第411話 護衛依頼②
A等級冒険者パーティーの各リーダーは、トリスタンから一通りの依頼内容の説明を受けた後、それぞれ自分のパーティーメンバーへの説明と準備の為、執務室を後にした。
「おい、オリビア」
「……」
ロブは廊下で前を歩くオリビアに声を掛けるが、オリビアはロブを無視する。
「無視すんなよ、おい」
再度、ロブが語気を強めて呼び止めた。
「……何よ?」
「またグラマスから指名依頼かよ? いつもどんな手ぇ使ってんだ?」
ロブは卑猥に手を上下に動かし、オリビアを煽る。今回の面子の中で、唯一の単独B等級冒険者、そして、度々グランドマスターから指名依頼を受けているオリビアが気に入らないのか、執拗に絡んできた。
「関係ないでしょ」
「関係無くねーだろーが、何でB等級でソロのお前と俺達の報酬額が同じなんだよ? それに見合う仕事はしてくれんだろーな?」
「何が言いたいの?」
「列車の道中、暇なんだから俺達の相手でもしろって言ってんだよ」
ロブはオリビアの身体を舐め回すような下卑た視線を送る。女を使って潜入依頼をこなすだけあって、オリビアは化粧せずとも派手な顔立ちと、男の情欲をそそる体をしていた。それに、元は娼婦だったというオリビアの経歴を知る者は、一度は肉体関係を結びたいと思う者が大勢いた。
「死ね」
オリビアは中指を突き立てて、その場を足早に去って行った。中指を相手に向かって立てる仕草は、二百年前の勇者が広めた相手を侮辱する行為だ。
「へっ」
オリビアが去った後もロブは下卑た顔を崩さず、オリビアの尻を眺めていた。ロブにとって今回の依頼はなんてことない依頼だ。『S等級』や『勇者』という未知なる懸念材料はあるものの、気を付けるべき点はマネーベルからの馬車旅だけだ。それまでの列車旅は旅行のようなものなので、その間の暇潰しにオリビアを抱いてやろうと企んでいた。
「鏡見ろってよ」
そのロブの後ろから、ジークが追い抜きざまに茶化す。ロブに対し、オリビアとは容姿が釣り合ってないと揶揄うが、四十を過ぎた中年ながら、金髪碧眼でハンサム顔のジークから言われれば、嫌味以外の何ものでもなかった。
「うるせー、騎士崩れは黙ってろ」
高位の魔術師であるロブは、剣で斬り合う騎士というものを肉体労働者のように下に見ている。それに加えて容姿の整ったジークを、ロブは以前から煩わしく思っていた。自分とは違い女にモテるジークが気に喰わないのだ。
「へー へー」
「ちっ」
ヘラヘラ手を振りながら歩き去っていくジークに、睨みながら舌打ちするロブ。その後ろからは遅れて執務室を出てきたゲイルが現れる。
「どけ」
そう言い放って、ロブの肩にぶつかって来たゲイルは、突き飛ばされて尻もちをついたロブを見向きもせずに歩き去って行った。
近接戦闘と魔法の両方を高レベルで操るA等級の竜人からすれば、只の魔術師など、ひ弱な人間としか思っておらず、同じA等級とはいえ、ロブと『アレイスター』をゲイルは自分達と同等とは思っていない。
突き飛ばされたロブは、狭い施設内での近接戦闘ではゲイルに敵わないと分かっているので、直接文句を言うことはなかった。
「くそが……」
遠近攻撃特化の『ドラッケン』、回復魔法も使えるバランス型の『クルセイダー』、魔法主体の『アレイスター』。それぞれのパーティー特性を考えれば、三つのパーティーが組むのは理想形だと言える。しかし、その関係は決して良好とは言えない。街にある支部のように、冒険者同士の連帯感は本部に所属する者達には無かった。
それでも、彼らは一流の冒険者として本部にいる。依頼に関してはプロとしての仕事をきちんとこなすだろう。……だが、それは普段であれば、だ。
先の戦闘で何もできずに仲間を失ったことは、彼らに大きな傷を残していた。
…
……
………
冒険者達が去った執務室では、トリスタンとゴルブが護衛依頼について話し合っていた。レイ達に地下の保管庫を案内中に、職員が呼びに来て今ゴルブはここにいる。
「あいつらが一緒で大丈夫なのか? 連携なんぞできんだろ?」
「列車の旅中は問題ないだろう? ゴルブには国境での彼女達との調整を頼むよ」
「儂は聞いてねぇぞ? 勝手に決めやがって」
「まあまあ。ゴルブにとっては子守りみたいなものだろ? それに、気難しい彼女達もキミがいれば機嫌を損ねずに済むだろうからね」
「ふん。どうなっても知らんぞ? 第一、魔導列車の旅が問題ないとも思ってねーだろ?
