第6話:過去を聞いてもらうこと
途中胸元のネックレスを握るサリー。
カターシャはただずっと彼女のことを優しく見守っていた。
「多分私が家を出てすぐ、母は息を引き取っていたんだと思う。なんとなくだけど…………」
「そうか……」
「けれど、町を出ようとした時私は見張りをしていた兵隊に見つかって逃げていたの。当時は病にかかってしまう前に町を出ようとする人が続出して、見張りが厳しくなっていたから…………」
「なるほどな」
「私が逃げている途中でなぜか町の中でトラが出て、暴れたらしくてね。兵士たちはトラを捕まえに行くでしょ?私はその間に町を脱出したわけ。あのトラがアズールだったかはわからないけどね」
「青い森には行けたのか??」
「うん。青い森に到着して寝る場所を探しているといきなりトラが飛びかかってきてね。暗かったからトラにも気づかなくて。あっ食べられる…………って思ったらめっちゃペロペロしてきて。ハハッ、多分あの子が私を守ってくれる子だったんだと思う。で、気づいたら一緒に旅をするようになったわけ」
「そうだったか…………」
触れるか触れないかの距離でサリーの話を聞いていたカターシャ。
「ごめんね!! こんな暗い話をしてしまって」
「いや。辛かっただろう」
サリーの頭にカターシャが手を置いた。
(何故か安心する大きな手)
溢れそうな涙をグッと堪えて、アズールの方を見た。いびきをかきながらグーグー眠っているようだ。
「ううん。アズールがいるから私は大丈夫」
「そうか」
少しの沈黙が流れた。何かを話すこともなく、ただ静かに夜空の音を聞いていた。
するとカターシャがサリーの気を紛らわそうと故郷の話をし始めた。
「お前が生まれた場所は、セシェの町か??」
「そう。知ってるの??」
「ああ、セシェの野菜をよく食べていたからな」
サリーが生まれ育った町は、緑が豊富で野菜や果物を輸出する農業の町だった。
「私もよく畑の手伝いをしては、勝手にリンゴをとって食べていたから怒られてたんだよね……」
訳あって忘れたサリーの記憶。
(なんでだろう、この人と話しているときは忘れていたはずの記憶が蘇ってくる……)
「りんごか。あそこのリンゴはとても美味かったぞ??」
「じゃあきっと私が育てていたものかもしれないね」
本当はプラントンという名前の町だったが、病気が流行り住民たちは野菜を育てることもできなくなり、「枯れた」という意味でセシェの町と呼ばれるようになった。
「ーーーーーー流行り病。残酷なものだ」
「そうだね…………」
涙がこぼれそうになり、サリーは空を眺めた。
「あの夜も綺麗な星が出ていたよ…………」
空をじっと見つめるサリーに向かってカターシャが一言。
「サリー…………」
「ん?? どうかした??」
「いやっ、なんでもない」
(金色の髪に美しい目、俺は彼女を不意に綺麗だと思ってしまった)
「そう?? 変なの」
サリーとカターシャの会話は夜遅くまで続いた。二人で話をしてどのくらい時間が経っただろう。
隣で頭を前に後ろに振りながら、ウトウトし始めたサリー。
カターシャが肩を貸すと擦り寄ってきて、サリーは一瞬にして眠ったようだ。
「こいつ猫みたいだな」
サリーの過去は……はっきり言って体験したくないほど辛い、苦しいものだった。時折会話に出てくる「訳あって忘れた」とは一体どんな意味を持っているんだろう。
カターシャがサリーに対する疑問は増えるばかり。
「ラズリ、か……」
少し冷えてきたところで、カターシャはサリーを抱き抱え、トラのアズールの元へ連れてきた。
「寒いから……な」
そういうと自分が持っていた麻の布のようなものをサリーに被せた。
相変わらず眠っている。だいぶ疲れていたんだろう。
「この二人、というか、トラとサリー、よく似ていますね」
後ろからジンがひょっこり顔を出した。
「そうだな。どっちが人間なんだか」
「サリー様はトラの感情が分かっているんですね。これだったら町に連れてて帰っても大丈夫でしょう。ラズリ様というのはもしかして、あの魔法使いかもしれませんね」
「ああ。やはりそうか。本当にラズリの娘だとすると、サリーを狙う輩も現れるかもしれない。ジン、周辺の調査を頼んだぞ」
「はい。一瞬にして敵国を破壊させた魔法使い……兵器にしたい者も……」
「ああ、それは何としてでも避けなければならない」
「にしてもまさか、女嫌いのカターシャ様が女性を城に連れて帰るなんて、今までそんなことなかったのにどうされたんですか?? 驚きました。帰ったら城中が大騒ぎします」
「いいんだよ、気になったんだから。ジンも早く寝ろ」
「ええ」
サリーには何か惹かれるものがあり、カターシャ自身もこの気持ちはよくわからなかった。
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