第22話・なし崩しの拝観
なんだ? いきなり手を引け!?
出来るかよそんな事。しかもこんな立ち話で。
「それは! 法帖さんに聞いてください!」
だから、とりあえず法帖老に振った。
つうか先ず雇用元に言うのが筋だろうに。
「それと! その子たちは! お昼ごはんをあまり食べてませんから!」
この社長が双子を両脇に抱えていることが何故か嫌だったので、保護者然としたことを言ってみる。
「向こうに着いたら! 何か美味しいものを」
今は午後一時。
昼食はいつも通り午後0時ちょうどに始まったのだが、ヘリに乗る事を考えて、双子と法帖老の分量は控えられていたのだ。
(尚、メニューは、お盆ということもあって、野菜の天ぷらとざるそば、それに白玉団子と、比較的あっさりしたものだった)
「そんなことは! キミが気にすることじゃない!」
俺が言い終わる前に、被せるように。
まあ、親としては当然の反応だろうな。
「とにかく、渡したからな!」
離陸間際のヘリの傍でする会話ではない事に気づいたか、社長がそう話を切って、踵を返そうとする。
すると、それまで社長の腕の中で大人しくしていた白いビスクドールたちが。
「えーーー!!」
「やぁーーー!!」
いきなり、むずがりだした。
まさか俺も一緒に行くとでも思っていたのだろうか?
なにか、そんな表情の変わり方だった。
「し、静かにしなさい!」
轟音の中、社長が双子に無茶な事を言いながらヘリにとりつく。
そして中に入り、ヘリのエンジン音が大きくなった。
「なにか! あったんですか!?」
社長と入れ替わるようにやってきた祢宜さんが。
暴風で乱れる髪と服を押さえながら訊いてきた。
「急に辞めろって――!!」
さらに高まったエンジン音に掻き消される俺の返答。
たまらず、祢宜さんと共に10メートルほど先のワンボックスの陰に避難する。
「なんですってー!?」
風の陰に入ったところで、祢宜さん。
その背後、ワンボックスのルーフの上に、上昇を始めたヘリのコクピットが見えてくる。
そのグラスキャノピーの中、お決まりの野球帽にレイバンのサングラスを着けたパイロットが、こちらにサムアップをして見せた。
「くわしい事はあとでーー!!」
パイロットに手を振って空路の無事を祈りながら、そう言った。
………………
…………
……
「じゃあ、ホントすまんが」
「いえ、お気になさらず」
「ホントに、何かあったらすぐに電話しておくれよ」
ミニバンの運転席から、石上(旦那)さんが。
助手席からは奥さんも異口同音なことを言ってる。
「あ、ええ、その時はすぐに」
貰ったメモ書きには、自宅の電話番号と旦那さんのケータイの電話番号、それに奥さんのそれも書かれてあった。
「冷蔵庫の中のものは、さっき言ったとおりだから」
「気にせず食べちゃっていいんだからね」
夫婦してお節介というか心配症というか。
同じことを何度も何度も繰り返して。
「分かりました。土日に来るハウスクリーニングさんたちの事も、充分に」
このままじゃいつまで経っても車を発進させそうにない。
だから。
「ですから、来週の月曜に、また会いましょう」
あえて強引に話を終わらせた。
加えて、手のひらを振って見せた。
「お、おう、じゃあね」
夫婦や宇藤たちは元々、土日には黒磯の自宅や東京に戻っていたらしい。
しかし、急に法帖老たちが東京に戻る事になったので。
「お気をつけて」
数日は、館に俺一人になる事を気づかってくれてるのだ。
それはよく分かる。のだが。
「加治屋さんもね」
やっとミニバンを発進させる石上さん。
裏庭から館の横の道に入って、すぐにその姿は見えなくなった。
正直、少しの不安を感じる。
がまあ、これも信用を得ているという事の裏返しだと思い直した。
「……さて、と」
横を見る。
そこには、宇藤が乗ってきたでかいワンボックスが。
「それで終わりか?」
サイドの開けられたスライドドアから、車内へ手荷物らしきものを積み込んでる宇藤に問いかける。
「……え、ええそうよ」
サラと美原さんは、すでに車内に乗り込んでいる。
月曜の朝、駅で会った時と同じ、黒っぽいスーツ姿だ。
