第446話 ミリア

 セルゲイと大男の間、聖堂の中央に降り立ったレイは、セルゲイにそう言うと、振り向き様に黒刀を一閃し、大男を頭から両断した。瞬きをする間も無く左右に分断された男は、体が二つに分かれたまま水の中に沈み、二度と起き上がってくることは無かった。


「再生スピードは驚異的だが、不死身ってわけじゃないみたいだな」


 レイは聖堂の屋根裏から内部に潜入し、『飛翔』と『光学迷彩』を使って聖堂内の一連の様子を全て見ていた。



 ―『水刃』―



「かっ」

「ぎゃ」

「あぎゃ」

「ぐっ」

「びゃ」

「あば」


 そして、レイは聖堂内に溢れる水を利用して、『水刃』をセルゲイを囲む武装した人間の数だけ発生させ、一斉に始末した。腰まで水に浸かった状態では誰もその水の刃を躱せず、全員が胴体を貫かれて命を落とした。


 魔法とは、魔力を使ってイメージを具現化することができるものだが、発現には高いイメージ力と魔力コントロールが必要だ。何もない場所に水を発生させ、刃を形成させることと、既にある水の形を変えるのとでは、後者の方が容易く、消費する魔力も少なくて済む。腰まで浸かった水のおかげで冒険者達はその場から殆ど動かず、腰元の水を刃に変化させただけなので、レイにとっては造作もないことだった。


 しかし、この世界の人間にとってはそうではない。魔法にはイメージと魔力コントロールが必要なのは同じ認識だが、発動のプロセスを理解して魔法を行使している者は極一部の人間しか存在せず、殆どいないと言っていい。これは、魔法を行使する際に『呪文の詠唱』というルーティーンを行うことで魔法の複雑な発動プロセスを簡略化し、魔法の習得を容易にした弊害だった。


『呪文』を生み出し広めたであろう者は、当然、レイのように魔法の原理を理解していたはずだが、魔法の習得が簡略化され、それが当然の状態が長く続くと、魔法の原理まで熟知する者は少なくなる。呪文を唱えて火の玉を生み出すことが当たり前の人間は、火と魔法の原理を知る者に比べて応用が効かず、決められたとおりにしか魔法の発動ができなくなってしまう。


 現代において、車の運転は教習所に通えば誰でもできるようになるが、車の性能を引き出す為には運転技術だけでなく、車の構造を知らねばならない。車はガソリンを入れねば動かないが、燃料やエンジンのことまで熟知している人間がどれだけいるだろうか? この世界の魔術師は誰でも魔法を使えるが、その原理や構造を知らないから、魔法でできることの限界が想像できないのだ。


 レイが同時発生させた複数の『水刃』は何も特別なものではなく、この世界の魔術師なら誰でも可能な技術だが、この場にいる人間にとってはそうではない。


 一瞬で冒険者達が全滅した光景を見たこの場の人間は、何が起こったのか全く理解できなかった。



「さて、後はそっちの非戦闘員か……おい、オッサン、お前にも聞きたいことは山ほどあるが、先にこの水止めろ」


「はっ! 仰せのままに」


 セルゲイはレイの言葉に素直に従い、『水壁』への魔力供給を止める。しかし、魔法を止めたからといって、すぐに発生した水が無くなる訳ではない。水位の上昇は止まったが、扉や窓の隙間から僅かに流れ出る量では、全ての水が排出されるまでまだかなりの時間が掛かると思われた。


「……とりあえず、お前らが何者で、何するつもりでここにいるのか聞かせて貰おうか」



 周囲の水は、殺害した人間達の夥しい血で真っ赤だ。その血の海に黒い刀を持ち、濃紺の外套纏った男。その顔は認識阻害のフードで分からないが、発した声から若い男だということしかこの場にいる人間達には分からない。


 しかし、セルゲイとミリアだけは、その容貌と声に覚えがあった。先日ここに訪れているのだから当然だ。だが、二人の態度は先日とは真逆だった。セルゲイは即座にレイに従属の姿勢を見せるが、ミリアは眉間に皺をよせ、レイを睨みつけていた。


「邪神の使徒め……」


 ミリアはレイに向かってそう吐き捨てるように呟いた。


「ミリアと言ったか? 昨日とは随分、態度が違うな? 昨日は話を含めて嘘臭さが半端無かったが、そっちが素か? まあ、どっちでもいい。お前は後で詳しく話を聞くことにしよう。まずは周りの取り巻きだ」


 レイはミリアの周囲にいる貴族や商人達を見渡す。姿を現さずともこの場にいる全員を始末できたレイだったが、ここにいる者が洗脳されているのか、それとも単に扇動されてるだけなのか、自分を見た者の反応を見てある程度は判断しておきたかった。


(とりあえず、ミリアって女は黒だな)


 …


 一方、当のミリアは焦っていた。


 昨日、使徒達が現れてから一日も経ってない。その日の内に暗殺に動いたが、使徒達の姿は誰一人捉えられなかった。従順な振りをして油断させたつもりだったが、それを見透かされていた上、今日の集会にも乗り込まれた。


 使徒の行動が予想より早いことに驚くが、それよりも予想外なのがその戦闘力だ。二流以下とはいえ、十数人の冒険者達が一瞬で皆殺しにされた。それは『勇者アキラ』から派遣された『鬼人兵』もだ。一般的な騎士より強靭な肉体と戦闘力、その上、強力な再生能力を付与された強化兵だが、目にも止まらぬ斬撃によりあっさり殺されてしまったのだ。


 ミリアはこの状況から自分の取るべき行動を素早く選択し、覚悟を決める。


「新たな世界の為に!」


 そう呟き、ミリアは懐から取り出した注射器を自分の首に刺し、薬剤を注入した。



「あ゛あ゛あ゛あぐあぁぁぁーーー!」



 叫び声を上げるミリアの身体が大きくなる。筋肉が増大し、脈打つ青白い血管が身体中に浮き出てきた。


「「「ミ、ミリア……殿?」」」


 ミリアの変貌に困惑する議員と商人達。


 それとは対照的に呆れ顔のレイ。


「この女、本当に暗部の人間か? 奥の手かなんか知らんが、状況分かってんのかよ……『水牢』」


 レイの唱えた魔法により、ミリアは巨大な水球に包まれた。その中から必死に抜け出そうともがいていたが、数分後には口から泡を吐きだし、やがて動かなくなった。


「「「……え?」」」


「お前等もとりあえず、溺れとけ。……『水牢』」


「「「がぼっ」」」


 唖然としていた議員と商人達もミリアと同じようにそれぞれ水球に包まれ、数分後には全員が溺れた。



「おい、オッサン」


「はっ」


 セルゲイはレイに対して片膝を着き、頭を下げた姿勢を取るが、自身が生み出した水により、水面から顔を出した状態でなんともシュールな光景だ。


(コイツもマヌケか?)


「……こいつ等、全員縛っておけ。あとで尋問する」


「御意! ……使徒様は?」


「すぐ戻る」


 そう言って、レイは『水牢』の魔法を解くと、教会を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る