第489話 説教

「レイ様! このセルゲイ! 只今、異端者を捕縛して戻って参りましたっ!」


 自信満々の笑みを浮かべてセルゲイが帰って来た。セルゲイが『ゴルトン奴隷』から出て行って、まだ半日も経っていない。


「い、異端者? まさか、不在だったここの従業員のこと? レイなら出掛けてて、まだ戻ってきてないけど……というか、早過ぎない?」


「これはリディーナ殿! 奴隷商の一味など、どいつもこいつも異端の臭いがするものです。このセルゲイに掛かればすぐです、すぐ! 一応、軽く審問にかけて、ここの奴隷商の一味であることは白状させてます。コイツで間違いありません!」


「そ、そう……(に、臭い? 軽く?)」


(((軽い審問ってなんだ? どう見ても死にかけなんだけど?)))


 セルゲイが担いできた布袋には、下半身が焼け爛れた男が入っていた。男の意識は無く、辛うじて息があるだけだ。リディーナをはじめ、バッツ達の目には、男が壮絶な拷問を受けたようにしか見えなかった。


「不法に人身を売買するような輩は異端者同然! 誠に許しがたい存在です! そんな愚か者を探すのはワシの専門ですゆえ、これぐらいどうということではありません! まあ、今の若い者は裏付けだのなんだの、時間を無駄に掛けとるようですが、ワシの若い頃は――」


「あー 詳しい話はレイにしてちょうだい。私は夕食の準備で忙しいから~ バッツ達、この人のこと後はお願いね~」


「「「えっ! ちょっ、姐さーーーん!」」」


 リディーナは颯爽とセルゲイをスルーし、その場を去っていった。



「なんだ、お主ら。異端の臭いはしないようだが……」


「「「俺達は奴隷商じゃねー! ってか、臭いってなんだよ!」」」


 …

 ……

 ………


 レイが戻るまで待つつもりのセルゲイは、バッツ達から現在の状況を聞いて地下牢を訪れていた。


 地下牢では、バッツ達が交代で奴隷達の見張りをしてはいるが、あくまでも解放するまでの数日間、ここに留めておくだけで、奴隷として扱ってはいない。彼女達には水や食事を十分に提供し、清潔な衣服や寝具も用意していた。しかし、命に別状はないものの、怪我をしている者は少なくなく、回復薬も全員を治す量は無い為、レイが戻るまで治療は後回しになっていた。



「惨いことを……」


 セルゲイは牢にいる奴隷達を見て呟いた。セルゲイは仮にも聖職者である。不当に捕らえられ、調教と称して虐待された者達に救いの手を差し伸べようとしていた。


「ワシは回復魔法が使える。使徒様には到底及ばぬが、怪我をしている者は出来る限り治療しよう」


 牢の中の奴隷達に向かい、普段とは打って変わって優しく話し掛けるセルゲイ。



「回復魔法? なら、俺の手を治せ」


 牢の中から横柄な物言いをセルゲイに放つユリアン。だが、回復魔法では欠損を治せない。そのことを知ってて、あえてセルゲイを煽っていた。


「すまぬが、無くした腕の再生はワシには無理だ。……しかしながら、女神様への信仰があればいずれは――」


「女神? オッサン……まさか、聖職者か?」


「いかにも、ワシは司祭の資格を有している。その腕は治せんが、話ぐらいは聞いてやれる。身体の一部を失った者の心を癒す一助に――」


「なにが、司祭だ。話を聞く? 聞きたいのは喘ぎ声だろ? 俺を買った変態共は、オッサンみたいな聖職者もいたんだ。いくら祈ったって神は助けちゃくれない。女神も聖職者もクソ喰らえなんだよ!」


「余程、酷い目に遭ったようだな……だが、お主にそのような辱めをしたのは聖職者ではない。いずれ、相応の報いは受けるだろう。しかし、青年。理不尽な体験をした時、女神様に祈る行為は決して無駄ではないぞ? 直接的な救いではなく、心に神が在り続けることが重要なのだ」


「バカかよ? 助けて欲しい時に助からなきゃ意味なんてねーんだよ!」


「しかし、お主は今、生きている。そのことが救いなのだ。それに、お主がこの場にいることこそが、アリア様のお導きだ」


「こんな、こんな姿が救いだと? ……見ろ! この身体を! 両腕を無くし! 変態共に嬲られ! 病におかされた! 近衛騎士だった頃の尊厳など微塵もない! これのどこが救いだっ! これが女神のお導き? ふざけるなっ!」


「肉体が健全であることが必ずしも救いではない。どんな状況にも健やかな精神を保つことが何より救われるのだ。心に神を抱くことは、その手助けになる。怪我や病気の痛みや苦しみも、先にある希望を失わずにいることが大切なのだ。救いはすぐそこにある。自暴自棄になるのは分かるが、諦めるのは早い」


「黙れっ!」


「さっきから、うるさいニャ! 痛っ…… そんな男よりこっちを治すニャ!」


 隣の牢にいた猫獣人の女が檻を蹴ってセルゲイを呼ぶ。レイから受けた掌底の痕が痣になっており、激しく動いて胸に痛みが走ったようだ。


「青年、先ずは他の者を治療してくる。後でゆっくり話をしよう」


「けっ!」



(誰?)


 バッツは、セルゲイの聖職者としての一面を見て驚きを隠せない。


(このセルゲイィ! とか言ってた、あの激しいオッサンと同じ人? 司祭って嘘でしょ?)



