第4話・ありきたりなエロゲ観
「大きな建物だね」
通された簡素な部屋の中で、最初に漏れた言葉。
まず天井が高い。
俺が住んでるロフト付きワンルームが縦に2つ入りそうな高さだ。
玄関入ったところのホールは、2階の天井までぶち抜きの吹き抜けだったから、更にその2倍以上の高さがあった。
横幅もそれに見合ったもので、要するに広い。
ホールのすぐ横にある部屋だから、元々雪落としをしたり外套を脱いだりする的な使い方をするところなのだろうが、それでもこの広さだ。
柱や壁が無い空間が圧倒的に多い。
その為、柱や壁は相当頑丈なつくりになってると思われ、建物全体に使われている鉄筋やコンクリートの量は、俺の会社が入ってる10階建てのテナントビルの建築材料の総量を軽く凌駕してると想像できた。
「そうですか?」
ティーカップに何やら華やかな香りのする紅茶らしいものを注ぎながら、メイドさん。
部屋に通してくれたあと一旦部屋から出たものの、すぐにカートに茶器などを乗せて戻ってきたのだ。
「外界の人間には、そう見えるよ」
簡素だが、シックな意匠の丸いテーブルに置かれたティーカップを手にしながら。
そして一口飲んで驚いた。
加えてウンザリした。
何故なら、今まで俺が紅茶だと思って飲んでいたものを別の適当な(それはレベルを低下させる方向の)名称に改める必要が発生したからだ。
ティーバッグ式のものならともかく、缶入りやペットボトル入りの物にはどういう名前を授ければいいのか、と。
そういえば部屋の調度も凝ったものだった。
目的からして長居する部屋ではない筈だが、それでも小さいながらも部屋の広さに負けない存在感のあるテーブルや、座り心地の良い椅子、それに部屋の隅に置かれた外套掛けや鉢植えの大きな観葉植物、何より凝ったデザインの出窓から見える外の初夏の風景が、訪れた者の腰に根を生やさせる力に満ち満ちている。
「げかい、って……」
俺の斜め前に立って、唖然とするメイドさん。
澄んだ空を思わせる青いドレスに純白のエプロン、それを真っ当な赤のリボンで括る。
腰の後ろでリボンは大きな蝶結び。
白いレースのヘッドドレス、それが乗ってる頭は豊かで背中まであるストレートの黒髪。
長い睫毛に涼し気な切れ長の目、通った鼻筋。
16歳くらいの醤油顔な和風美人に洋風のお仕着せ。しかしそれがまた不思議と調和していて。
部屋の様子と合わせて、それはどうにも浮世離れしていた。
「そんなに似合ってませんか? この服……」
言って、メイドさんはエプロンの端をつまんで俯いてしまう。
「ああいや、そういう事じゃなくて」
そういや最近、秋葉原あたりでメイド喫茶なるものが流行ってると聞いたことがある。
この娘は、ああいうイカガワしい店の店員と同じに見られていると思ったのか?
「逆に似合いすぎて怖いほどだと言いたいんだよ、えっと……」
そう言えばまだ名前を訊いていなかった。
俺の名前は知っていたから、俺の方は名乗らなくてもいいんだろうか。
「あ、その……」
名前を訊きたがってると察したのか、メイドさんが答えに窮する仕草をする。
タクシーに同乗してきた彼女らも、職業を教えてくれなかったな。
この館では素性を教えあわない決まりでもあるのか?
それとも、単にもう一押しか?
「お名前を聞かせてもらえるかな」
「随分と手の早いお客様だこと」
ノックの音は聞こえていた。
反応しなかったのは、その直後にドアが開かれたからだ。
応答を必要としないという意味だと受け取った。
それに、その声には聞き覚えがあったし。
「人聞きの悪い……」
ドアの閉まる音がし、コツコツとこちらへ近づく足音もする。
「主人より先に使用人が自己紹介できるわけないでしょ、常識的に考えて」
!! そこまで館の雰囲気に合わせるのか?
建物の端々の作りに、しつこいくらいに繰り返されている四角のモチーフ。
それに合わせるかのような、四角四面な応対の仕方。
まるで数百年前からのゴシック様式を持ち込んだかのように!
と驚いてその声の方を見ると。
更に驚かされた。
「……何を見た顔なのかしら? それは」
自分の目が大きく見開かれたのが分かった。
ヒールの高めな黒い革靴に細目の黒いタキシードの上下、蝶ネクタイ。
手には白い手袋。
長い髪はバックにひっつめて、更に頭の後ろで綺麗にお団子にしている。
そこには、執事もののエロゲから出てきたような、凛とした女性が居たのだ。
駅前で狼狽して赤面していたあの女とは、まるで別人だった。
「やっぱり気に入らないわ、アナタは」
「……別に気に入ってもらうつもりはないよ」
やっとそれだけを絞り出す。
女はズルい。
服と髪型を変えるだけで、都合よく変身出来るのだから。
「そういえば、俺の荷物は?」
態勢を立て直す為に話題を変える。
タクシーで運賃を払ってる時、美原さんがさっさとキャリングケースを持って降りた。
そして前の席から降りたサラと一緒に、屋敷の裏手の方に歩いて行ってしまったのだ。
まあ、どこかに捨てられた、なんてことはないと思うが。
「荷物? そのバッグだけじゃないの?」
手持ちだったサイドバッグは持って降りた。
俺がキャリングケースを引きずってるのは見てたはずなのに、この女はいけしゃーしゃーと。
「冗談よ、そんな怖い顔しないで」
ふふんと椅子に座ったままの俺を見下す。
気に入らないってのはこちらも全く同意見だ。
「ちゃんと所定の場所に運ばれてるはずよ……多分」
「おい、なんだその多分ってのは」
それに所定の場所ってのも気になる。
エロゲなら、主人公が館から出られなくする為の定番ネタだからな。
「あ、あの、こちらに来られたということは」
険悪な空気を感じたか、メイドさんが無理やり女に問いかける。
ちょっと助かった。
「え、ああそうよ、法帖さまにお会い頂きます」
なるほど、館の主の準備ができたということか。
椅子から立ち上がりサイドバッグを持ち直して、女について行く姿勢を見せる。
しかし、この持って回った応対の仕方。ますます館もののエロゲ臭くなってきたな。
だから。
「ご主人様に、の間違いじゃないのか?」
とからかってみた。
が。
ドアの前まで進み開かんとした女が、振り返ってこちらを睨み。
「そんな猥雑な誤解をするようなオオカミと使用人を、いつまでも二人っきりにしとくわけにはいきませんので」
と吐き捨てて、さっさと部屋から出て行った。
「オオカミとはまた失礼な。そんな下心など」
ある筈もない。ここには仕事で来ているのだからな。
「無いんですか?」
先にドアを開けようと近寄ってきていたメイドさんが、斜め下から不思議そうな目でそう聞いてきた。
小首をかしげる、というオプション付きで。
「え、い、いやその……」
全く無いと言ったら、それはそれで失礼になるだろう。
それに仕事の事を、短い間とはいえ、しっかり忘れさせるほどに魅力的な女性であることもまた確かなのだから。
だが、有ると言ったらそれこそ問題だしな……
「……??」
自分が年上の男性を困らせているという自覚のなさそうなメイドさん。
この娘もまた衣装以上にエロゲの登場人物っぽかった。
天然系、というキャラ設定の。
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