第424話 魔王の残党①

 この星に二つ残った大陸の内の一つ。かつて魔王が生まれ、死の大地と化したその大陸の片隅に、廃墟と化した古城があった。


 人の気配など全くしないその古城に、一人の男が舞い降りる。


「ふー やれやれ。まさか、再びここに戻ってくることになるとは……」


 男は以前、クライドと名乗り、ラーク王国の冒険者ギルドに籍を置くギルドマスターだった。その容姿や身分は全て偽りであり、男の正体は『真祖の吸血鬼トゥルーヴァンパイア』だ。分身体をレイに消滅させられ、慌てて逃げ出した男は、かつての居城に戻って来ていた。


「ん?」


 男の視界に、一人の金髪の女が映る。


「ほう? エルフの吸血鬼。それも第二世代ですか。私に作った覚えはありませんが、私以外に第二世代を生み出せる者がいたでしょうか……?」


 男は暫し考えるが、記憶の中にそのような者の存在は見当たらない。吸血鬼が人を噛んでも、自分以上の力のある吸血鬼は生み出せない。第二世代を生み出せるのは第一世代の吸血鬼である『真祖』しかありえず、自分と同じ『真祖』は二百年前の『勇者』達により、全て滅んだはずだった。


「貴方の創造主は誰でしょうか? 私の他に生き残りがいたとも思えませんが?」


「……」


 女は答えない。


「力尽くというのはあまり好きではないですが、仕方ないですね」



「久しぶりね。ヴァイゼック」


 男が身構えたと同時に、いつの間にか現れていた黒髪の若い女が男に声を掛けた。


「私の名を知っている者もこの世にいないはずですが……何者でしょうか?」


「マレフィムよ……と言っても体は東条奈津美トウジョウナツミっていう『勇者』のだけれど」


「魔女? で、あればそこの吸血鬼の存在も腑に落ちますが、貴方は二百年前に死んだはずでは? お得意の魔術か呪術でしょうか? よりにもよって今代に現れた『勇者』に憑依するとは……」


「憑依ではないわ。『能力スキル』よ」


「?」


「詳しくは中で話しましょ? 地下はそんなに荒れてなかったし、掃除もしておいたから」


 そう言って、マレフィムと名乗った東条奈津美は、エルフの吸血鬼イリーネと共に城の中へ消えていった。



(どういうつもりなのか?)


 だった『魔女』マレフィムからすれば、一早く魔王軍を離れ、勇者から逃げたヴァイゼックは裏切者だ。しかし、本人からはヴァイゼックに対する敵意は感じられない。


 人間とは隔絶した戦闘力を持ち、老いず、寿命も無限に近い吸血鬼とはいえ、完璧な存在ではない。魔術で吸血鬼を生み出せるマレフィムは、その特性や数少ない弱点を当然知っている。まともに戦えば、いくら『真祖』のヴァイゼックでも消滅する危険があった。


「しかし、私を殺す気ならとっくに仕掛けてるでしょうし、話だけでも聞いておきましょうか……」


 ヴァイゼックはそう呟くと、古城へと足を進めた。


 …


 二百年前。魔王の拠点の一つだったこの古城は、当時、多くの魔王の配下が拠点としていた城でもあった。表の建造物は見せかけだけであり、多くの重要施設が地下にあったおかげで大規模な破壊は免れていた。


 登録した魔力でしか開かない扉や壁、床など、当時の勇者達も未探索の部屋や空間が多く眠るこの城の地下には、『魔女』マレフィムの研究室や、『吸血鬼』用の部屋など、幹部の部屋や特定種族専用の部屋などが残っていた。


