第410話 護衛依頼①

 ―『冒険者ギルド本部 グランドマスター執務室』―


「……と、言う訳で、三日後の魔導列車にて、ジルトロ共和国のマネーベル経由でオブライオン王国へ向かってくれ。……ここまでで何か質問は?」


 執務机に座るトリスタンは、部屋のソファに座っている面々を見渡す。


 この場にいるのはトリスタンの他に、A等級冒険者パーティー『ドラッケン』、『アレイスター』、『クルセイダー』の各リーダーと、B等級冒険者のオリビアだ。


 トリスタンは志摩恭子の護衛の為に、この場にいる冒険者達のパーティーに指名依頼をかけて招集していた。



 その内の『クルセイダー』のジークが、やる気無さそうに手を上げる。


「質問なんすけど、なんでこの面子なんすか? ウチは護衛は専門外なんすけど?」


「本部に残ってるA等級が、豚鬼の討伐依頼を拒否したキミ達しかいなかったからだよ。他の高等級冒険者はみんな出払っちゃったんだ。仕方ないだろう?」


「でも、今回の依頼はちょっと俺等じゃ力不足な気がするんすけどね。護衛対象と想定される襲撃者が『勇者』って、流石にヤバいでしょーよ」


「おい、俺達までお前等と一緒にするな。怖いなら受けなきゃいいだろ」


「ゲイル、お前等こそ一人減っちまって戦力足りねーだろーが。足引っ張られるのはゴメンだぜ?」


「なんだと?」


『ドラッケン』のゲイルがジークを睨む。



「よさないか。……護衛はオブライオン王国の手前までだ。そこで別の冒険者に護衛は引き継いでもらう」


「「「は?」」」


「オブライオン王国での護衛は本部の外にいる『S等級』にやってもらう。さっき説明したとおり、キミ達の護衛は王国の手前、国境までだ。ジークはそれで安心できるかな?」


「なら、俺らの護衛は魔導列車が殆どってことですけど、いいんすか?」


 ジークは訝し気な顔でトリスタンを見る。コース的には、本部からマネーベル、そこからオブライオン王国国境付近の街までは魔導列車だ。列車には専属の護衛部隊もいるので、殆ど座ってるだけで依頼は完了となる。だが、そんな楽な依頼に、A等級冒険者パーティーを三つも使う訳が無い。


「マネーベルからオブライオンまでは列車の運行は無い。しばらく前に、オブライオン周辺の路線は凍結されてるからね」


「へ? なんですかそれ?」


「詳しくは後で話そう。キミ達の主な任務はマネーベルから国境の街までの護衛だよ。馬車旅になるのでそのように準備してくれ」



「俺の方からも質問いいですかね?」


「なんだい? ロブ」


「なんで、そこの売女がいるんです? ひょっとして俺達への奉仕ですか?」


『アレイスター』のロブは卑猥な手つきと下卑た顔をオリビアに向ける。この場に単独のB等級、それも女の間者紛いの冒険者がいるのは場違いだと暗に示唆していた。


「ちっ」


 ロブの発言に舌打ちしてそっぽを向くオリビア。自分が元娼婦であり、女を使って依頼をこなしてるのは、本部に長くいる者なら知っている。


「彼女は護衛対象の一人、アイシャという少女の護衛だよ。気に入らないならキミが女の子のお守りをするかい?」


「いやいや勘弁してください、冗談ですよ。……まあ、仲良くしよーや、オリビアちゃんよ」


「ふん」



「護衛を引き継ぐということだが、継続することはできないのか?」


 ゲイルがトリスタンに尋ねる。


「うーん、向こう次第かな。が許せば継続してもいいよ? 勿論、その場合は、彼女達と同額の報酬も出そう。けど、向こうが、拒否すれば大人しくそれに従うと約束してくれ」


「分かった」


「けっ、竜人も物好きだぜ……」


 ロブが呆れて呟く。そのままなら楽して稼げる依頼を、態々、難度を上げようとするゲイルの思惑が理解できなかった。



「彼女達? 『S等級』って女なんすか? それも複数?」


「ん? ああ、男もいるよ? 別にパーティーじゃない。個別に招集をかけてるから、直接現地に行ってもらうことになってるんだよ。ゴルブが一緒に行くから合流の心配はしないで大丈夫だ」


「「「爺さんが?」」」


「『S等級』の顔を全員知ってるのは僕とゴルブだけだからね。ただ、一応、言っておくけど、ゴルブは護衛には参加しないからね。現地での案内役だと思ってくれ」


「そりゃまた、どうしてですか?」


「万一のことがあったとして、ゴルブに列車内で戦わせる気かい?」


「「「……」」」


 ゴルブの戦いは昨日全員が見ている。列車内であの力が振るわれれば、護衛を守るどころかこっちも全滅しかねない。疑問を呈したロブはバツが悪そうに話題を変えた。


「しかし、護衛なら、俺達より『ネメア』の方が適任だったんじゃないですかね? まあ、リーダーのアレックスが死んじまって、雌猫共も依頼どころじゃないかもしれないですがね」


「確かに獣人の鼻は護衛に適してるよな~」



「……彼女達は死んだよ」


「「「は?」」」


「アレックスの復讐で、S等級冒険者パーティー『レイブンクロー』を襲って返り討ちにあった。それもたった一人に皆殺しだ。彼等には手を出すなと散々警告したはずなんだが……残念だよ。キミ達も気を付けてくれ」


「それだけ? お咎め無しなんですか?」


「……これは他言無用だが、『S等級』は何をしても罪に問われない。そういう特権があるんだよ。ゴルブみたいな力を持つ人間を取り締まることができないのがその理由だ。まあ、度が過ぎれば『討伐』の対象になって、国やギルドが動くことになるけどね」


「「「マジかよ」」」


 全員噂には聞いていたが、まさか本当のことだとは思っていなかった。何をしても許されるなど、貴族や王族であっても有り得ない特権だ。ギルドのグランドマスターが言うのだから嘘ではないだろう。この場にいる冒険者の誰もが『S等級』に対する意識が変わった。


 この場にいるA等級の誰もが、今まで『S等級』など等級が一つ上なだけだと思っていたが、とんでもなかった。ゴルブやジュリアンが気に入らないと言って誰かを気まぐれに殺しても罪に問われないということだ。


 そんな理不尽があっていいのか? いや、理不尽な力を持つからこそ、それがまかり通るのだ。性格の曲がった貴族や王族などより、数倍タチが悪い。


 この中で唯一、オリビアだけがそれを実感していた。



「現地の引継ぎの際に、S等級の彼女達の機嫌を損ねないように十分注意してくれ」


「「「……」」」

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