第433話 魔術

「レイ、それ何してるの~?」


 ゆったりとした船旅中、船首甲板で古代書を片手に持ち、紙に記号の様な文字と図を描いていたレイに、リディーナが紅茶を持って覗き込んできた。


「魔法陣を描いてる」


「え……?」


「どうした?」


「魔法陣って、魔術でもはじめる気?」


「魔術?」


「大昔に廃れた魔法技術の一種のことよ。確か、『魔女の術』って言われてアリア教会からは禁忌指定されてるわ。調べたり、ましてや習得しようとしてるのがバレたら異端認定されるわよ?」


「魔女の術で『魔術』か。じゃあ、魔法使いのことを魔術師って呼ぶのは紛らわしいな……それより、リディーナ、俺を誰だと思ってるんだ?」


「あ」


「そう言うことだ。別に魔術を覚えて広めるわけでもないし問題は無い。それに、古代書のとおりに試しに描いてみたものの、全くダメだ。画家と書家並みの技術がいるぞこれは……」


「ショカって?」


「簡単に言うと、字を綺麗に書く人のことだ」


「ひょっとして書記官とかのことかしら? キレイに描けないとダメなの?」


「図と文字の角度や配置も正確に描かなきゃならないから手書きだと相当練習しないと厳しいな。この本の中に、戦闘中に身体や地面に描いたりする描写があるんだが、そんなこと出来る奴いるのかってレベルだ」


「その本って? 本部にあった古代書よね? 魔術の本なの?」


「表紙には『魔術入門』って書いてあるが、とても入門って感じじゃない。字が読めても内容を理解するには他の専門的な知識がいるな。この魔法陣だって、実際には特殊な素材の染料が必要だし、俺の頭の中にある女神の知識にも無いものばかりだ」


「ふーん……。魔術師の中には自分の魔法を高める為に『魔術』に手を出す人が後を絶たないって話だけど、大抵は教会に捕まっちゃうか、理解出来ずに挫折する人が多いみたいよ」


「まるで錬金術みたいな話だな……」


「錬金って金属錬成の職人のこと?」


「俺のいた世界じゃ、鉛を金に変えたり、不老不死みたいな荒唐無稽な研究をしたりする人間のイメージだな。まあ、真っ当な研究成果も出したみたいだが……というか、こっちにも錬金術師っているのか?」


魔銀ミスリル魔金オリハルコンを自分達で作れないか研究してる人のことを錬金術師って言うわよ? 勿論、それだけじゃないけど」


「魔金って天然鉱石なのか。てっきり何かの合金だと思ってたが……」


「私もそんなに詳しくないけど、魔素濃度が高い鉱脈で僅かに採れる希少鉱石ね。長い年月で金や銀に魔素が溶け込んだものっていうのが一般的な説だけど、人の手で作れたって話は聞いたことないわね」


「魔石のように魔力を帯びて変質した金属か……。金や銀以外にもありそうなもんだが、聞かないな」


「私達の冒険者証だってそうよ? 魔金剛アダマンタイト金剛石ダイヤモンドが魔力を帯びたモノだし、これって超貴重なのよ? 他には魔鉄マギアンとかがサイラス帝国領では産出されるみたいだけど、禁輸指定されてて帝国外では流通してないわね。いずれにせよ、魔素の濃い場所に鉱脈があるのも稀だし、あったとしても、そういった所は魔物も強力だから採掘は困難なのよ。だからどれも希少だし、そもそも加工自体も難しいから普通の鍛冶師じゃ扱えないし、その辺じゃまず見られない貴重金属なんだから、タダで貰ったからってほいほい人にあげないでよね!」


「うっ……スンマセン」


(冷静に考えれば、俺の持ってる魔金製の短剣だって、着色や塗装が出来ないデメリットはあるが、刃こぼれ一つしないし、地球じゃ考えられない代物なんだよな……刀に至っては、この大きさのダイヤを使ってるとか信じられん。第一、宝石なんて、いくら硬度はあっても割れやすいんだぞ? いくら魔力を含んでるからって、普通に考えたら剣の素材に適してる訳が無い。まったく、どんなファンタジーだよ……)


「街に着いたら使い捨て用のナイフでも見てみるか……」


「魔金製の短剣を使い捨てにするなんて、金貨を箱ごと捨てるようなものよ? もうちょっとレイには金銭感覚を身に着けて欲しいわ」


「お、おう」


(オカシイ……俺は金銭感覚はまともな……はず。一体いつからこんなイメージに……拙い……魔操兵をパクられたなんて言えない……)