 そのマレフィムの研究室に案内されたヴァイゼックは、応接ソファに座り、周囲を見渡しながら口を開いた。


「掃除をしたとは思えませんね」


 部屋には所狭しと古書が積まれ、不気味な標本や見慣れぬ器具などに埃が積もったままだ。座っているソファは綺麗だが、清掃は行き届いてはいなかった。


「デリケートなものが多いからこの部屋はまだよ。他の居住環境を優先したから仕方ないでしょ?」


「でり?」


「ああ、繊細なものって言いたかったのよ。ちょっと記憶が混濁してるから時々変な言葉を使うけど、気にしないで頂戴」


「一つ聞きたいんだけど、もキミのように復活してるのかい? この城からは気配を感じないけど……」


「……」


 マレフィムの眉間に皺が寄り、鋭い目がヴァイゼックを睨む。


「……魔王も復活されたのか?」


「いいえ。私も真に復活したとは言えないわ。記憶がこの身体に宿ったと言えばいいかしら」


 ヴァイゼックが言葉を訂正すると、すぐさまマレフィムは表情を元に戻し、先程と同じように話しはじめた。


(見た目は別人ですが、マレフィムの記憶、いや人格があるのは確かなようですね。しかし、そうであれば……)


「私のことが憎くないのですか?」


「憎い、とは少し違うわね。別に貴方がいても勇者達には敵わなかったでしょうし、呆れてるだけよ。まあ、この娘の記憶があるからそう思えるようになったというのが正しいかしら……」


「娘の記憶? さっきは『勇者』と言っていた気がしますが、詳細を聞いても?」


 ラーク王国で城直樹と藤崎亜衣に遭遇しているヴァイゼックは、目の前の娘が勇者達と同じ人種なのは分かっていたし、勇者だと言われても驚かない。しかし、その勇者に何故『魔女』の人格があるのかが理解できなかった。


「さっきも言ったわね『能力スキル』って」


「耳慣れない言葉ですね……」

 

「世の中には、同じ種族なのに他の者より秀でた特技や、異質な力を持った者がいるのは知ってるわよね?」


「極稀に生まれる特異体質の者ですか?」


 ヴァイゼックの脳裏に、先のラーク王国で出会ったドワーフのゴルブが浮かぶ。他のドワーフには無い、刃物や打撃を通さない異常な身体は持って生まれた特異体質によるものだ。


「そう。魔眼や竜眼なんかもそうね。けれど、先天的なものだけではなく、剣術や魔法の知識なんかの後天的に身につけた技能も『能力』として存在するのよ」


「言ってる意味が――」


「剣を極めた人間が死亡した際、剣の技術や知識が『存在力』をもったのが『能力』よ。特異な体質もそう。体質に『存在力』が生まれて『能力』になる。精霊や妖精と同じと言えば理解できるかしら?」


 自然界にある水や火、風などが長い年月をかけて生まれたのが精霊だと言われ、その精霊に自我が生まれたのが妖精だと言われる。しかし、剣や魔法、体質も同じに考えるのは突拍子もないことにヴァイゼックは感じる。


「『勇者』達の力の秘密はこの『能力』によるものよ。笑っちゃうわよね、それこそ人が人生を捧げて培った技術と知識が、赤の他人に宿っちゃうなんて。この身で感じて初めて理解できたわ。今の勇者と過去の勇者に差がある理由もね」


「……過去の勇者に比べて、今の勇者が弱い理由かな?」


「あら、よく知ってるわね。……もう誰かに会ったのかしら? 貴方のことは耳に入って無いから殺しちゃったのかしら?」


「ジョウナオキとフジサキアイにはラーク王国で会ったよ。二人の生死は知らない。行方不明だ。どこかに逃げたかもしれないけど、恐らく……」


「恐らく?」


「殺されただろうね」


「見てないのにそう言える根拠は?」


「得体の知れない男にラークで遭遇した。はじめは勇者かと思ったけど、あれは人間じゃない。劣るとはいえ、私の分身体が赤子同然に始末された」


「人間じゃない? 貴方の分身体は魔力こそ低いけど、身体的な強さは同じでしょう?」


「そうだよ? でも、アッサリ殺された。魔力と身体能力とかの話じゃない。天使や悪魔に匹敵する者だ。二度と遭遇したくないから暫く身を隠そうとここまで来たんだ。まあ、相手に寿命があるかも分からないけどね」


「ひょっとしてレイって名前じゃないかしら?」


「なぜ、それを?」


「私達『勇者』を何人か殺した男よ。たしか、響の証言で、日本人説が濃厚だったわね……召喚された異世界人か、もしくは『剣聖』の『能力』でも宿ってるのか……」


「異世界人だったとしても人族じゃない。確かに剣術や魔法も人並み以上だったけど、古代の文字を読み、意味も理解していた。おまけに暗黒魔法と聖魔法を行使できるなんてあり得ない。あれはこの世界の理の外にいる者だよ」


