第26話・斉一観その2
Friday night I crashed your party.
「変なプレッシャーの正体はコイツだったのか!」
初めて見る車体。見た目は異様。
地を這う平べったいボディで、ロールの雰囲気すら感じさせないコーナリング姿勢。
見る間にスタリオンのテールに張り付いて、ルームミラーの中にそのヘッドライトの光さえ見えなくなってしまった。
「なめんな」
目前は片側2車線の広い直線道路。
歩行者や2輪車もおらず、実にクリアな状態だ。
そこで、3速のままアクセルをべた踏みした。
「それ行けっ……」
考えてみれば、このクルマでは初めてのフルスロットル。
上り坂での優しい振る舞いから、このエンジンを舐めてかかっていた。
「!!……ぐ……ぇ」
エンジンが吠える。
同時に、強烈な加速に体全体がシートに押し付けられた。
前方の視界が急速に狭くなって、下っ腹がヒンヤリと。
「ぅぅぅ……!!」
単にアクセルを戻してエンブレを効かせると、車体がつんのめって不安定になるのが肌で分かった。
ブレーキをかけたりクラッチを切ったりなどは論外。
それでたまらずシフトアップ、アクセルを少しだけ緩めてシフトレバーを4速に叩き込む。
それでもエンブレが効きそうだったので、アクセルを再度踏んで。
「……っく!」
当然の様に加速。
視界が狭い。ヘッドライトを上向きにする。
すると、すぐ前方で車線が一つに減少するのが見えた。
「ひゅ…………」
慎重にハンドルを操作し、片側一車線となった道路にスタリオンを乗せる。
チラと見たスピードメーターの針は、いつの間にか数字の無いところに張り付いていた。
「……ぅうっ!」
更にシフトアップ、4速から5速へ。
今度はちゃんとクラッチを切って。
段取りが逆なような気もするが、とにかくそれでアクセルを緩めてもエンブレが効きにくくなったので、徐々に速度を落とせるようになった。
それで不快な加速感は影を潜め、スピードメーターの針も思い出したように左回りに戻り始める。
そして今更のように、冷や汗がこめかみあたりに流れるのを感じた。
「…………」
汗を左手で拭ってルームミラーを見る。
例の白いスーパーカーは、さすがについて来れなかったか、かなり後方に離れている。
しかし、こちらが減速するのに合わせて、徐々にその差を詰めて来てるようだった。
目の前には先行車のいない直線道路。
ヘッドライトのハイビームすら届かない先には、黒々とした壁のような那須の山が。
信用を勝ち取ると誓ったのは、一昨日の事だったのに。
今はもう、山が見えないってだけでオタオタと慌てふためいて。
You told me not to drive.
それにしても、一体何なんだこのクルマは。
今までは、アクセルには軽く足を乗せてただけ。
それでも上り下り関係なしに走ってくれてたから、見た目と違って従順な躾がされてるのだとばかり思ってた。
しかしそれは、俺の勝手な思い込み。
アクセルを深く踏み込んだだけで、もう二面性とかいうレベルじゃない。
それはきっと、乗り物と凶器というジャンル違いな変身ぶりで。
You may be right.
館の裏庭で、スタリオンのエンジンルームを見たことを思い出す。
あの、異様に低い位置にあるエンジンと、工場のダクトのような太さのうねったパイプ。
このクルマを改造した人間のスピードに対する欲求は、おそらく狂気に近いものがあるに違いない。
I may be crazy.
対向車が一台、物凄いスピードでやって来た。
喰らうパッシング。しかしヘッドライトを下向きにする暇もなく、それは右斜め後方へすっ飛んで行った。
慌ててスピードメーターを確認。かなり減速したように思えていたが、それはまだ三桁に留まっていた。
ルームミラーを見る。
この速度でも、例のスーパーカーは追いついて来ており、今ちょうどスタリオンのテールに張り付いたところだった。
追い越してくるか? そう思って見た右のドアミラー。
しかし後ろからはその気配は無く、ただ、サイドウィンドウに木々の間を登り始めた満月が見えただけだった。
But it just may be a lunatic you're looking for.
このスーパーカーのドライバーは何者なんだろうか。
そう思った瞬間、スタリオンから『そのキチガイはアンタの探してる人かもしれんよ』と言われたような気がした。
バカな、有り得ない。
会いたいと思ったMist2の設計者が、たまたま栃木の田舎道で俺と行き会って、その上ハイスピードでランデブーだなんて!
きっと、いわゆる走り屋と呼ばれる人種に違いない。
でなければ、こんなに煽りを入れて追い越さないなんてことは無い。
それに、ガソリンスタンドのおっちゃん(弟)も言っていた。
ここらへんの山には、大体全部、龍が登るという伝説があると。
だから、白い車で峠道に行くときは気合を入れろと。
何故なら、その伝説の龍は白色だから。
白は、他の有象無象を全て飲み込み振り切ってしまうぞという警告の色なのだからと。
このスタリオンも、後続のスーパーカーも白色。
だからたぶん、金曜の夜に山の方に向かって行ってれば、ヤル気満々なんですよと吹聴してるに等しいのだろう。
後ろのスーパーカーもそう思って、峠道に着くまでの軽いウオーミングアップくらいの気分なんだろう。この煽り走行は。
うん、きっとそうだ、そうに違いない。
'Cause you might enjoy some madness for awhile.
……なんか今、スタリオンに肩をすくめられたような気がした。
首を軽く左右に振りながら『そう思っとけば、しばらくはこの異常を楽しめるかもね』と言いながら。
まったく、このクルマは……
改造者はともかく、このクルマ自体の魂はきっと皮肉で出来てるに違いない。
というか、そんな聞こえない筈のクルマの心の声を気にする俺も大概なのだが。
そんな事よりも、もっと大事な事がある。
このままスーパーカーをへばり付かせたままだと、最終的に法帖の館までご案内、という事になってしまう。
それは拙いのではないだろうか。
いや、さっき俺が考えた通り、後ろのは単に峠道に行く道すがらなのかもしれない。
決して俺を追尾するのが目的なんかじゃなく。
ただ、俺が前を走ってるってだけで。
まあ、それが普通だわな。常識で考えて。
とか考えていると、道路は広い片側2車線になった。
とりあえず、右側の車線に入る。
これは、那須の山すそを走る連絡道路と400号線が交差する四つ角が近いことを意味していた。
俺は、当然右折する(因みに、直進すると塩原温泉郷に行く)。
この400号を走るのは、大田原市の衣料品店のおばさんから教えてもらった道順で、普通の人は選択しない。
通るのは、たいてい塩原に行くのが目的だと、そのおばさんからも聞いていた。
だから後ろのは、直進して塩原の峠道を目指す=そこでバイバイ、となるだろう。
そう、余計な心配はしなくていい、筈だ。
片側二車線になった道は緩やかな左カーブを描く。
そこを常識的となった速度で駆け抜けていく。
相変わらず、スーパーカーを後ろにへばり付かせたままで。
目の前の交差点は、先行車も対向車も歩行者も無く、シンプルな街灯の明かりの中でただガランとして俺を待っていた。
後方確認をして右にウインカーを出す。
しかる後にブレーキングしてシフトダウン。
それら、交差点を右折する為の段取りを。
だが俺は、一切しなかった――
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