を伝える。


「よしいくぞ、って、あらら」


 弾けるように機嫌よく回っていたエンジンが、半クラッチ状態になると同時に止まってしまった。


「何してんの?」


 話の見えてない宇藤が舞音の横に駆け寄って来て、辛辣な一言。

 ううっ、カッコワルイ……


「うっさい、黙って待ってろ」


 焦って再度キック! だが、今度は簡単にエンジンがかからない!

 5回ほどキックしたところで、ライディンググローブが制止してきた。


「チューンドの2stをこの空気の薄い高地で発進させられるのなら、まあ任せてもいいかと思ったけど」


 ほらプラグがカブっちゃうから、と続ける舞音にバイクから降ろされる。


「待ってて」


 言うが早いか舞音はヘルメットを被り、器用にバイクの向きを変えて跨り、来た方(下り坂)に向かって惰力で走り始めた。


 そして100メートルほど行ったところで、エンジンがかかる音が。


「その手があったか」


 なるほど、その知識と腕前なら東京からこの那須までの移動は問題無かっただろう。

 と感心していると、すぐに舞音は戻ってきた。


「というわけで、館への道順を教えて」


 バイクのエンジン音と白い排気の中、ヘルメットのシールドを上げて。

 どうやらあくまでもあの妖怪もどきを追いかけたいらしい。


「それなら後ろに乗せてくれ」


 あの妖怪もどきを相手にするのだ、荒事になる予感があった。

 そこへハタチくらいの女の子を一人で行かせるのは、普通にマズいと思えたから。


「……ノーヘルでいいのなら」


 どうやら頭の回転が速い子のようだった。

 いや、俺の顔を見てだから察しが良いというべきか。

 ともかく、話がまとまったところへ。


「私を置いてくの?」


 目を丸くした宇藤が訊いてきた。


「このワンボックスを移動させるって仕事が有るじゃん」


 100回くらい切り返しすればイケるだろ、と言ってスタリオンのキーを投げ渡す。

 ついでに俺のも頼むわ、も追加で。


「仕事って、アンタも仕事で行くの? どこまで祢宜さんに都合よく使われるの!」

「元は祢宜さんからの依頼だが今は違う」


 言いながら、舞音を乗せたまま紅白バイクを後ろから押す。

 ワンボックスとガードレールの狭い隙間を通すためだ。

 舞音は呑気に、わー楽ちんだーとか言ってる。


「結局一緒じゃない。この際だから言っちゃうけど、祢宜さんって某中央省庁の役人様なのよ。出張先で民間人を色仕掛けで都合よく使うって評判の」

「知ってるよ」


 色仕掛け云々は知らなかったが、前段のそれは聞いていた。

 祢宜さん本人から、ショートコースへ行く前に。


 東京の某帝大の神道科を卒業後、就職した神社本庁で室長にまでなったと。

 今は、北関東の龍脈を保持する監督官としての職務についているのだとか。


 龍脈(≒国道4号線)に沿うように存在する、数々の大企業の工場群。

 それらの稼働と新設に関わる神道的なフォロー。

 いま法帖老の元に居るのは、その業務に沿うものだかららしい。


 そもそもは、そういう意味不明なモノと関わり合うなというアドバイスからの流れでの話だったのだが。


「知ってるのなら、なんで」

「荷物があったら乗れないよ」

「それは大丈夫」


 ワンボックスの向こう側に出たバイクのリアシートから荷物を降ろし、近寄って来ていた宇藤に押し付ける。


「このお姉さんが所定の場所へ運んでくれる」


 その場所は確かワンボックスの中だった筈だ。

 舞音も館の客人だから、この対応で問題はあるまい。


「あ、すみませんお願いします、えと、宇藤さん?」

「よし、それじゃ後ろに乗るぞ」

「うん……あ、右腕をアタシのお腹に回して、左手でシートの後ろ端を押さえ……うんそれで」


 バイクで、女の子の後ろに乗るってのは初めてだ。

 非常にざっくりした服装なのでお色気みたいなものは一切感じないのだが、それでも遠慮が先に立って、動作がぎこちないものになってしまう。

 と、モタモタやってると。


「……! ああそう、いいわよ。でもね、もう何があっても知らないわよ」


 宇藤が諦めたように。


「いいの?」


 舞音が左に首を回して、左目で問いかけてくる。


「まずは真っ直ぐ行ったらTの字の交差点になるから、そこを左だ」


 左手で前方を指さしながら言った。


「わかった」


 察しの良い舞音は前を向き、足を踏み替えてシフトペダルを踏み込んだ。

 そして高まるエンジン音。その中に紛れる、行くよという舞音の声。

 と、そこへ。


「も、もう寝てても起こしてあげないからねっ!」


 背後から宇藤が、ツンのみ姉ちゃんらしい捨てゼリフを吐いた。


 つうかさ、起こしてもらった覚え無いんだが!

 …………

 あ、いや、全く無かったワケじゃないのか。

 まあどうでもいいか。

 最後の方は、離れていくのとバイクの排気音のせいでよく聞き取れなかったしな。


 それよりも。


 なんて加速をするんだ、このバイク(とライダー)!!

 ある程度回さなければさっきの俺みたいにエンストしてしまうってのは分かる。肌感覚で分かる。

 それに、舞音が俺に気を使ってる感じも分かる。振り落としてしまわないように、最低限の加速に留めている感じも。


 それでも。


 1度目のシフトアップに続いてすぐに行われた2度目のそれの時も、いちいちリアシートから滑り落ちそうになった。

 ヤバいよこのバイク。


 そして3度目が来そうな予感。

 その前に、頭を舞音のヘルメットに当てて、ステップの上に立つ感じで斜めに体重をかけた。

 舞音の腹にしがみつくのはマズいと思ったのだ。

 そしてそれは正解だったようで、3回目も4回目もなんとかやり過ごせた。


「次の四つ角を右に! そのあとのTの字も右だ!」

「りょーかい!」


 最初の交差点を左折し、再度の加速にも何とか耐えた。

 これなら館まで無事に着けるだろう、そう思った時に。


「あれはっ……」


 ふと見た西の空。

 そこは辛うじて矢板の山が見えていて、その頂上辺りにいつの間にか曇っていた空から白い稲妻が降り注いでいた。

 パッと見では、まるで白い光が空に昇って行くようにも見える。

 あ、これってつまり……


「つまり白い龍の伝説ってのは」


 雪とかじゃなくて、落雷の事だったんじゃないのか?

 もしそうなら、ここら辺の山すべてにある事も、また白色限定なのも納得だ。


 そしてそれは同時に、充分に火元になり得るという事も……


「あ、あれでしょ!?」


 最後のTの字を右折し、直線の上りを加速したところで館が見えてきた。

 山のてっぺん近くに一軒だけの豪奢な白い洋館。

 舞音の指摘は正解だったのだが。


「そうだが、止まれ舞音!!」

「え、ええっ!??」


 門まであと100メートル程というところで停車を要求する。

 だがそんな急な要求はすぐに聞き入れられるものではない。不安定な二輪車なら尚更。


「はやくっ!!」


 館の背景、山の上の空模様。

 そこは既に黒々とした雲に覆われていたのだ!


「ちょっとなんで……っっ!」


 それでも減速を始めたが、止まりきる寸前に、空からの巨大な白龍が轟音と共に館を真っ直ぐに貫いた!


「うおおおおおおおおっ!!!」



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