サラは、こちらと目を合わせないようになのか窓の外をつまらなそうに見て、美原さんは、自分の足元を辛そうに見つめていた。
「……乗りなよ」
その眺めも、スモークウィンドウのスライドドアを閉じることによって失われる。
宇藤は、俺の言う通りに、外側から回り込んで運転席に乗りこんだ。
「ホントに一人で大丈夫?」
「大丈夫じゃない、つっても、もうどうしようもないだろ」
窓を下した運転席からの宇藤の問いかけに、本音で答える。
少なくとも、雇用者である法帖老が、数日間なら俺一人でも大丈夫と判断した結果なのだから。
それ故に、宇藤の仮定とそれに立脚した心配は、そもそも無用だと言わざるを得ない。
「それに、宇藤は先ず自分の頭の上のハエを追うべきだからな」
だから、冗談一切なしで要点だけ言った。
もう午後2時。時間も無いしな。
「違いない、わね……」
ふ、と小さく息をこぼす。
そして、伏し目がちのままエンジンキーを捻った。
「ああ、それとさ」
考えてみれば、初めて会ったのは今週の月曜日。
まだ4日あまりしか経ってないのだ。
実感では40日くらい経過したような気がするのだが。
「……?」
シートベルトを締め、セレクタをDレンジに入れた宇藤へ。
密度の濃い4日間を共に過ごした仲間たちへ、元気を出せと。
「知らない人に付いて行っちゃダメだぞ」
「……バカね」
口の端だけ僅かに持ち上げて、宇藤。
ゆっくりとワンボックスを発進させる。
その視界の端、後ろの座席の窓が開かれているのが見えた。
「加治屋っ……」
宇藤ばかり見ていたので気づかなかったが、もしかすると彼女はずっとそうしていたのか。
後ろの窓ガラスが開けられ、中からサラが俺になにか言わんとしていた。
「まかせとけ!」
走り去るワンボックス。
石上さんたちにそうしたように、最初は手のひらを振っていた。
しかし、サラの心配げな顔を見てアクション変更、こぶしで胸を叩いて見せた。
サラに見えただろうか、納得してくれただろうか。
……まあ、納得は無理か。
………………
…………
「まるで、今生の別れみたいでしたね」
「……サラリーマンには、なにかこう共通する感性みたいなものがあるようでね」
スタリオンの車内。
助手席には祢宜さん。
半袖の、薄いベージュのサマーニットに、濃いベージュの、サスペンダー付きの長いキュロットスカートみたいなの(? なんて言うのか知らない)を着けている。
地味だけどおしゃれな感じもあって、絶妙なバランス感の服装だった。
今は山岳道路を下っているところだ。
俺と祢宜さんが、最後に館を後にした。
と言っても、俺は祢宜さんを自宅へ送り届けた後に館へ戻ってくるのだが。
「陥穽、ですか?」
助手席の上で、膝を組む祢宜さん。
服の生地が良いせいか、ゆったりとした裁断なのに、着ている人間の動きに合わせて微妙に体の線を浮き彫りにして……
「何の“かんせい”と間違ってるのか、何となく想像が付きます。それではないです」
「???」
分からない、という表情で小首を傾げる。
まあ、ここまでがこの女の子のお約束なんだろう。
まるで無自覚に、その、なんというか……
「天然、ということなのかなあ」
これが狙ってのキャラ立てなら、もの凄い事だと思うが。
いやまあ、それはないか。
しかし、その天然っていうの、よく言われるんですーと言ってる様子を見ると、あながち有りえないとも言い切れないような気がしてきて。
…………
ちょっと怖くなってきたので、運転に集中することにした。
上がってきたギアで下るのが原則、と自動車学校で学んだ。
その伝で行くと、このキツい下り坂を4速で下るという事になるが。
…………
またしても怖くなってきたので、普通に3速でエンジンブレーキを効かせながら下ることにした。
いや、さやえんどうみたいなブレーキがあてにならないとかいう話ではないのだが。
(石上さんも、このスタリオンのブレーキは絶賛だったし)
…………
って、あ、そうか。
カーブや下りがキツいところは3速にして、直線や緩やかなところでは4速に入れれば良いんだ。
別にギアチェンジしちゃいけない、って事はないんだからな。
…………♪
