第402話 女神の話②

「『天魔大戦』ってヤツか」


『知っていましたか……』


「古代語の書物にちらほら載ってた。天使と悪魔の戦いについてだったが、どうも記述が抽象的で最初は当時のお伽話かと思っていた。だが、実際に天使や悪魔は存在する。実話を元にした話だったんだな」


『元々、天使達は悪魔に対抗するために私が創造したものです。悪魔というのは人間に代表されるような、知的生物の負の感情や欲望が形になった存在です。人が存在する以上、生み出され続けるそれらを冥界に隔離し、滅ぼし続ける存在が天使だったのです。しかし、その天使と悪魔の戦いが現世、物質世界で行われた。当時の人間達が、その高度な技術により異次元を開き、冥界とこの世界を繋げて悪魔を呼び込み、文明を滅ぼそうとした私達と戦わせたのです』


「黙って滅ぼされたくない当時の人間達の気持ちも分かるがな。とはいえ、バカなことをしたもんだ。人間同士の戦争でさえ制御なんてできっこない。悪魔を呼んだとしても自分達もそれにやられるのは見えていたはずだ。死なば諸共ってヤツだったのかもな……」


 レイは、マネーベルの礼拝堂で対峙した悪魔を思い出す。あんなものを呼び込んで、とても人間が制御できるとは思えなかった。


『天使と悪魔の戦いは壮絶を極め、この星に七つあった大陸のうち、五つは海に沈みました。結果は私達が勝利したとはいえ、天使の軍勢はその殆どが消失し、人類も九割以上が死滅しました。星の環境も激変し、当時は不毛の地であり、文明が殆ど発達していなかったこの大陸と隣の大陸は、人が殆ど住んでいなかったおかげで被害が最小限で済み、生き残れただけです』


「星の大きさの割に、陸地がやたら少なかったのはそういう訳か。大陸が海に沈む規模の戦闘なんて想像できんな。核兵器を撃ち合ったってそうはならんだろう。惑星の環境が激変して人類が生き残れただけでも驚きだ」


『この地にも当時の人間達の軍事基地や研究施設があったのは知っていました。ですが、それらを全て破壊するとなると、僅かに残った人類が滅亡してしまう為、放置せざるをえませんでした。先程言ったように、私は人類を滅ぼすつもりはなかったからです。先進的な技術をもった国々は全て海に沈み、高度な文明を維持できるような知識人や技術者が減って、この大陸は放置しても問題なかったこともあります』


「まあそうだろうな。地球にも百億近い人口がいるが、十分の一に減っただけでも今の暮らしは維持できない。専門の教育を受けた人間であっても、一人じゃ今の技術を支える素材や部品は作れないしな。今ある機器が壊れたら、新しい物を作ることはおろか、修理すらできる人間はいなくなるだろう。そうなれば、百年も経たずに中世に近い暮らしになるだろうな」


 ロストテクノロジー。一度失われた製法や技術を再び得ることは難しい。文明が高度である程、一つのものを生み出すのに様々な専門分野の技術や知識の集約が必要になる。一つの専門分野が欠けただけで、今の便利な製品の殆どは作ることが難しくなるのだ。人口が激減し、人々が継承してきた様々な専門知識が失われれば、以前の文明の水準に戻るのに、長い年月が掛かるだろう。もしくは、二度と戻らないかもしれない。



『この大陸にあった施設の中に、『次元時空間装置』があるのは知っていましたが、破壊せずに封印に留めたのは理由があります』


「運用できる人間がいなくなったってわけじゃなさそうだな……」


『その逆です。既に使用された後だったからです』


「は?」


『当時、あの装置を作り出した技術者の一部がこの大陸にいたのです。自分達の滅亡を悟り、試験段階のあの装置を起動してこの世界からの逃亡を図りました。時空を超え、異次元を跨いだはどこに消えたのかは分かっていません。しかし、あの装置が転移の起点となっているのは間違いありません。に、その出発点であるあの遺跡を破壊することはできませんでした』


「ちょっと、待て! すでに転移してるのか? 彼等? それに改変だと?」


『九条彰は恐らく転移した技術者の一人です。装置を調べましたが、記録装置が失われており、転移した人数も行き先も、過去へ向かったのか、未来に向かったのかも分かりません』


