第488話 魔女の弟子

「お嬢ちゃん?」


 エミューはバヴィエッダの発言の意味が分からず、首を傾げる。しかし、彼女以外の『クルセイダー』は違った。誰も表情には出していないが、ジーク同様、各々バヴィエッダに殺意を抱いた。


「なんだい、本人は知らないのかい?」


「黙れ」


 ジークは隠しもせず殺気を放つ。これ以上、バヴィエッダが言葉を続ければ、即座に殺すとの警告だ。


 しかし……


 ガーラがいつの間にかジークの背後に立っており、ジークは指一本動かすことが出来なくなっていた。


「死にたいのか?」


「「「ッ!」」」


「な、なにを……し……た?」


「お前に説明するつもりは無い」


「まあ、いいさね」


 バヴィエッダは、そう言ってジークに近づくと、周囲に聞こえないよう、ジークの耳元で周囲に聞こえないよう小声で話し出した。


「その方がお互い都合がいいはずだ。わかったかい、色男?」


「……くそっ」


 バヴィエッダがジークから離れると、ガーラはジークの首を指でなぞり、いつでも殺せるとサインを送って拘束を解いた。


 ジークは二人への興味を無くしたように視線を逸らすと、死んだパウロの元へ向かった。


「ちょっと、ジーク!」


 訳が分からないといった表情のエミューと、神妙な面持ちの『クルセイダー』のメンバーがジークの後を追う。


 …


 深夜。


 馬と馬車を失い、徒歩で街を目指していた一行は、普段より早くに野営を開始し、周囲の警戒と休息を交代で取っていた。


「婆さん、話がしたい」


 夜番をしていたガーラとバヴィエッダの前に、休息しているはずのゲイルが現れる。


「なんだい?」


「『弓聖』サトウユウコが今後現れるかが知りたい。わかるか?」


「フェッ フェッ フェッ 仮にも『S等級』にモノを頼むんだ。それなりの対価を頂くよ? 『竜眼』持ちの竜人にも視えない先なら特にさね」


「何故それを……いや、『視た』のか」


 ゲイルはバヴィエッダに眼帯の下にある『予知の竜眼』を見せていない。ということは、遠くない未来にゲイルはそれを晒す状況になり、バヴィエッダがそれを視たとゲイルは推測した。実際には魔導列車の戦いをバヴィエッダは視ていたのだが、ゲイルは出会う前に既に視られていたことなど想像すらしていない。


「さあてね。……けど、アタシに聞いてどうする気だい? お前さんが『弓聖』と戦っても勝てるとは思えないけどねぇ」


「勝てるとは思っていない。だが、俺は一撃でもあの女に入れねば気が済まんのだ」


 ゲイルは覚悟を決めた表情で拳を握る。仲間を失った以上に、何も出来なかった己の不甲斐なさに憤っていた。


「復讐かい? そういう男は嫌いじゃないが……」


「そんな格好良いモンじゃない。俺は自分自身が許せんだけだ」


 バヴィエッダはゲイルの目をジッと見る。


「……そうかい。でもまあ、いいだろう。ただし、言っておくがアタシは異世界人のことは占えない。『弓聖』が来るかどうかもだ。しかし、お前さんが死ぬのは視えた。その意味が分かるかい?」


「魔物……いや、『クルセイダー』の連中か」


「なんだ、聞こえてたのかい?」


「生憎、竜人の耳はいいんだ。教会の秘密を守る為に、それを知っている可能性のある人間を排除するってことだろ。亜人である俺は特にな。いかにも教会の異端審問官がやりそうなことだ」


「お前さんが聞いてなかったとしても、その可能性があれば排除するのが奴等のやり方さ。……昔からね」


「なら、俺は抜けさせてもらう。俺にはやらねばならないことがあるからな。教会に関わってる暇は無い。俺が護衛依頼から抜ければ、結果は変わるはずだ。どうだ?」


「確かに、今ここを抜ければ未来は変わる。しかし、それでお前さんの望む相手と出会えるかはアタシには占えないよ? それに、言っちゃあなんだが、お前さんの実力がA等級程度なら、『弓聖』に傷を負わせることも難しいねぇ」


「さっきも言ったが、勝てるとは思っていない。……だが、何が言いたい?」


 ゲイルはバヴィエッダの言い方に引っ掛かりを覚える。


「お前さん、『竜化』はできるのかい?」


「よく知ってるな。だが、そんなもの在りはしない。獣人共の『獣化』と同じように語られるが、獣と竜では生物としての次元が違う。竜人を知らん人族の作り話だ。竜人族の歴史でもそんなモノの記録は無い。ただのお伽話だよ」


「フフッ では『勇者伝説』もただのお伽話だと? 火の無いところに煙は立たない。伝説やお伽話は、その元になった事象があるもんさね。『勇者伝説』の勇者は実在した。『天魔大戦』に出てくる『天使』や『悪魔』も存在する。竜化した戦士も過去にいたさね」


