第115話 七種の短剣

 バリンッ


 影に刺さった短剣が砕け散り、ライアンは悠然と歩き出す。


「やっぱそうなるよね……」


 美紀の能力で生み出した『黒の短剣』は、相手の影に刺すことで動きを封じる力がある。所謂『影縫い』と呼ばれる効果だが、魔法の属性は闇属性だ。


 闇属性は不死者アンデッドと相性が悪く効果は低い。その上、ライアンは闇属性だけでなく各種魔法耐性が恐ろしく高いので、生半可な魔法は通用しない。


 美紀も自身の短剣がすぐに解除されることは予想していたのか、能力が破られても動揺はしていなかった。


 ダッ


 その間、ライアンが動きを止めた一瞬の隙をつくかのように、沙霧は駆け出していた。美紀と共闘してライアンを倒そうなど微塵も思っていないようだ。


「結構、薄情じゃね?」


 沙霧のあっさりとした行動に呆れるも、美紀は内心でホッとしていた。逆に一緒に戦うと留まられた方がやり難い。大輔と違い、誰かを守りながらというのは美紀には無理だからだ。



 ライアンは遠ざかる沙霧を追うようなことはせず、真っ直ぐ美紀に向かっていく。ライアンの標的は完全に美紀に移っていた。



 ――『重身ドッペルゲンガー』――


 十体もの美紀の分身がライアンを囲むように突然出現し、ライアンが足を止める。


『二重身』を複数生み出す『多重身』。


 美紀は同時に複数の『二重身』を生み出すことが出来るが、気軽に使えるわけではない。美紀の能力は他の勇者達とは少々異質で、能力の使用に魔力や神力は必要無いものの、その代わりに体力や精神力、気力のようなものを消費する。


 分身を生み出し自在に動かすのは一体だけでも疲れるのだ。能力の習熟を経て今では十体以上を同時に生み出せるものの、当然、その分疲労は激しくなる。


 にも拘らず、消耗するのを承知で複数の分身を出したのは、一体ではライアンの動きを一瞬でも止めることができないのを経験済みだからである。



 十人の美紀がそれぞれ両手に短剣を構え、ライアンに向けて一斉に投擲する。


 だが、ライアンは避けることも剣で防ぐこともせず、その場から動かない。


 投げられた短剣は全てライアンの身体を貫通し、刺さることはなかった。


 美紀の『二重身』に実体は無い。当然、手にした短剣も本物ではない。美紀は生み出した分身と瞬時に入れ替わることができるが、相手に触れたり攻撃したりできるのは本体である美紀自身だけ、短剣も本人が投げたものだけが実物である。


 ライアンを囲んだ『二重身』が全て分身だったということは、美紀はこの場にはいないということだ。


 美紀はライアンの周りに分身を十体出現させたと同時にビルの死角にもう一体生み出し、入れ替わっていた。


(ふー やっぱ十体以上はキツイ。もっと少なくても良かったかも……でも、それじゃあ目くらましにならないのよね)


 ザッ


 ライアンはそれらを見透かしたように、本体の美紀がいる方へ歩き出す。


(くぅ~ やっぱバレてる。意味無かったぁー!)


 以前は分からなかったが、今ではなんとなく魔力を探知して追跡しているのだろうと思える。レイが魔力探知のすべを持っており、自分を見つけたことでそれは確信に変わっていた。遺跡でどんなに逃げても自分達を追跡できた理由はまさに魔力を識別していたからだ。


 故にどんなに素早く、巧妙に姿を隠してもライアンには無駄だった。


 また、ライアンが沙霧より美紀を優先したのは、単純に美紀の方が魔力量が多いからである。


「しゃーない。やるっきゃないよね」


 バサッ


 覚悟を決めた美紀は外套を巻き上げ、両手に複数の短剣を出現させた。



 ――『七種の短剣セブンスダガー』――



『盗賊』の能力により生み出せる短剣は七種類。相手の影を刺し動きを止める『黒の短剣』。投擲後、無色透明になる『空の短剣』。使い勝手がいいので主にこの二種類を多用していた美紀だったが、七種と謳うからには当然他にもある。


 火系の魔法が付与された『赤の短剣』に、氷属性の『青の短剣』。土属性の『地の短剣』。これらは攻撃系魔法の効果が付与された短剣だ。


 そして、残り二種『白の短剣』と『紫の短剣』の出番があることは殆ど無かった。


 前者は強烈な光を発するだけで目くらましぐらいの効果しか無く、後者は単に使い難いからである。毒で苦しませて殺すことに忌避感が強いのもあるが、竜のように体力も魔法耐性も高い相手に短剣の毒は効かず、遺跡によく出現する石像ゴーレム系や不死者アンデッド系には効果が無いからだ。


