第114話 沙霧の選択

(……いた)


 ビルの屋上からライアンを見つけた美紀。


 ライアンの歩みはゆっくりしておりすぐに追いついた。周囲に沙霧の姿は見当たらない。


(よかった。まだ本気モードになってない)


 ライアンを見て美紀は安堵する。ライアンはスロースターターだ。はじめからトップギアで、つまり本気では襲ってこない。こちらの攻撃力や能力に合わせてくるように徐々にギアを上げてくる。


 だから『エクリプス』も油断した。


 単なる不死者と侮りドツボにハマった。中途半端な攻撃で体力と魔力を無駄に消費するくらいなら、初めから全力で逃げれば良かった、攻撃しなければ良かったと後悔したものだ。


(最後の方は、ガチで殺しにくるター〇ネーター状態だったしね。そうなってたらお手上げだったわ……まだ大丈夫、まだなんとかなる)


 ライアンと遭遇した当時、終盤はライアンは壁をぶち破り、凄まじい勢いで『エクリプス』に迫ってきた。どこに隠れようと見つけ出され、執拗に追いかけ回された記憶が蘇る。


(あの時は偶然と典子の機転と夏希のふんばりでなんとか地上に戻って来れたけど……)


 不死者は日光を嫌う。弱体化するわけではないが、動きが鈍るのは確かだ。それと、遺跡の深層と地上では魔素の濃度が大きく異なり、強力な魔物ほど低濃度の魔素を嫌う傾向がある。ライアンも他の魔物と同様、地上までは追って来なかった。


 美紀達は知らないことだが、不死者を含む強力な魔物ほど活動に必要なエネルギーを魔素から補っており、遺跡内部の表層と深層とで魔物のパワーバランスが保たれていたのはそれが大きな理由だったりする。


 強力な魔物が遺跡の低層に現れず、深層になるにつれ強力な個体が多くなるのは魔素の濃度が影響していたからだ。



 美紀はポケットからスマホを取り出し、画面の時計を見る。夜明けまでまだまだ時間がある。夜が明ければライアンも動きが鈍るはずだ。それまで逃げ切ればなんとかなる。


 ライアンの出現はこの結界が関係してると思っている美紀は、結界が無くなればライアンもいなくなるかもしれないと考えていた。


「結界は夏希達に任せて、私は鬼ごっこね」


 そんなことを呟きながら遥か先に逃げているであろう沙霧を探す。


 ライアンの歩く先に必ずいる。どうやって相手を追跡しているのかは不明だが、身を隠したり振り切ったと思ってもライアンはまるでこちらの居場所が分かっているかのように姿を現し追って来る。


(見つけた。やっぱ結構走るの速い。あのコ、ひょっとしてホントに身体強化を使えてるんじゃないの? まあ無意識だろうし多少使える程度じゃあライアンを振り切るのは無理だけど……)


 美紀の視線の先に軽快に走って逃げている沙霧の姿があった。予備の武器を入れていた背負い袋が無い所為か、かなりのスピードで走っている。身体強化をしているかもという美紀の見立てはあながち間違いではなさそうだ。


 しかし、多少の身体強化程度では『盗賊』の能力持ちである美紀のスピードには及ばない。現に美紀は沙霧に楽々追いつき、ビルの屋上を転々としながら悠々と観察できている。


「さてどうしたもんかね~」


 ライアンが追いつくまでまだ余裕がある。問題は沙霧に対してどうアプローチするかだ。


「あの響の妹か……なんか姉以上に我が強そう。素直に言うことを聞いてくれればいいんだけど……」


 …

 ……

 ………


(まだ追って来る……)


