第372話 勇者合流①

 ――『オブライオン王国 王都』――


「随分、街の様子が変わったねー」


 王都を歩く冒険者の一団から、そう声が漏れた。


 声を発したのは『盗賊シーフ』の能力持ちの近藤美紀コンドウミキだ。ベリーショートにボーイッシュな顔立ちで快活そうな女の子だが、頬にある大きな切り傷が生々しい。


「前はこんなんじゃなかったね。街灯もあんなに……って、あれ、ひょっとして電線? まさか電灯? 発電所でも作ったのかな?」


 街の通りに設置された街灯の数と、電線らしきものが見えて驚いているのは『重騎士アーマーナイト』の渡辺大輔ワタナベダイスケ。肥満体型に重厚な全身鎧、大きな盾と戦槌を持っている。その面持ちは幼く、顔だけ見ればどこにでもいる十代の少年だが、喧嘩でもしてきたような青痣や切り傷が無数についていた。


「『王都組』も頑張ってるってことかね~ 内政チート持ちなんて誰かいたっけ?」


 そう呟くのは『召喚士サモナー太田典子オオタノリコ。ウェーブがかった長い黒髪。そして、顔には至る所に火傷のような痕が見える。



「街の変化なんてどうでもいいわ」



 三人の後ろから冷たく言い放つのは『暗黒騎士ダークナイト』の夏希ナツキ・リュウ・スミルノフ。日本人の父と東欧系ヨーロッパ人の母をもつハーフ。長いダークブロンドの髪に緑眼。目鼻立ちが整い、十代の高校生とは思えない美貌を持つが、漆黒の全身鎧と腰に吊るした黒剣が放つ禍々しいオーラは人を寄せ付けない。


 夏希達四人の冒険者パーティー『エクリプス』は、全員がお揃いの白い外套を身に纏い、探索していた古代都市フィネクスから、ここオブライオン王国に戻ってきていた。


『王都組』の九条から冒険者ギルド経由で呼び出され、日本に帰還する手掛かりを探して遺跡に潜っていた夏希はすこぶる機嫌が悪かった。


 だが、その呼び出しの理由は無視できるものではなく、数週間掛けて、態々帰ってきたのだ。


 そして、その後ろには、同じく『探索組』の二人の女子がついて来ていた。冒険者パーティー『ホワイトフォックス』の清水シミズマリアと松崎里沙マツザキリサだ。二人は夏希達とは別にパーティーを組んで遺跡に潜っていたが、発掘した古代魔導具アーティファクトを勝手に売却したり、同じパーティーメンバーだった藤崎亜衣フジサキアイが男に貢いでいたことが発覚し、夏希に詰められ大人しく従っている。


「「……」」


 二人は夏希達と同じく白い外套を着てはいるが、フードを深く被って顔を隠すように歩き、会話に入る素振りはない。


 …

 ……

 ………


 ――『王宮 会議室』――


「いやー いつぶりだろうね~ キミ達『探索組』がここを出て行った以来かな? ともあれ、歓迎するよ』


 九条彰が軽い感じで夏希達に声を掛けた。会議室には九条の他に、高槻祐樹と吉岡莉奈、赤城香織、林香鈴、川崎亜土夢、佐藤優子の『王都組』が席に座り、その向かいに『探索組』がいた。


「歓迎? 態々呼びつけておいて何を言ってるの? ギルド宛にきた伝言には詳しい内容は書かれてなかったけど、大した内容じゃなかったら無駄にした数週間の責任は取ってもらうわよ?」


 夏希が不機嫌な顔を隠そうともせず、九条に突っ込む。夏希と同じ『エクリプス』のメンバーも同じ表情だ。彼女達は日本への帰還を第一に考えて今までこの世界で活動してきた。伝言には帰還の方法が分かったというだけで、詳しいことは王都でとだけだった。


