第62話 要請

 狙撃された山崎の傷を確認する中村。


(弾は貫通してるが……拙いな)


 山崎の腹部からとめどなく血が溢れてくる。中村はバックパックから応急処置キットIFAKを取り出し、圧縮ガーゼを傷口に強く押し当てる。山崎の上体を起こして同じように弾が抜けた背中の傷にもガーゼを当て、その上から包帯をきつく巻いていく。


 ガーゼと包帯がみるみる血で赤く染まる。手持ちの救急キットでは山崎の出血は止められない。


 中村は衛星電話を取り出し、ボタンを押した。


 …


「(広永さん、このまま絶対に動かないで下さい)」


 広永に覆い被さっていた西野は、そう言って狙撃した犯人を探す。撃たれた山崎の状況から狙撃手のおおよその方向は分かっている。M4にマウントした暗視スコープTE19のサーマルセンサーにより、狙撃手の身体から発する熱源を見つけるつもりだ。


 しかしながら、相手の狙撃手、ならびに観測手も同等以上の装備を持ってると考えれば、見つからずに相手を発見するのは非常に難しい。西野の持つTE19は所詮は民生品である。狩猟用として十分な機能を持つが、最新の第三世代以上の軍用暗視装置の鮮明さには劣り、望遠も八倍までの倍率しかない。


 また、西野の持つM4カービンは射程距離は約500m。使用する5.56mm弾を含め、狙撃に適した銃とは言えず、相手がそれ以上の距離にいればカウンタースナイプの難易度は跳ね上がる。


 だが、状況は待ってくれない。初撃で山崎の頭を狙わなかったのは、殺さずに手負いにすることで自分達の動きを制限するためだ。殺してしまえば死体を置いて逃げることに抵抗は少ないが、生きていればそれを見捨てることは普通はできない。


 逆に言えば、そういう手段を取るのは、狙撃した者は観測手を含めて単独班ワンチームの可能性が高いということだ。少なくとも四人を同時に狙撃することは出来ないと見ていいだろう。


「広永さん、山崎さんを見ていて下さい。傷口を押さえて、なるべく声を掛けて意識を保つように。ただし、大声は無しでお願いします」


「は、はい……」


 伏せている広永にそう伝えると、中村は匍匐しながら西野の元に向かう。


「救助を要請した」


「了解です」


 短いやりとり。だが、二人にはそれだけで十分だった。


 救助を要請したということは、ヘリを要請したということだ。


 山崎の容態がそれだけ緊迫してるのだろう。戦場で腹を撃たれればまず助からない。即死しなくとも出血多量や臓器不全などで手遅れになることが殆どだ。ボディアーマーなどは即死、もしくは致命傷を避ける為の最低限のものでしかなく、絶対の安全を保障するものではない。


 しかし、ここは戦場ではなく日本だ。最寄りの自衛隊基地からヘリを呼び、設備の整った病院に搬送すれば、助かる確率は高い。


 その為には、脅威の排除を速やかに行う必要がある。普通なら、撃墜の恐れのある現場にヘリを要請しても却下される。一名の重症者とヘリコプター、そのパイロットなら、ヘリとパイロットの方が価値が高いからだ。要救助者が余程の要人でない限り、ヘリは飛ばない。


 攻撃ヘリなら地上の歩兵に対し有利な装備や兵器を搭載してはいる。だが、輸送ヘリには同乗する機関銃手ぐらいしかいない。だが、日本において、自衛隊機が武力を行使することはできない。要請したヘリも武装が取り払われた機体なはずだ。それでも、こういった緊急事態であっても、ヘリを飛ばすのは政治的問題もあって難しい。要請してすぐに来てくれるわけはないのだ。


 中村がどうやって要請できたかは不明だが、そのことは西野には関係無い。今はやるべきことをやるだけだ。


 相手にRPG-7が確認されてる以上、狙撃手と共に排除しなければならない。RPGは対戦車用兵器だ。高高度を高速飛行するヘリに当てるのは無理でも、低空飛行やホバリング時のヘリを破壊できる十分な性能を有している。西野と中村の仕事は自衛隊機を決して撃墜させないことだ。