「バカな……天使や悪魔? そんな話は――」


「遠い昔、アタシはこの目で見た。やつらはいる」


 一瞬、真面目な顔をしたバヴィエッダは、またすぐに元のニヤけた表情に戻り、魔法の鞄から小瓶を取り出した。


「これは『竜化薬』という、濃縮した古龍の血を元に禁忌の魔術で生み出した薬だ。これを飲めば、竜人に足りない竜の因子を補完し『竜化』できる……かもしれないねぇ」


「かも?」


「これを飲んだからと言って、竜人なら誰でも『竜』になれるとは限らない。飲んだ者に素養が無ければ毒と同じ。つまり死ぬ。それに、例え素養があって『竜化』できたとしても、末路は悲惨さね」


「人には戻れない、か」


 冒険者ギルド本部で、獣化して暴走したアレックスの記憶は未だ新しい。『竜化』に成功したとしても、元の姿に戻れないと思われた。それでも……


「『竜』になれれば、勇者に一撃を与えられるかもしれない。少なくとも今の俺ではそれは叶わない。婆さん、それを俺にくれ。禁忌だろうがなんだろうが俺はかまわん」


「フェッ フェッ フェッ 本来ならこれにも対価を求めるとこだが、お前さんのような男は嫌いじゃない。餞別にタダにしてやるさね。片目とはいえ『竜眼』持ちなら素養はあるかもしれないが、この薬を使うなら毒のつもりで飲みな。タダなんだから責任は負わないよ?」


「ああ。どうせ、生きて帰るつもりはない」


 ゲイルはバヴィエッダから『竜化薬』を受け取り、自分のテントへ戻って行った。


 …


「ババア。いいのか?」


「薬のことかい? ああいう、死を覚悟した男は好きだからね。最近じゃ滅多に見ないが、昔は大勢いたもんさ。懐かしいねぇ~ ガーラもあんな男に――」


「ババアの好みを押し付けるな! 第一、死んじまったら意味無いだろうが」


「分かってないねぇ~ まだ死ぬと決まったわけじゃないさね。死を覚悟して戦い、そして生き残る。何て言ったかね……そうそう、『どらま』ってやつさね。そんな強い男がいたなら女は抱かれたいと思うもんさ」


「なにが『どらま』だ、馬鹿馬鹿しい。男なんてどいつもこいつもひ弱なクズばかりだ。死ぬのが分かってて戦う阿呆なんて尚更ゴメンだ。抱かれたいなんて思うわけ無いだろ、気持ち悪い」


「フフッ 若いねぇ~ 魔王様のような圧倒的な男もいいが、敵わないとわかってる強大な敵に立ち向かう男にも、女は母性を刺激されるもんさ。ガーラはないかい? こう、股がキュンキュンするような――」


「やめろ!」


 …


 翌朝。野営地にゲイルの姿は無かった。


「ゲイルがいない?」


「テントは空だ。まさか、逃げたのか?」


「奴の性格からしてそれは無いだろう」


(昨日の話が聞こえていたのか? だとしたら拙い。どうする? 追跡して始末するか? しかし、相手が一人とはいえ、ゲイルを殺るなら正面からでは難しい。仲間や策がいる。パーティー全員でここを離れるのは……)


「あの竜人なら心配いらないよ」


 バヴィエッダがジークにそっと呟く。


「色男が心配するような真似はしないだろう。あの男はサトウユウコと戦いにいったさね」


「一人でやるつもりなのか? A等級パーティーが束になっても敵わないんだぞ? 勝てるわけないだろ」


「復讐に燃える男ってのは、老い先短いババアは応援したくなるもんさ」


「何をした?」


「色男には関係ないことさね」


 そう言って、バヴィエッダはジークの元から離れて行った。



「ババア。昨夜は話が逸れたが、あの竜人が教会のクソ共に殺される前に、薬を渡して勇者にぶつけるのはいい。だが、薬を飲んで死んじまったら意味ないだろ」


「少し違うさね」


「何が?」


「あのゲイルって竜人は間違いなく素養がある。『竜眼』は隔世遺伝だ。『龍』が祖といわれる竜人には本来誰でも『竜眼』の遺伝子を持ってるが、発現する個体は極僅か。任意に発動できる個体となれば更に希少だ。片目だけとはいえ、あの個体に素養があるのはデータ上でも確定だ。間違いなく薬で『竜化』できるだろう。『獣化』と違い、『竜化』は人としての意識が残ると記録にある。高位の冒険者ともなれば、竜化することにより勇者を殺せる確率は高い……」


「いでん? でーた? 何難しいこと言ってんだババア。それに話し方も変だぞ? 気持ち悪いな」


「ああ、すまないねぇ。昔を思い出してつい……」


「昔?」


「ガーラは会ったことあったかねぇ? マレフィム様のこうした難しい話を理解するのは大変だったさね」


「マレフィム?」


「覚えてないかい? ガーラは子供だったから無理もないか……。魔王様の腹心、『魔女マレフィム』はアタシの師さね。残念ながら勇者との戦いで命を落とし、転生の秘儀も失敗してしまったけどねぇ。アタシなんか足元にも及ばない知識と術をお持ちの方だったのさ」


「勇者共との戦いには参加した。子供扱いするな。死んじまった人間なんかどうでもいい。あの竜人が『竜化』とやらをして勇者を殺れるなら、一人でも始末してくれることを期待するだけだ。仕事の手間が省けるからな」


「フェッ フェッ フェッ けど、あの竜人に渡したのは『竜化薬』じゃないさね」


「あ?」


「『竜化薬』より、あの男にとってはイイ物さ」

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