「バッツさん! ちょっと来て下さい!」


「どうした、ミケル?」


「客です。客が来ました」


「客? どんな?」


「奴隷を売りに来た客なんですが、ヤバいかもです」


「ヤバいって?」


「貴族っすよ。しかも、連れて来た奴隷は、明らかに違法に扱われてたみたいで酷い有様です。普通の奴隷じゃないですよ」


「ちっ……まったく胸糞悪いな。わかったすぐ行く」



 ピクッ



「おい、オッサン! なによそ見して……はにゃあ!」


 猫獣人の前には、先程まで朗らかな表情で話す者の姿は無く、鬼の形相に変わったセルゲイがいた。


 …

 ……

 ………


 応接室。


「ゴルトンが不在? 態々、私自らこんな場所にやって来たというのに、主が出迎えんとは……これだから平民は」


「へへっ、すいやせん」


(約束もねーで、いきなり来て何言ってんだ? これだから貴族ってヤツは……それにしても、酷いことしやがる)


 横柄な態度でやってきた男に、ハンクが下手に対応する。貴族の者が平民の経営する店に直接来ることなど本来は有り得ないが、奴隷に関しては少々事情が異なる。この男が本物の貴族であっても、奴隷の売買は首輪の登録を行う必要上、本人が直接来なくてはならない。代理人を寄こしても売買が成立しないのだ。自分の屋敷に奴隷商を招くような真似は体裁が悪い為、貴族家の当主であってもこうして本人が来ることは珍しくなかった。


 しかし、相手が貴族であるということもそうだが、連れてきた奴隷の女の酷い様相に憤りを覚えるハンク。


(くそっ、しかし、どうする? 地下にブチ込むってホントにやっていーのか?)


 レイがいた時とは一転、冷静になったハンクは、いくらなんでも貴族に手荒な真似をしていいわけがないと、どう対応するか困っていた。


 この世界では身分の差は絶対だ。貴族の機嫌を損ねただけで、一族郎党が処刑されても文句が言えないほどの権力を貴族というものは有している。違法だから、理不尽だからと平民が手を出してただで済む相手では無い。貴族の者と揉めれば貴族の家全体を敵に回すことになり、平民個人が到底対抗できる存在では無いのだ。



「これはこれは、ようこそおいで下さいました。えー……」


 ミケルに知らされ、バッツがミケルと共に応接室に入って来た。しかし、相手の名前が分からず、対応していたハンクに目配せする。


「あ、この方は、リッチ・サノバビッチ準男爵です」


「サンヴィッツだっ! 平民ごときが貴族の名を間違えるな! ……貴様等、新人だな? ゴルトンめ、こんな馬鹿を雇いおって……」


「「「申し訳ありません」」」


「(おい、ハンク)」

「(すんません)」


「ったく、もういい! 私は忙しいんだ。女の奴隷コイツは置いていくから後で金を屋敷に持ってくるよう、ゴルトンに伝えておけ! それと、代わりの奴隷もだ。代金はお前達の無礼の分も上乗せしろとも言っておけ!」


 リッチと名乗る貴族は、そう言って、鎖で繋いだ若い女を突き飛ばした。女は体中に痣があり、顔は腫れ、鼻も曲がり、歯が何本も無くなっていた。



「準男爵ごときが忙しい? 連れる供もいないくせに、見栄を張るな! この貧乏貴族がっ!」



「「「なっ!」」」


 突如、部屋に乱入し、そう言い放ったのはセルゲイだ。


(((おい、誰か止めろぉぉぉ!)))



「き さ まぁ~ 奴隷商ふぜいが誰に向かって……」


 怒りで拳をわなわな震わせるリッチに、セルゲイが続ける。


「女神アリアの名において、その代行者である異端審問官セルゲイが、貴様を異端者として認定する。貴族だろうがなんだろうが、神の前では意味は無い! わかったらさっさと跪いて頭を垂れろ! この異端者がっ!」


「「「うっそ!」」」


 唖然とする一同。しかし、すぐに貴族の顔が歪む。


 プッ


「ワッハハハ! まだこの国にアリア教に権限があると思ってる馬鹿がいたとはな! 貴様、他国の人間だな? 女神なんてものはクソの役にも――」


「ふんっ!」


「おごっ」


「せいっ!」


「かっ」


「女神様を侮辱することは何人たりとも許されん……貴様は後でたっぷり審問してやる。ただで済むと思うなよ?」


(さっきの青年と言ってること違くない?)


 バッツは先程、地下牢で女神を貶した青年との違いに戸惑う。両者の違いはなんなのか、それがバッツには分からなかった。



「ふぅ。ついカッとなってしまった。いかんいかん、ワシの悪い癖だ。この腐れ異端者のような奴を見るとつい……しかし、惨いことを……娘よ」


 白目を剥いて失神しているリッチを他所に、セルゲイは痛々しい姿の女奴隷に目を向ける。


「は、はひ……?」


「お主は女神様を信じておるか?」


 コクコクコク


 女は、あっという間に叩きのめされたリッチを見て、必死に頭を縦に振る。暴力自体もそうだが、相手が貴族にも関わらず、躊躇なく手を出すセルゲイに逆らう気など起きなかった。


「ならば、いずれ救いはあるだろう。お主もこの場にいるということは、女神様のお導きがあったということだ。……待つが良い」


「は、はあ……」


(((なんなんだ、このオッサン……)))


 しかし、貴族相手に啖呵を切った時は、ちょっとカッコイイと思ってしまったバッツ達。


 逆に、扉の隙間から覗いていたリディーナとイヴは呆れていた。


「(やっぱりイカれてるわ)」


「(訂正しておきますが、異端審問官は取り締まりの際にあのような宣言はしません。普通は粛々と任務を遂行するだけなんですけど……)」


「(じゃあ、あのオッサン独自ってこと? 態々、名乗りまで上げちゃって、ますますイカれてるわね)」


「(ま、まあ、ちょっと過激ではありますね……)」

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