 一方の沙霧は、かなりの距離を走っていても嫌な視線が拭えないでいた。姿は見えないが、間違いなくあのゾンビ剣士が追って来ていると確信する。


 しかし、沙霧の選択は〝逃げ〟の一択だ。


 ――『負けると分かっている戦いはするな。それでも戦うなら死んでも勝て』――


 沙霧が尊敬する曾祖父、新宮幸三の言葉だ。


 齢九十を越えても曾祖父には誰も勝てなかった。曾祖父は手加減というものを知らず、高齢や立場を理由に手を抜く者、油断する者には容赦しない。中には二度と剣を握れなくなった者もいる。単なる稽古でも曾祖父には殺す気で挑まねば怪我では済まなかった。曾祖父との立ち合いは命がけだ。


 それでも沙霧の知る限り、曾祖父に一太刀でも入れることが出来た人間はいない。


 やがて、曾祖父と立ち合おうとする者はいなくなり、曾祖父は門下生達を捨てるように奥多摩の山奥に隠遁してしまったが、沙霧にとって曾祖父の言葉は母の言葉より重みがあった。


 曽祖父は逃げるのは恥ではないとも言った。勝てないと分かっているなら戦いを避ければいいのだと。そもそも恥じや誇りなどの言葉を曾祖父は嫌っていた。それに縛られれば勝ち方に拘ることになる。それは驕りであり慢心に他ならない。戦いとは本来生きるか死ぬかが全て。それ以外の感情は邪魔でしかない。


 では、追って来るゾンビ剣士に自分は勝てるのか?


 答えは出なかった。それを判断するにはあまりに情報が少なかった。相手の身体能力、剣の技量、死体が動いているという理解不能な現象、それに言葉では説明できないが、得体の知れないナニカをライアンに感じた沙霧は、戦うという選択を選べなかった。だから直感に従いすぐに逃走を選択した。


 しかし、振り切れない。


 沙霧は再度、選択に迫られる。


 体力は無限ではない。いずれ限界はくる。体力の限界まで逃げ続け疲れ切った状態で戦うか、今この場で立ち止まり、体制を整えて全力で挑むか。


 だが、選べない。どちらの選択肢も自分が死ぬと分かっていたから。


 何故そう思うのかは分からない。しかし、戦えば死ぬとだけは、はっきり分かる。


 死ぬのは嫌だ。



 そうこうしながらもライアンとの距離をグングン引き離していた沙霧。


 やがて限界が訪れた。


「はあ……はあ……はあ……はあ」


 沙霧は突然立ち止まり、大きく息を乱した。体力の限界を迎える前に立ち止まり、少しでも体勢を整えようと大きく呼吸する。


「すーー ふーー すーー ふーーー」


 短時間で心肺機能を回復させる新宮流の呼吸法。鼻と口から大きく息を吸い込み、上半身全体を使って限界まで肺の空気を吐き出す。


 それを何度も繰り返しつつ、追手がいるであろう方向に目を向ける。


(……いない?)


