第432話 裏任務
佐藤優子が姿を消し、辺りは静寂に包まれていた。
「逃げた……か。まったくとんでもねぇバケモンだったぜ……コティ、オメーらの尊い犠牲は忘れねぇ……その勇姿はワシがちゃんと後世に伝えてや――」
「勝手に殺すにゃ!」
スタンの元に、血だらけのコティが姿を現した。
「なんだオメー、生きてたのか?」
「情けにゃいが、最後に振り払われて助かったにゃ……」
コティは沈痛な面持ちで後ろを振り返り、佐藤がいた一部の場所を残して出来たクレーターを見る。佐藤が剣を捨て、盾を出した際、その腕を掴んでいたコティを強引に振り払い、投げ出されたコティだけが助かったのだ。魔導砲の砲撃を当てる為に体を張った『灰猫』の隊員達は皆、跡形も無く吹き飛び、肉片すら残っていなかった。
しかし、その犠牲にも関わらず、佐藤が生きていたことにコティは信じられなかった。
「あの衝撃で生きてるなんてホント、バケモノにゃ……」
「魔導砲だぞ? 本来、対古龍用に開発されたコイツを受けて、腕一本だけとかありえねぇ……一体、何だったんだありゃあ」
「もう一発撃ってれば殺せたにゃ」
「コイツは緊急用の使い捨てなんだから仕方ねぇーだろ! お前がちゃんと押さえとかねぇのが悪い。俺はきっちり当てたぞ?」
「ホントかにゃ~? 酔っ払って震えてたんじゃにゃいか~?」
「バーロー! 酔ってねぇ!」
「ヘタクソ」
「うるせぇ!」
…
……
………
(静かになったな……)
コティとスタンが言い合いをしている一方、『アレイスター』のパーティーでただ一人生き残ったロブは、先程まで続いていた破壊音が収まり、辺りが静かになったことを確認して、恐る恐る伏せていた頭を上げて、周囲を伺う。
「よー」
「うおっ! って、ジークか。吃驚させんなよ……なんだ今頃現れやがって、何処で油売ってやがった?」
「まあ、ちょっとな」
「ちょっとだー?」
「それより、バケモンは逃げたみたいだ。戻ろーぜ?」
「冗談じゃねぇ……俺は抜ける。依頼放棄でもなんでもいい。俺のパーティーは全滅しちまった……これ以上は付き合えねぇ……俺はこんなとこで死ぬのはゴメンだ」
「……そうか」
「第一、あんなバケモンが襲ってくるなんて聞いてねぇ! 今回は本部の落ち度だ! なあ、お前だってそう思うだろ?」
「さあな。……だがなロブ、お前には魔女崇拝の容疑と違法な人体実験、禁忌である魔術研究の件で、弟のロイと共に教会から秘密裏に捕縛命令が出てるんだ。まあ、捕縛といっても証拠は揃ってるから実質処刑だけどな。抜けても死ぬことには変わりないぞ?」
「なっ! テ、テメーっ! まさか異端審問か――」
斬ッ
ジークが振り返りざまに放った長剣の一閃により、ロブの喉が切り裂かれた。
「かひゅっ かっ かっ」
「あの世でアリア様に懺悔しろ」
斬ッ
血が噴き出る首を押さえ驚愕の顔をしたロブを、ジークは更なる斬撃でその首を刎ねた。その後、ジークは剣に付いた血を拭って鞘に納め、返り血を浴びた黒い外套を裏返しにしていつもの格好に戻った。
(情報を統合すれば、弟のロイは使徒様に始末された可能性が高かったからな。捕縛してロイの行方を吐かせる必要も無い以上、こいつはいつでも始末できた。だが、欲を言えばもう少し『勇者』と戦ってもらって情報を集めたかったのだがな……)
「その気がないならもう必要無い」
その後ジークは、重傷を負い動けなくなっていた『ドラッケン』のゲイルの元へ向かい、ゲイルを救助して列車へ戻って行った。
…
ジークは、列車が横転した後、一等車両にいた自身のパーティーメンバーに護衛対象の志摩とアイシャと共にその場で待機し、車両を閉鎖するよう指示を出して、一人戦域から離れた場所で『勇者』である佐藤優子の情報を収集するべく行動していた。
レイからジークに預けられた『鍵』は車両に置いた荷物に残したままだったが、レイからの指示は『鍵』の死守より、『勇者』の情報収集が優先だった為、囮に残していた。それにより、仲間や護衛対象が危険に晒されることは分かっていたが、『女神の使徒』であり、暗部の長でもあるレイの命令は、ジーク達にとっては何より優先された。
『クルセイダー』のメンバーは、エミューを除く全員が教会の暗部だ。今回の件では、例え全ての人間が佐藤優子に殺されたとしても、『勇者』の情報を持ち帰ることが最優先事項であり、ジークが仲間を見殺しにしたとしても、そのことはエミューを除く全員が織り込み済みだった。
…
……
………
列車の元に帰って来たジークの目の前では、怪我人の治療をする志摩恭子の姿があった。重傷者は勿論、欠損のある者まで完全に治癒させている光景に、誰もが目を見開き、息を呑んでいた。
「すげぇ……」