「どこまでって『勇者』のことは話してあるよ? ただ、志摩さんに聞いた範囲だとどんな能力を持ってるか分からないし、彼女が勇者に襲われる可能性は低いとみてる。車中はそれほど危険視していないのは本当だよ。問題はジルトロ共和国を出たあたりからだ。オブライオン王国の国境周辺は普段見られない魔物の報告も相次いでる。A等級とはいえ、彼等には荷が重いと思うから『S等級』の彼女達に護衛を引き継がせるんじゃないか」
「志摩恭子に『勇者』が殺せるのか?」
「本人にその気は無いようだよ。まあ、今まで人はおろか、碌に生き物も殺したことが無いって言うんだから当然だと思うけどね。彼女の話だと、元の世界に戻りたいって行動してる勇者の中にはまともな人間もいるらしいから、是非説得して貰いたいところだね」
「それじゃあ、レイが納得せんだろう。それに、今の『勇者』達は、二百年前のあ奴等と違って子供だ。説得してこちらに引き込んでも制御できん力は危険だぞ?」
「同行するS等級の彼女達が運よく暴走した勇者を仕留められれば、志摩さんが直接手を下さなくても彼は納得するよ。気に入らないとは言われそうだけどね。彼も目的は暴走した勇者の排除なんだ。僕はまともな勇者を一方的な理由で抹殺することの方が危険だと思ってる。ゴルブも『魔王』のことは忘れてないだろ?」
「勇者の『魔王化』……」
「そう。今の勇者の暴走はまだかわいいものさ。まさに子供だよ。……魔王に比べればね」
「……」
二百年前のことを思い出すゴルブとトリスタン。突如出現した『魔王』により、一つの大陸が滅んだ。生きとし生けるものを全て死に染める魔王の暴挙に比べれば、私欲に染まった現勇者の行動は確かにかわいいものかもしれない。戦争という手段が生温いほど、魔王の起こした惨劇は凄惨を極めていた。
魔王が滅ぼした隣の大陸は、今も立ち入ることが出来ない死の大地と化してしまった。その大陸に蓋をするように、この大陸と地続きの土地に生き残った勇者の一人が『サイラス帝国』を建国したが、それを知る者は極一部だった。
「まあ、情報が無さ過ぎて不安なことも多いけど、やれることをやるしかない。……地下の勇者の遺品も今回は持ち出しを許可しようと思う。レイ君には前に言ってあったんだけど、後で案内してあげてくれ」
「もう、下におるぞ?」
「え?」
「弾薬や魔導具を漁ってるぞ?」
「はぁ。手が早いねまったく。じゃあ、戻って武具や魔導具の説明をしてやっ……」
ガタッ
トリスタンは思い出したように急に席を立った。
「どうしたんだ?」
「しまった! イヴがいたんだった!」
「それがどうしたんだ?」
「『鑑定』があるだろっ!」
「それが?」
「彼らは魔法の鞄をいくつも持ってるんだよっ!」
「だから?」
「イヴがいれば装備品の精査はあとで出来るんだ。下で誰も見てないんじゃ、保管庫の中身を全部もってかれるぞ!」
「それは儂がちゃんと嬢ちゃん達に注意しといたぞ? 使わんものは置いてけってな」
「レイ君には?」
「……言ってない、かも。まあ大丈夫だろ……グビリ」
「飲んでる場合かっ! 彼には遠慮なんて言葉は無いんだよ! 急いで下に行くよ!」
その後、二人は空っぽになった保管庫を目にし、愕然とするのだった。
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