 ゾンビ剣士が追って来ている雰囲気を感じない。気配が読めないのは分かっているが、先程まで感じていた重苦しい圧を感じなかった。


「は?!」


 沙霧が気づいた時にはすぐ側にライアンが立っており、剣を振り上げていた。


「うそ?」


 咄嗟に脇差を抜き、振り下ろされたライアンの長剣を『霞』でいなすと、そのまま後方に倒れ込むように回転し、距離をとる。


「なんで……?」


 何故、すぐ側にいるのか? どうやって接近を許したのか理解できないまま、沙霧は脇差を左手に持ち替え、利き手である右手で刀を抜いた。


 太刀よりも短い小太刀だが沙霧の体格には合っている。脇差を逆手で握り、小太刀と脇差の二刀でライアンと対峙する。


 体力も呼吸もまだ回復していない。


「ふー ふー ふー」


 口を閉じ鼻呼吸に切り替える。少しでも呼吸の乱れによる上体の揺れを抑え、相手に動きを悟らせない為の無意識の行動。


 だが、ライアンには関係ない。


 追撃の手を止めず、ライアンが襲ってくる。


 力では敵わない。ライアンの剣撃を左右の刀を使って『霞』でいなし、襲い来る連撃をしのぐ沙霧。その技術は十四歳の少女にして驚異的といえるが、相手が悪すぎた。


「くはッ」


 ライアンの休みない連撃に、沙霧の体力と呼吸が限界を迎える。


 堪らず大きく息を吐いた瞬間、ライアンの長剣が沙霧の頭上にあった。


「あ」


 その瞬間、沙霧は自分が死ぬと察した。振り下ろされる長剣がスローモーションに見え、自分にはそれに抗うすべがないのを瞬時に悟ったのだ。


 ――死ぬ――



 タンッ



 突然、ライアンの影に黒い短剣が突き刺さった。



 ――『黒の短剣』――



 ライアンの動きが止まる。


「ふー 間一髪。ゴメンね。あの距離を一瞬で詰めるとは思わなかったから出遅れちゃった」


 そこには沙霧を抱きかかえ、ライアンから距離を離した美紀の姿があった。


 美紀に抱えられ沙霧は大きく目を見開く。何が起こったか理解不能だった。


「やっちゃった……大輔には攻撃しないからとか言っちゃったけど、アレも攻撃判定されるんだよね……しくったわ」


 そう独り言を呟く美紀だったが、遠目で観察してライアンの特性をはじめて目にして内心では焦っていた。


 ライアンが沙霧に一瞬で接近できた理由。


 ライアンは沙霧の影から現れた。離れた距離を影から影へ一瞬で移動してきたのだ。


(あれは亜衣の能力? ……いや、ひょっとして能力じゃなくて闇属性か何かの魔法なのかも……いずれにしても遺跡でライアンを振り切れなかった理由が分かった。こうして遠目から見て分かったけど、薄暗い遺跡じゃ絶対分かんない)


 恐らくは何らかの制約、または多用できない理由があるのだろう。影から影への移動を自由にできるのなら、今までのライアンの行動は合理的ではない。発動には条件があるはずだ。


「魔力を大量に消費するのか、それとも、一定距離を開けないと発動しないのか……どっちにしても厄介だわ」


「まりょく?」


「あー なんでもない。それより今から言うことをよく聞いて。あのゾンビ剣士の名は『魔剣士ライアン』。剣の腕は一流だし、魔……不思議な力も使う。その上、肉体は不死身。いくら斬っても火で焼いても殺せない。ここまでいい?」


 沙霧は無意識に頷くも、疑問だらけで何から聞いていいか分からない。


「倒すのは無理。私の仲間がこのわけわかんないドーム状の結界的なものをなんとかするまで逃げ回るか、隠れてやり過ごすしかない」


「隠れるって……どこに?」


「聖属性の結界なんか日本にあるわけない……ワンチャン、神社やお寺にあるかもだけど、多分無理。ライアンは普通の不死者じゃないから」


 古代遺跡を探索する冒険者は、聖水や聖属性を帯びた布で作られたテントや寝具などで魔物避けをする。全ての魔物に効果があるわけではなく、対不死者用のアイテムだ。


 閉鎖空間である地下遺跡では獣系の魔物よりも不死者が圧倒的に多く、探索が長期間に及ぶ場合は勿論、休息するのにも気配を感じにくい不死者を遠ざけるアイテムは遺跡探索に必須のアイテムだ。


 だが、残念ながらそういったアイテムを美紀は持っていない。全て典子の『魔法の鞄』の中だ。


 それに、ライアンにはどんな聖属性アイテムも生半可なモノでは効果が無い。神社仏閣が聖なる属性に満ちた空間であっても、ライアンはおかまいなし襲ってくるかもしれない。おまけに、日本の神社やお寺が聖なる場所であるかも美紀には確信が無かった。


「私が足止めするからその隙にあなたは逃げて」


(日の出まで数時間。その間逃げ続ければなんとかなる。頼むわよ、夏希、典子)


 仲間が結界を破壊してくれるのを信じ、美紀はライアンを自分が引き留めるつもりだ。

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