「まるで聖女様にゃん……」
「なんだ、オメー、聖女知ってんのか?」
「知らないにゃ」
「……バカ猫」
「……酔っ払いジジイ」
(あれが『勇者』の力か…………危ういな)
志摩恭子の能力は、レイの情報の中にもあり、他の勇者と同様にジークの情報収集の対象者でもあった。実際にそれを目にし、ジークはその脅威的な能力に驚嘆する。先程の佐藤優子の破壊的な力とは真逆であり、その力をトリスタンが重要視するのもジークには理解出来た。しかし、それと同時にその力の危険性も感じていた。
仮に志摩恭子が冒険者ギルドではなく、神聖国に行っていたならば、どうなっていただろうか? 少なくとも『女神の使徒』に粛清される前の教会なら、こうして無償で治療を行うことは禁止され、その能力が民や弱者に使われることは無かっただろう。今の様に獣人に治療など許されはしない。
志摩恭子が神聖国で保護された場合、『聖女』認定され祭り上げられるか、密かに闇に葬られるかのどちらかだ。しかし、教会の内情を知るジークは後者の可能性の方が高いと考えていた。欠損の再生まで出来る者の存在は、現聖女を過去のものにする。しかし、偽の聖女を生み出し操っていた者達は、自分達の都合のいい神輿をそう簡単に手放したりしない。上層部が粛清された今となっては意味のない推測だが、タイミングが違えば、志摩恭子の存在は、既得権益にしがみつく者達から抹殺されていてもおかしくなかったのだ。
志摩恭子の治癒の力は、その力を巡ってこの世界に争いをもたらすだろう。誰でも怪我や病気を治して貰いたい。しかし、欠損や不治の病を癒せる者などおらず、諦めるしかない。では、それが出来る者がいたら? 再生の力があれば、病気も治せる可能性が高い。金や権力、武力を持つ者ならその全てを使ってでも手に入れたい存在だ。大規模な戦争が無くなった昨今、その力は強力な武具や魔導具などより遥かに価値があるからだ。
これから志摩が治す人間の数より、志摩の力を巡って争う人間の方が多くなるかもしれない。
(まあ、俺が考えることでもないか)
ジークは思考を切り替え、今後のことを考える。
観察した限りでは、佐藤優子の志摩恭子への印象は最悪に近い。説得など無理だろう。それに、撤退した佐藤の様子から、再度襲って来ることは明らかだ。その時は今の戦力で撃退は厳しく、志摩がいくら強力な結界を展開できるとはいえ、常に張りっぱなしにできないなら次は必ずそこを攻められる。
『勇者』の情報を集める為には、もう少し志摩恭子には囮として粘ってもらわねばならず、少しテコ入れをする必要があるかもしれない。
(この女は自分の力のことを含めて、現実ってやつが見えてない。平和な世界から来たらしいが、法や秩序が守られ、意見が違う者同士が穏便に対話できるのは、背景に暴力があってこそだと知らないのだろうか? それとも向こうの世界では、純粋なお話しだけで争いが解決してたのか? 悪いが、こっちの世界じゃ、話を聞いてもらうなら相手が欲しいモノを示すか、力で言うことを聞かせるしかない。それが分からないままだと……)
「(次は説得どころかあっさり殺されるぜ、センセ)」
「コラっ!」
「いてっ」
志摩を見て考え事をしていたジークの尻を、エミューが蹴り飛ばしてきた。
「一人で飛び出して今までどこ行ってたんだよ、ジーク!」
「悪い悪い、ちょっと偵察に出ただけじゃんよ~ そんなカッカすんなって」
「してない!」
「エミューはジークが心配だったんでちゅよね~」
「そうそう、ジークぅ~ ジークぅ~ ってな?」
「うっさい! 言ってない! あ、逃げるな! コラ待て!」
エミューを茶化したメンバー二人がその場から退散し、それを追いかけてエミューが行ってしまった。その隙に後から現れた長身のメンバーがジークに近づき、耳元で囁くように小声で話し掛ける。
「これからどうしますか?」
「護衛依頼は続行だ。近くの村か街まで行って馬と馬車を手に入れ、予定通り一旦マネーベルまで行く。それと、
「了解です。オリビアはどうしますか? 今なら始末できますが……」
「放って置け」
「エミューの素性を怪しんでいるようですが、宜しいのですか?」
「あれには使徒様の息が掛かってる。問題無い」
「承知しました」
長身のメンバーはそのまま闇に消えるようにジークから離れて行った。辺りはまだ大勢の怪我人と遺体処理による混乱が続いており、生き残った機関士や獣人達が野営の準備をする姿が見える。
「さ~て、メシでも作りますかね~」
いつもの飄々とした顔に戻り、ジークは野営場所へと歩いていった。
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