「なんだと? なら、本当に今この瞬間、世界が変わってもおかしくないのか……」


『それを押しとどめる為、私は今も大半の神力を使って時空の動きを制御してます。千年前に時空を超えた者達は、未だその先へは到達していないでしょう。しかし、比較的浅い時空に飛んだ者は、すでに達して影響を及ぼしています。九条彰の様に』


「アンタが何もしやがらない理由にようやく納得できたよ。時空を制御? どんな力か想像できんが、そりゃ大変な作業なんだろうよ。エピオンが言っていた女神が世界を守ってるってのはそういうことか。アンタがそうしてなきゃ、今この瞬間に世界が変わることもありえるってわけだな」


『この世界と地球世界の時間の流れに差があるのもこの影響です』


「召喚者を皆殺しにしろって依頼は非情どころか、甘過ぎるんじゃないのか? 俺なら国が無くなるのなんか構わず、毒ガスでもなんでも使って他の住民を無視して勇者ごと全員殺すぞ……」


『貴方が失敗すれば、それも選択肢の一つでした』


「俺みたいな男一人だけに仕事を依頼するのはおかしな話だと思ってたが、そんなバックアップがあったんだな」


『地球人が召喚された当初は、全員を地球に送還するつもりでしたが、まさかその中に古代人が紛れていたとは予想もしてませんでした。しかし、召喚された者で、誰が当時の人間かが判別できなかったので、貴方には全員を殺すよう依頼するしかありませんでした。それに、初めに全てをお話出来なかった理由もご理解頂けたと思います』


「ああ、理解したよ。アンタに余裕が無いってことも含めてな」


『情けないことですが、私が貴方を転生させた直後の隙を突かれ、ザリオンは私の神力の供給を断ちました。破壊されたその機構を再構築するのと、時空制御を維持する為に、こうしてレイさんと話せる時間も残り僅かです。再び話せるようになる頃には……』


「俺が九条を殺してるか、逆に殺されてるかのどっちかか……」


『はい。……それと、あの装置を起動できるのは当時の技術者だけです。遺跡の封印を解いても、地球人に運用することは出来ないでしょう。ですが、それが出来る人間が九条彰だけなのかは分かりません。九条彰と共に、日本に転移した者が召喚者の中にいるかもしれません。それを見極めることができるのなら、他の召喚者の始末についてはレイさんの判断にお任せします』


「無関係な勇者を殺すなと言いたいのか? そんな面倒なことをするつもりも余裕も無い。どの道、能力で暴走してるヤツが殆どなんだ。全員殺した方が手っ取り早い。九条以外に古代人がいるかもしれないなら尚更だ」


『あの子なら見極めが可能です』


「……イヴか」


『はい。あの子の持つ『鑑定の魔眼』なら見極めることが出来るはずです』


「そうか、年齢か。奴らは教師を除いた全員が十七歳前後のはずだ。古代人なら少なくとも成人以上ってわけか。だが、奴らを一人一人鑑定させるなんて危険な真似をイヴにさせるつもりはない。奴らに今の話をして説得するわけにもいかないしな」


 時間を移動でき、次元を超えられれば、この世界に来る前に戻れるかもしれないのだ。このことを勇者達が知れば、使いたくなるだろう。九条とは無関係でも装置の内容を知った人間は、全て始末しなければ後にどんなことが起こるか分からない。


 この次元時空間転移装置の存在を知れば、人は必ず使いたくなる。事故や災害、病気で親しい者が亡くなっても、過去に戻って救うことができるのだ。一人や二人、死ぬはずだった人間を救っただけでは世の中に大した影響はないかもしれない。しかし、それが数百、数千、数万の人間だった場合はどうか? 自然災害はともかく、戦争のきっかけを改変するだけでも様々な弊害が出ることは間違いない。死なずに済んだ者がいる一方、死ぬ予定になかった者が死ぬかもしれない。


 ではそれを誰が管理する? 誰であろうと真に公正公平な国や制度などない。人が全ての人間の運命を管理することなどできはしないのだ。装置や技術を巡って争いが必ず起こる。過去を改変し、それに納得できない者は更に改変しようとする。行きつく先には何が待っているのか……少なくとも明るい未来などではないだろう。

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