 西野はバックパックから発煙手榴弾を取り出し、ピンを抜いて前に放る。


 それと同時に中村は立ち上がり、後方の森に姿を消した。


 …

 ……

 ………


 中村達のいる場所から約400メートル先にあるホームセンターの屋上。上下を紺の戦闘服を着た二人の男がいる。一人は狙撃銃を構え、片膝を着いた姿勢でスコープを覗いている。その隣では大型の望遠鏡を覗き、同じ方を向いている男がいた。


 二人の前には広い駐車場と県道、周囲には施設を囲むように林が広がっている。撃ち殺された若者達の死体がある地点を中間として、向かいに中村達がいるかたちだ。


 林の切れ目を満遍なく監視していた二人は、突如動きのあった地点、山崎が立ち上がったところを捉えた。


 山崎の腹を狙ったのは西野の思惑通りだが、頭を撃とうと思えば撃ち抜く腕が狙撃手にはあった。男の持つ使いこまれた狙撃銃と、落ち着いた様子を見れば、相応の訓練を積んでいることが窺える。


 男の銃はドイツのH&K社が対テロ特殊部隊向けに開発した、半自動式セミオートマチックの狙撃銃、PSG1。設計が古く、構造が複雑で整備に手間がかかり、有効射距離が約700mと短い。また、銃本体も重く、高額なこと。標準装備のスコープは専用設計のマウントで取り付けられており、他の製品との互換性が無いことなど、登場当時は世界最高の半自動式狙撃銃と評価を受けたものの、現代においては平均的な性能でしかない。この銃を未だ使用しているのは、予算の関係で装備の更新が遅れている部隊か、射手の個人的嗜好ぐらいだろう。


 男がPSG1を使用しているのは、主に後者が理由だ。長年使用し続け、かつ、他の銃に触れる機会も多くない環境から、PSG1のデメリットは実感していない。命を懸けるならやはり、一番手に馴染んだ、慣れた銃を使いたいという心理からだ。


 PSG1の標準装備であるスコープには暗視機能はついていない。男はヘルメットにマウントした暗視ゴーグル越しにスコープを覗き、狙撃している。当然、普段とは異なる視界の為、正確な狙撃は困難を極める。それでも山崎のボディアーマーを外して即死させないよう狙撃した腕は、日ごろの訓練の賜物である。



 狙撃手と観測手は中村達が身を伏せた位置を記憶している。誰かが身体の一部でも出せば、即座に撃てるよう引金に指は置いたままだ。


 そこへ……。


煙幕スモーク? 煙に紛れて森に下がるつもりか」

「無駄なことを……どうせ、逃げ切れやしない」


 二人が中村達の動きを予想する。こちらを攻撃するには狙撃か、近づいて攻撃するしかないが、確認されてる相手の持つアサルトライフルM4では距離的に難しいのと、身を隠せる場所の無い駐車場を突っ切って来るのは自殺行為だ。唯一、手段があるとすれば、大きく森を迂回して来ることだが、そのコースには味方の捜索部隊も展開しており、交戦は避けられない。つまり、相手の取れる手段は森の中に逃げることだけだ。


 四名の内、二人が自衛隊員であろうと、絶対的に有利なポジションにいるこちらが攻撃されることはないと狙撃手達は確信していた。それに、逃げるためとはいえ、煙を焚いたことは下策だ。


 観測手は無線を手に取り、地上にいる別部隊に状況を報告する。


「こちら狙撃二班。目標はスモークから北に15メートルの位置。そのまま森に逃走するつもりだ」


『了解。地上班を送る。引き続き監視、動きがあれば対処せよ』


「了解」


 無線のやり取りの後、観測手は周囲の変化に注視する。こちらに来ることは無いと考えながらも、警戒を怠る気はなかった。


 …


 西野の放った煙幕手榴弾の煙が薄れた頃、先程のパトカーが駐車場に戻ってきた。四人の警官が素早く車から降り、森を正面にして車の裏へ回った。警官達はそれぞれH&K製サブマシンガンMP5を携帯し、ボディアーマーにヘルメット、暗視ゴーグルを装着している。


 どう見ても普通の警官の装備ではない。しかも、その所作は普段から装備を使い慣れ、訓練された者の動きだ。


煙幕スモーク!」


 警官達の一人が煙幕手榴弾を放った。


 パトカーと森の間に再度、煙が立ち込める。それと同時に、警官達がMP5を構えながら森に突入していく。それぞれ等間隔に距離を置き、横一線のラインを形成、真っ暗な森に足を踏み込んでいった。

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