第377話 冒険者ギルド本部①

 ――『冒険者ギルド本部』――


 高い山々に囲まれ、外界から隔絶されたような場所に建っているのは、冒険者ギルドの本部だ。上空から見ると六角形に見えるその建物は、この世界の建築物とは趣が違っていた。二百年前の『勇者』が建設に携わり、外敵からの侵攻に単独でそれを退ける設備を有している。


「武装した豚鬼オークが約三万体。それを指揮しているのは人間の騎士か……。オブライオン周辺で報告のあったのと同じものと見て間違いなさそうだね」


 本部の会議室。トリスタンがモニターに映る大軍を目にして、部屋に集まっていた者達に言う。


「あの豚鬼が生意気にも剣を持ってやがる。まあそれは別に問題じゃねーが、あれだけの剣と鎧をどうやって揃えたんだ?」


「豚鬼の丈に合ってるってことは一から作ったってことですからねぇ……」


「ゴルブ老ならできるんじゃないですか?」


「作るだけならワシでもできるが、素材を集めるのは簡単じゃねー。それに、剣だけならまだしも、あれだけの数の鎧を揃えるのはワシでも数年は必要だ。鎧は作って終わりじゃねーからな。調整を含めて一着に掛かる時間は剣の比じゃねーんだぞ?」


「間違いなく国が関わってるな……」



「で、どうする?」


「こういう場合、使役している者を始末するのが定石だと思いますが、問題はあの化け物共がその後どうなるかですよね?」


「魔物の使役者が死んだ場合、使役している魔物は大抵、森に帰っちまうけど、アレらがそこらに散らばるのはゾッとしないね」


「あの数を単独で使役してるとも思えんが、統率が執れ過ぎてる……」



「……間違いなく『勇者』だろうね~」


「「「……」」」


 会議室にいる者達は、魔物の大軍が押し寄せてきている状況でも余裕を見せていたが、トリスタンの一言で全員が真剣な顔に変わった。この部屋に集まっている者達は、元冒険者や現役を含め、ほぼ全ての者が支部のギルマスの経験があり、高い武力と広い見識を持つ、冒険者ギルド本部の幹部達だ。


 二百年前の出来事とは言え、勇者と魔王が戦った証拠は数多く残っており、一般にはお伽話として伝わっていることも、ここにいる者には事実だったとの認識を持っている。実際にその力を目にはしていないものの、この場にいるトリスタンやゴルブという生き証人の存在もある。勇者と聞いても、その存在を信じない者はいない。


 しかし、存在を信じていることと、今の世に存在していると信じることは別だ。この部屋にいる者の中には、実際に『勇者』が活動していることに半信半疑な者もいる。


「皆は勘違いしているみたいだけど、問題は数でも魔物を使役していることでも、武装していることでもないんだ」


「「「?」」」

「……」


 トリスタンの発言にゴルブ以外は的を射ない様子だ。


「いくら魔物を使役できても、豚鬼のような知能が低い魔物に武器を扱わせることなんて不可能なんだよ。飛竜ワイバーンなんかを卵から育てて訓練すれば使役できることは皆知ってると思うけど、それでも武器なんて扱えるようにはならない。それに、あの数だよ?」


「仮に特殊な訓練を施したとしても大掛かりになることは間違いねー。ワシらに知られずにあれだけの数の豚鬼と装備を揃えられたってことは、短期間のうちにそれをやったってことだが、それだと尚更辻褄が合わねーな」


 ゴルブはトリスタンに補足するが、それでも他の者達は、二人が何を言いたいのか理解出来なかった。


「お二人共、言ってる意味が分からないのですが……」



「魔物をるんだよ。……多分ね」



「「「ッ!?」」」


「まるで記録にある『魔王』の所業だよ。彼らを『勇者』と呼ぶのはそろそろやめたいところだね」


「ま、魔物を作る? 一体どうやって……?」


「あまり想像したくはないね。豚鬼の習性は知ってるだろ? 恐らくそれを利用したんだろうけど……」


「「「まさか……」」」


「そう、まさに鬼畜の所業だ。しかし、豚鬼に武器を扱えるほどの知能を付与した方法は想像がつかない。魔物を増やすんじゃなくて、作ったと言ったのはそういう意味も込めてる。あんなのを今後も増やされたら世界がどうなるか。ボクがオブライオン王国を危険視して早めに手を打ちたいと言ってた意味を理解してくれたかい?」


「「「……」」」


 トリスタンは早い段階でオブライオンの異変と『勇者』の可能性に気付いてはいたが、ギルド本部を動かすには証拠が足りなかった。潜入させたスパイはすべて失敗し、連絡を絶たれた。それだけでも本格的な調査を行う十分な理由になったが、各国とのバランスや幹部達それぞれが抱える事情も相まって、組織的な介入には賛同を得られなかったのだ。