別にエンジンパワーに頼らなくても、ギアチェンジと適度なフットブレーキだけで、スムーズに走っていける。
まるで運転が上手になったような錯覚。
「楽しそうですね」
しばらく黙っていてくれた祢宜さんが。
「あ、ええ、やっぱりスポーツカーって走る事に重点を置いてるんだなあって」
今更ながら、当たり前の感想を口にする。
それを聞いた祢宜さん、クスッとしながら。
「あ、そこは真っ直ぐ行って下さい」
どう見ても右カーブの四つ角に差し掛かる。
祢宜さんの指示は、カーナビのそれと同じものだった。
「大丈夫ですかねえ」
言いながら、四つ角を直進する。
こないだは、この先で例の豪雨に遭ったのだが。
「だいじょうぶ、って、何がですか?」
小首を傾げる祢宜さんに、豪雨の事を告げる。
「ああ、それなら」
今日は雲が出てないから大丈夫、とのことだった。
……まあ、地元民の言う事だから頼りにすべきだと分かってはいるのだが。
「それと、こっちの方が役所や中古車屋に近いですから」
そうだった。
法帖老は、どうやらこのスタリオンを中古車屋から買い上げることにしたらしいのだ。
それで祢宜さんは、自宅に帰る前にその手続きで役所とかへ連れて行って欲しい、とのことだったのだが。
「では、道案内の方、よろしくお願いします」
「はい、任せて下さい……と言いたいとこですが、しばらくは道なりに走って行けばいいだけですから」
ほとんどは、カーナビが指示したのと同じ道ですから心配ないですよ、と祢宜さんは言う。
しかし俺は、だからこそ心配なのだ。
もう完全にトラウマになったようだった、あの矢板スコールが。
………………
…………
「そこの交差点を右へお願いします」
大田原市の町中を抜けて、郊外っぽいところに出る。
周りは田んぼと、大きな用水路しかない。
「はいなっと」
青信号を確認して、ゆっくりと交差点内に進入する。
ここら辺の広い交差点は、スピード感が無くなるせいか、どうしてもオーバースピード気味に突っ込んでしまうのだ。
それは俺が運転に慣れてないせいもあるのかもしれないが、そこは安全第一だ。
周囲には歩行者も対向車も居ないのだが、後続車も居ないのでたっぷりと減速して2速でゆっくりと交差点を右折した。
「はい、これでまたしばらくは道なりです」
伝えてくれる祢宜さん。
まっすぐ前を向いた、キリッとした横顔。
役所や中古車屋での、申請や手続き、価格交渉などは実に手際が良かった。
細々とした仕草の中にも、要領の良さを感じさせるものが沢山あった。
小首を傾げて見せるときの、何かポヤンとした感じは微塵も無かった。
これがホントの祢宜さんなのでは。
もしそうなら、普段の祢宜さんは、俺を含めて周囲の人間に対して芝居をしているという事になるが。
しかし、何故そんな事を?
2速から4速→5速とシフトアップし、適度な巡航速度で直線道路を進む。
5速はギア比の都合でエンジンの回転よりも増速されてリアタイヤに力が伝わる為、流すときの気持ちよさは格別だ。
いや、そもそも俺の思い違いなのかもしれない。
宇藤たちは別に問題無く祢宜さんに接していたじゃないか。
……問題無く?
いや、そうだったろうか……?
「あ、この坂を上がって少し行ったところを右に入ってください」
「右、ですか」
「はい。行けば分かります」
直線道路が終わり、小さな橋を渡った後に、これまた小さな古い町に入った。
そこで左カーブを曲がると、いきなりの上り坂。
「……あ、ここですね」
「はい、入ったところの奥に駐車場の案内がありますから、そこへ」
町中の真ん中、家々の間の細い路地。
その路地に入って進んで行くと、両脇の古い家が無くなり、いきなり視界が開けた。
「はい、到着です」
「!! こ、ここは……」
いきなり異世界へ飛ばされたかのような、いや、建物の縮尺が違う世界に迷い込んだような。
そんな錯覚を覚えた。
真っ白い玉砂利の広い地面と、その上に建つ大きく古そうな鳥居を目の当たりにして。
「祢宜さん、貴女はいったい……?」
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