「ふ~ん」


 マレフィムは腕を組んで考えるような仕草で視線をヴァイゼックから離す。


「それより、さっきの続きだ。その『存在』とか『存在力』って話と、キミに起きたことを含めて聞かせてくれないか?」


「そうだったわね。さっき言った『能力』というのが、剣術や魔法の知識、体質というのは話したと思うけれど、その中には記憶や人格も入ってるのよ。まあ、魔法の知識なんて、恐らくその記憶の一部だろうから、人の記憶があってもおかしくないわよね。人格というのが何をもってそういえるのかは置いといて、私のこの身体、東条奈津美に宿った『能力』には魔法と魔術の知識、そして私の記憶があったということよ」


「一つの身体に二人の記憶があるってことかな?」


「そうなるわね。この身体の持ち主である東条奈津美が、魔法や魔術の知識を引き出す度に、私の記憶も徐々に融合していったという感じね。時間は掛かったけど、今の私はマレフィムであり東条奈津美よ」


 …


「ふー この歳にして未知なることに遭遇するのは新鮮だが、あまり良い気持ちではないね」


「あら、そう言えば気付かなかったわ。イリーネ、お客様にお飲み物を」


 そうマレフィムはイリーネに声を掛けると、イリーネが赤い液体の入ったワイングラスをトレイに乗せて運んできた。


「こ、これは……」


「私の血よ? 一応、処女だけど、お口に合うかしら?」


「キ、キミの血?」


「貴方達、吸血鬼は定期的に他人の血液を取り込まないと代謝が行えないじゃない。ここに人間なんかいないんだからイリーネの為にストックしてあるのよ」


 ゴクリ


 グラスから漂う香りにヴァイゼックの喉が鳴る。この大陸に人間はおらず、城に来るまで魔獣の血しか飲んでいなかった。魔導船を脱出時に魔力や体力を消耗していたが、全速で逃げてきた為、途中で人間を襲う余裕も無かった。


 ヴァイゼックは、警戒しつつも、目の前にある十代女性の処女の血に手を伸ばした。


「ン゛ッ! ンマァイッ!」


 グラスに口をつけたヴァイゼックは、上半身を仰け反らせながら叫ぶ。


「ンン~! 美味! やはり人間の処女の血はなんとも言えない美味さですね。十代の甘酸っぱさが少々私の好みではありませんが、もう数年ねかせれば丁度よくなるでしょう。しかし、残念です。ラーク王の極上の血を飲む前に頂きたかった。あの味の後では……あ……れ?」


「そこにいるイリーネは死体から作ったから完全じゃないの。血を飲んでも活動を維持するだけで、肉体の腐敗は止められないのよね。だから、真祖である貴方の身体をもらうわね。都合よく現れてくれてラッキーだったわ」


「バ、バ……カな……私に……毒など……」


「ええ、効かないのは知ってるわよ? でも貴方の目の前にいるのは、かつてその知識と魔術の力を魔王様に認められた『魔女』。それに、地球の知識をもった『勇者』でもあるのよね~ 向こうの知識を応用したら、吸血鬼の生態を知り尽くした私が貴方を昏倒させる薬を作るのは結構簡単だったわ。毒が効かないっていっても、生きてる生物には変わりない。ただ、この世界の薬物に耐性があるだけなのよね。まあ、万一それを飲まなくても他にも仕掛けはあったけど……グルメぶってる割には意外と馬鹿舌なのね~」


「う……ぐっ……いつ……の間に、薬を……」


「実は、この部屋は掃除を後回しにしてるんじゃなくて、もう私には必要ないからしてないだけなの。『能力』の所為か、今の私は魔術を瞬時に行使できる。態々、複雑な手順や魔導具を使わなくても術を発動できるの。……油断したわねヴァイゼック。私が魔王様を裏切った者を許すわけないでしょう?」


「ま、ま……て……」



「おやすみ、クソ野郎」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る