 大陸中の冒険者を統括する『冒険者ギルド』は、設立に携わったトリスタンでさえ、独断で動かせるほど小さい組織では無くなっていた。確たる証拠も無く、一国を相手に大々的に事を構えれば、下手をすれば周辺国家にもいらぬ不信感を持たれる。各国に支部が置かれているのも、実は危ういバランスの上で成り立っており、そのバランスが崩れれば、各国は独自にギルドを立ち上げてしまうだろう。そうなれば、今まで冒険者ギルドが構築したネットワークが崩れてしまう。それを危惧した幹部の意見も、トリスタンは蔑ろに出来なかった。



「ともあれ、まずはアレの殲滅だね。一匹でも逃がして、自然繁殖されるのは絶対に避けたい。勿論、使役している者も同時に始末しなきゃならないけどね」


「なら、使役してる者を特定するのが第一優先。それまでは適当に相手しますか……」


「そうだね。後でどんなバケモノが出てくるか分からないから、なるべく戦力を温存する感じで頼むよ」


「バケモノ?」


「使役しているのが『勇者』なら、ボクらが勝てるかは分からないからね。つい最近、ゴルブも死にかけたし?」


「くっ」


「「「えっ?」」」


 幹部連中が一斉にゴルブを見るも、当人はサッと視線を外す。


「相変わらず、気をつかえんイヤな野郎だ」


「まあ、本気を出せない状況だったのは分かるけど、このカチカチのジジイを一方的にボコボコに出来るのが『勇者』だ。戦闘職の『勇者』を相手にするには、単独では不可能だね。『勇者』の能力次第じゃ、ここが全滅することも十分あり得る。なるべく人員の損耗は避けたいね」


「ジジイはお前だろ、この若作りジジイが」


「ボクの言うことを守らず、勇者と接触したから負けちゃったんでしょ? ジョウナオキが『勇者』と分かったら本部に報告しろって言ったじゃないか? ボケちゃったんじゃないの?」


「誰がボケジジイだっ!」


 ああ、またか……そう言った雰囲気が室内を包む。ここにいる幹部達には二人の言い争いは、お馴染みの光景だった。


「お前こそ、あ奴にしてやられたのだろう? どうせ、いつもの感じで人を小バカにするような態度だったんだろうが」


「くっ」


 トリスタンは頬をヒクつかせて、無意識に腹に手を置く。そこにはレイに埋め込まれた『鍵』がある。


(((あ奴?)))


「一緒にいたエルフの娘もお前を毛嫌いしとったぞ? いい歳こいて手を出したんじゃないのか?」


「バカ言うなっ! 彼女は姪だぞ? 手なんか出す訳ないだろ!」


「姪? ハイエルフには見えんかったぞ? まあ、手を出してたら生きてこの場にいる訳無いか。あ奴も相当だが、あの娘も尋常じゃないからな」


「……彼らは怒らせない方がいい。ボクも危うく殺されかけた。彼はコウゾウさんの弟子みたいだよ?」


「……? シンは人族だろ? まだ生きとるのか?」


「向こうの世界とは時間の流れが違うみたいだよ? 彼は直接コウゾウさんに師事してたみたいだし、戦い方も同じようにイカれてる」


「それには同意だな。あの『魔刃メルギド』を持ってるだけでも、頭がオカシイ。それに、銃も扱えとったぞ? そっちのウデも過去の勇者達より全然上だ」



「さっきから誰のことを言ってるんです?」


 二人の会話についていけない幹部達。


「「……」」


 トリスタンとゴルブは揃って口を噤む。冒険者ギルド本部は一枚岩ではない。レイ本人の了承なしに詳細を話す訳にはいかなかったが、喋り過ぎたとバツが悪そうにしている。

 

「その内、ここへは顔を出すだろうが、その者らの相手はワシらがする。ワシの名かトリスタンを呼ぶ者が現れたらワシらに通してくれればいい。お主達は関わるな」


「「「関わるなとは?」」」


「下手すれば殺されちゃうからね~」


「「「え?」」」


「そう言えば、何人かはB等級のエルフ、リディーナを知ってるだろ? ゴルブが言ってたエルフっていうのはリディーナだよ。今は『S等級』に認定されてる。手を出したら命の保証は出来ないから気をつけてね。当面来ることはないと思うけど、それぞれの下の者でリディーナを知っている者には伝えといてよ」


 リディーナという名前を聞いて、何人かの幹部の目つきが変わった。類まれなる美貌のエルフ、リディーナを口説こうとした者は一人や二人ではなかった。


((……あのリディーナが『S等級』?))



「まあ、まずは外の豚鬼共の対処が先だね。くれぐれも慎重に頼むよ」


 レイ達が、ここ『冒険者ギルド本部』に向かっていることをトリスタンとゴルブは知らない。トリスタンは至急連絡してくれとオリビア経由でレイに伝言を送ったが、それは豚鬼の襲撃に関してではなかった。この世界に生きる者の『至急』の認識は、現代人のレイとは乖離があり、トリスタンはレイが直接ここへ向かっているなど想像していなかった。

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