 レイは魔金製の魔操兵ゴーレム魔法の鞄マジックバッグごと川崎亜土夢に盗られたことをリディーナにはまだ報告していないが、更に出来なくなった。


「そう言えば……」


 ドキッ


「……マネーベルでイヴの護衛をしてた魔術師の荷物に変な物が一杯あったわよね。到底、魔法に関するモノとは思えなかったけど、ひょっとして、魔術の研究か何かだったのかしら?」


「ああ、そっちか……」


「そっち?」


「何でもない……そういや、そんな奴もいたな」


(標本は処分したが、書物は残して仕舞ったままだったな。後で詳しく見てみるか……)


 マネーベルの郊外の森で、レイ達を襲うつもりだったA等級冒険者のロイの荷物の中には、夥しい量の人体標本と、研究日誌のような書物が入っていた。標本はその場で全て処分したが、研究日誌はレイが保管していた。遺体が不死化する可能性のあるこの世界では珍しく、解剖学を利用した手法だったが、実験内容がエルフや獣人、魔眼など亜人種や特殊体質の研究だったので、レイはリディーナとイヴには見せていなかった。


(あの時は左程気にしてなかったが、今考えるとやたら科学的に書かれていたな……この本の魔術に関する記載もそうだ。魔法の様に曖昧な説明ではなく、科学的な根拠、理由に基づいた体系はこの世界の魔法文化からすると異質な学問だ)


「勇者共が使ってる『空間転移』なんかも、魔法陣が描ければ使えそうなんだが、それに必要な文字を書く染料すら材料が全く分からん……アイツの荷物の資材を全部燃やしちまったのは失敗だったかもな。『魔血銀』なんて何のことだかさっぱり分からん」


「私も聞いたことないわ。モノがあればイヴの『鑑定』で分かったかもね~。……それより『クウカンテンイ』って何?」


「ある地点から別の場所まで一瞬で移動できる技術のことだ。メルギドで吉岡莉奈が消えたろ? あれだよ」


「凄いじゃない! それがこの本に書いてあるの?」


「本に書いてある転移の魔法陣は、物質の移動に関してだけだな。生物には使うなと警告もあるし、仮に材料と正確な魔法陣が描けても人間で試せばエライことになりそうだ」


(昔のSFかなんかであったな。失敗して転送装置から出てきたのがミンチになった死体とか、生きててもただの複製の全く別人だったり……ちゃんと魔法陣を描けたとしても、それを使うには勇気がいるな……)


「あくまでもコイツに書かれてるのは入門編で大したことは出来ないよ。魔法の鞄とは違うが、魔法陣を刻んだ鞄の空間を拡張したり、食べ物を腐らせずに保管したりできる程度だ。まあ、それでも十分凄いけどな」


「その内容で入門なの? 全く凄いわね……」


「魔法陣は、予め紙や布に描いておいて後は魔力を込めるだけってのが現実的だが、それでも用途を絞らないと書いた物が嵩張るし、状況に合わせて選んで取り出すくらいなら魔法を詠唱した方が早い。少なくとも魔術や魔法陣を戦闘で使用するなら逃走に絞るか、相当な熟練が必要だな」


「じゃあ、あんまり使えないわね」


「まあ、こういうのは知ってるか知らないかで状況が変わるからな。吉岡莉奈や九条彰のように能力で転移してる者もいるが、志摩恭子の目に仕込んでたのは魔法陣だ。能力と魔術を併用してるから判断は難しいが、仮にこういった魔法陣を取り出されたり、罠の様に仕掛けがあったとしても、書いてある物を破壊するか、文字を消せれば発動は防げるはずだ」


「古代遺跡に潜る時には知ってた方が便利よね。でも、教会はなんで魔術を禁忌指定にしてるのかしら? 確かにあの魔導師の荷物の中身は人道的なモノじゃなかったけど……」


「魔法陣の効果を考えると、宗教が禁止するにはちょっと行き過ぎてる気もするな。まあ後でダニエにでも聞けばいいんだろうが、世の中が便利になるのを阻害するのは、どの世界の宗教も同じだな」


(千年前の話を女神から聞いた限りでは、発展し過ぎるのも神の禁忌に触れるからか? まさか、地球も同じような理由があるんじゃないだろうな……?)



「街と街を転移できるようになれば、馬屋がいらなくなっちゃう……って理由じゃないわよね、流石に」


「……そうだな」


「今、ちょっとだけ笑ったでしょ? 私、変なコト言った?」


「別に笑ってない」


「笑った!」



「レイ様、そろそろこの川の本流に合流します」


 操舵室からイヴが顔を出し、船首甲板にいるレイに声を掛けてきた。


「ああ、分かった。すぐそっちに行く」


「あっ、ちょっと、レイ! んもう!」

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