『七種短剣』は魔法と違い無詠唱で即座に行使可能な点と、攻撃対象にピンポイントで魔法効果を与えられるという利点があるものの、強敵相手には火力不足が否めず、どの短剣も決定打に欠ける。


 美紀には他の勇者に比べ、強力な攻撃や一撃必殺の能力が無い。美紀はそのことをずっと気にしていた。


 しかしながら、美紀がいなければ古代遺跡の探索は思うように進まなかったのは事実だ。


 古代遺跡の探索は攻撃力があるだけでは踏破できない。ルートの選定や罠の看破、魔物の気配を探り安全な休息場所を探すなど、美紀の貢献は大きかった。


 だが、本人はそう思っていない。


 現に今もライアンに対して効果的な攻撃手段が無く、逃げることしかできないのだから……。


 …


 美紀は両手の指にそれぞれ複数の短剣をはさみ、身体を回転させながら勢いをつけてライアンに短剣を投擲する。


 ――『光の短剣』――


 投擲した瞬間、美紀の手元から閃光が発せられ、周囲を眩い光が照らす。


 ヒョイ


 目を開けられないほどの強烈な光を発する短剣を、ライアンは易々と躱した。人と同じように視覚でモノを見ていないのか、ライアンに目くらましは通じなかった。


 ライアンは眩い光の中、足を止めずに美紀に向かう。


 だが、それは美紀も承知だ。


 パキキ……


 ライアンの足が鈍くなり、やがて完全に停止する。


 ――『青の短剣』――


 ライアンの足元に氷属性の短剣がいくつも刺さっており、ライアンの足諸共凍らせていた。


(恐らくこっちも見えてたはず……避けるまでもないってこと?)



 美紀はその隙にビルを駆け上がり、屋上に上がるとビルの上を転々としながらこの場を離れていった。


 バキッ


 足に纏わりついた氷を強引に割り、美紀を追うライアン。


 …

 ……

 ………


(なんなの……)


 沙霧は走りながらも、悶々とした気分が晴れずにいた。


 見知らぬ女に助けられる形でゾンビ剣士から逃れている。己の命を守る行為として逃げることは正しいことのはずだ。


 しかし、助けられたのは自分と同年代の女である。


 新宮家に生まれ幼少より武を叩き込まれた身体がそれを良しとしなかった。


 排除したくてもできない〝恥じ〟という感情。


 もしこの場に幸三がいれば一笑に付していただろう。


 ――『若いな』――


 と。


 だが、沙霧は僅か十四歳の小娘である。感情を切り捨てるには幼過ぎた。それに、新宮家で多くの弟子や門下生に傅かれ醸成された自尊心が沙霧に割り切ることを許さない。


 ザザッ


 沙霧は足を止め、後ろを振り返る。


「新宮家以外の……それも私とそんなに歳も変わらない女に逃がされた……お爺様は何て言うだろう……」


 ふと口から出た言葉の後、沙霧はたまらなく恥ずかしくなった。


 あのゾンビ剣士は倒せない。それは直感で分かる。恐らく自分を助けたつもりの女も死ぬだろう。


 ギュウ……


 腰に差した小太刀の柄を握りしめ、沙霧はしばし葛藤する。


 その時――。



「やあ」



 沙霧の背後から爽やかな声で青年が話し掛けてきた。


「白石沙霧ちゃん、だよね? 別行動を取ったって聞いてたけど、こんな所で奇遇だなぁ~ お母さんは一緒じゃないのかい?」


 そこには腕を欠損し、血だらけの榊原剛正の姿があった。


「キミと一緒にいた男の人達いたよね? どこにいるかな? 悪いけど案内してくれるかい?」


「……死んだ。多分全員」


 沙霧は戸惑いながらも榊原の問いに答えた。


「そうなの? けどまあ、別に死んでてもいいんだ」


「?」


 沙霧には榊原の言っていることが分からない。


 以前に母と一緒に何回か会ったことがあるだけで、沙霧は榊原のことをよく知らない。母に姉の情報を提供していたらしいが、今にして思えば目の前の男が現れてから母の行動はおかしくなった。


 榊原を訝し気に見る沙霧を他所に、榊原は尚も自分勝手に話を続ける。


「アレは別の何かを追ってるみたいだね。魔力を消したのは正解だった……あれが何を見つけたのか気になるところだけど、今はが先かな」


 そう言って、榊原は先の戦いで失った己の左腕を見る。


「そこらに転がってる人間にはいいのがなくてね。キミんとこの弟子だか門下生だかでいたでしょ? 魔力耐性がそこそこあって、おまけに剣を振って鍛えてる人間が。死んでるなら手間が省けるけど、急がないと鮮度が心配だね」


「まりょく……?」



「A型かO型だと嬉しいんだけどなぁ~」

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