第401話 女神の話①

「地球人じゃない?」


『元はこの世界の人間、それも千年前の人間です』


 今まで見た古代遺跡から、この世界の千年前の文明は地球を遥かに超える水準なのは間違いない。加えて魔法なんてものがある世界で、今更千年前の人間と言われてもレイは驚かない。


「この世界にはエルフなんて何百年も生きる種族がいるんだ。千年前から生きてる人間がいても不思議じゃなさそうだが……『勇者』を召喚したのは九条なのか?」


『少し違います。この世界に地球人を召喚したのはザリオンでしょう。オブライオン王国の人間を唆して儀式を行ったと思われます。それに、召喚された三十二人の中に九条彰がいたことは間違いありません』


「どういうことだ? 九条はこの世界の人間なのに日本にいた? まさか二百年前の勇者と何か関係があるのか?」


『いえ、二百年前の勇者で地球に帰還したのは貴方の師でもある新宮幸三ただ一人です。他の生き残った勇者達は全員がこの世界に残ることを選択し、全員がその生涯をこの地で終えています。それに先程の九条彰の容姿、今では殆ど見ることの無い青髪は千年前の人間に多く見られた特徴です。幸三さんを含めて彼らの子孫である可能性もありません』


「だが、日本にいたことは間違いない……志摩恭子は九条は自分の生徒じゃないと言っていた……日本で奴らのクラスに紛れてこの世界に来たってのが一番しっくりくるが……奴らを召喚したのがザリオンなら九条との関係はなんだ? 話を聞く限り、ザリオンが九条を呼んだようにも聞こえるな」


『逆です。本来、私が創造した天使が裏切ることは有り得ません。しかし、現実にそれは起こりました。九条彰が何かしらの方法でザリオンを使い、自分をこの世界に召喚させたというのが正しいです』


「洗脳……か」


『そうです』


「しかし、天使を洗脳できるかどうかの問題もそうだが、日本にいながらこの世界に干渉なんてできるものなのか?」


『異なる世界に干渉するのは神である私以外は不可能です。私ですら出来ると言っても簡単ではありません。九条彰が何者であっても、天使であるザリオンであっても、干渉はおろか、互いに示し合わせることも不可能です。……正直言いますと、その辺りのことはまだ分かっていません』


「天使の洗脳に関しては?」


『……恐らく『汚染』されていたのでしょう。千年前の魔導科学技術です』


「汚染? 確か、エピオンもそんなことを口走っていたな……」


『千年前、人間達が私達、神や天使、悪魔に対抗するために生み出したモノの一つです。レイさんには『ナノマシン』と言ったほうが分かり易いでしょうか? もっとも、地球にあるレベルのモノより遥かに高度なモノですが……まさか、地上に降ろしていないザリオンやエピオンまで汚染されていたとは気づきませんでした。当時存在していた危険なモノは全て消滅させたはずでしたが、……私の落ち度です』


「コイツも残ってるだろうが。九条の狙いもコレだった。危険なモノなら一緒に消滅させとけよ。態々、鍵まで作って残しておくなんてバカじゃないのか?」


 レイは鞄から『鍵』を取り出して女神に呆れて言う。千年前に女神が封印したという古代遺物に関するモノだ。消滅させるどころか、再利用を前提にしてるような処置には呆れるが、同時に疑問にも思う。


を壊すわけにはいかないのです。消してしまえば何が起こるか私にも予測ができません……』


「さっきから、分からないことだらけで神ってのは随分頼りないな。もっとも、神が全知全能というイメージも、人間の勝手な妄想と言われればそれまでだが……」


『私は神といってもこの世界を管理しているだけに過ぎません。がっかりされたでしょうが、何でも出来るわけではないのです』


「別にがっかりはしてない。神が何でも出来るなら俺は必要なかっただろうからな。……話を戻そう。危険な遺跡を残してる理由はなんだ? 九条が何者であれ、ヤツの目的はそれだろ? さっさと破壊してしまえばいいのに何故しない?」


『……』


「おいおい、黙んまりかよ。今更、隠しても仕方ないだろう?」


『……この話は他言無用です。貴方の仲間にも話すことは許しません。あの遺跡は千年前に私がこの世界の文明を滅ぼすことになった原因です。人々にあの遺跡のことが広まれば、私は再度同じことをせねばなりません。貴方の心に留めておくと誓いますか?』


 アリアは強い口調でレイに問う。


「……誓おう」


 レイは、千年前に文明を滅ぼしたのは自分だという告白に内心驚いていた。秘密を漏らせば同じことをすると言ったアリアの脅しともとれる言葉よりも、古代の遺跡や歴史の真相を知る興味の方が勝り、即答した。


『あの遺跡は、魔導科学文明の粋を集めて実験的に作られた『次元時空間転移装置』の一つです』


「次元……時空間転移?」


『地球でいう、タイムマシンと言えば分かりますか? しかし、あれは時空だけではなく、次元も移動できる代物です。それに一つの世界の次元だけではありません。この世界と地球のある世界、その他の世界、多重異次元を行き来し、且つ、未来や過去に転移できる装置です。……貴方ならこれがどれほど危険なモノか、理解できると思います』


 過去や未来、時を超えて移動するタイムマシンの話はSFの定番だ。理論上は可能とされるが、ゼロではないというレベルで、現実には実現不可能といっていいだろう。しかし、仮に過去や未来にいけるようになったとして、それが実行されれば様々な問題が起こるのは誰もが想像できることだ。


 未来はともかく、過去を改変した場合、現在はどのようになってしまうのか? その答えはまだ出ていない。最終的な未来や結末は変わらないとする説や、パラレルワールドなど、世界線が分岐して平行宇宙が生まれるといった説まで様々な意見があるが、実際はどうなるのか誰にも分からない。しかし、女神の深刻そうな顔を見れば、碌なことにならないことは明らかだった。


『この世界の住人は、古くから魔法により文明を発展させてきました。そして、召喚魔法の発見により、異次元の存在は早くから認知されていたのです。やがてそれに科学という概念が加わり、時空間魔法が発達しました。貴方の持っている魔法の鞄マジックバッグもその技術が使われています』


「この便利な鞄か。モノによっては時間が止まってるなんて信じられん技術だ」


『正確には時間の流れを遅くしているだけです。完全に時を止めることは神にもできません。しかし、次元と時空の制御が可能となった人々は、その技術を更に発展させました。やがて、世界を管理する私が容認できない域にまで手を伸ばし、あの装置を作るに至ったのです』


「それで文明を滅ぼしたのか。胸糞悪い話だが理解はできる。時間移動と異次元への行き来が出来れば『神』になることも不可能じゃなさそうだ。俺がアンタと同じ立場でも同じことをするだろうな。人間なんて誰でも欲があるし、愚かでもある。悪人が悪さをするより、聖人ぶったヤツが良かれと思って行動する方が碌なことにならないしな。その装置を悪用しないと決めても破綻するのは目に見えてる」


『私は決して、人々を滅ぼしたかったわけではありません。しかし、この装置が発明され、人々に時空間移動が可能になったと認知された以上、他に選択肢はありませんでした。無論、発明される前に様々な警告をしましたが、人々は私の言葉を聞き入れませんでした。それどころか、異界の門を解き放ち、『悪魔』を召喚して私達に反抗してきたのです』


「『天魔大戦』ってヤツか」


『知っていましたか……』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る