「ごめんごめん、今は冒険者ギルドは信用できなくてね。暫く前からキミ達への仕送りも止まってただろ? 今回の伝言も届けるのに色々大変だったんだよ。詳しい内容を書いて、万一、他の人間に見られたら困ると思ってね」


「……要点を早く言って」


「じゃあ、簡単に。まず一つ目、僕らを召喚した方法が分かった。二つ目、その方法ではこちらから日本に送還するのは不可能。三つ目、この世界から日本へ転移できるかもしれない施設がこの城の地下にある遺跡で出来るかも。前にキミ達に連絡した『鍵』は見つかった? あれが四つあれば地下の遺跡を起動できるっぽいんだよね」


 九条の隣で、吉岡莉奈が模様が刻まれたゴルフボール大の球体をテーブルに置く。


「……」


 同じ『探索組』だった吉岡莉奈がここにいることを疑問に思いつつ、夏希は壁際に立っていた清水マリアと松崎里沙に視線を移した。


「あれ、見たことあるでしょ。持ってたわよね? 怪しい古代魔導具は保管しておくって決めてたのにどうしたんだっけ?」


「そ、それは亜衣が!」

「亜衣が勝手に持ち出して……」


 二人は怯えながら夏希に答える。


「「「?」」」


 部屋にいる『王都組』はそのやり取りを不思議に思う。一体何があったのか合点がいかなかった。全員が座ってる中、二人だけが隅に立っているのもおかしかった。二人は不良とまではいかないが、クラスでも発言力があったギャル系の女子だった。それが、まるで夏希の下僕の様な扱いだ。


「どうして清水さんと松崎さんが? 一体どうしたの?」


 気になった高槻祐樹が口を開く。


「その『鍵』っていうのをこのコ達が勝手に男に貢いじゃったのよ。正確には、それをやったのは亜衣なんだけど、逃げちゃったわ」


「じゃあ、二人がなんでそんなに怯えてるんだい? 聞く限り藤崎さんが悪いんだろ?」


「このコ達も金目当てでエルフを仲間にして売り飛ばしたり、探索をサボッたりしてたから説教中なのよ。別に探索したくない、日本に帰りたくないなら別にいいけど、探索するフリだけして、探索箇所に穴が開くのは真面目にやってる人の迷惑でしょ? それに好き勝手やって私達にまで悪評が広まるのも迷惑なのよ。仲間を売り飛ばしたコと知り合いってだけで信用を失うのは文字が読めない私達には死活問題だわ」


 淡々と話す夏希。二人の悪行を咎めたわけでは無く、自分達の邪魔をするなという姿勢だ。


「じゃあ『鍵』の一つは誰かが持ってるってことか。手掛かりは? 藤崎さんが行きそうなところとか」


「多分、ラーク王国……でも分からない。亜衣が貢いでた冒険者がラークの貴族だって言ってただけだから……」


 清水マリアが恐る恐る答える。


「ラーク王国?」


「スヴェン・ハルフォードってA等級の冒険者に貢いだらしいわ。少し調べたけど、本部の冒険者みたい。私達のいたフィネクスからは遠かったから調べには言ってないけど」


 夏希が補足するように言う。


「冒険者ギルド本部ねぇ……間に合うかなぁ~」


「間に合う?」


「実は、この国にちょこちょこスパイを送って来るからウザくてさ。武器を持たせた豚鬼オークの大軍を派遣してるんだよね~。参ったな~ そのスヴェンって奴が本部にいるんなら『鍵』が見つからなくなっちゃうな」


 高槻が思案顔で顎に手を当てるが、隣の九条が手を上げる。


「それなら多分大丈夫だよ。今、宗次に探知機を作ってもらってるからさ」


「「「探知機?」」」


「そう。その『鍵』には固有の魔力があるのは分かってるんだ。その独特の波長を探知できる機械だよ。と言ってもまだ試作段階で精度は低いから、ある程度近づかないと探知できないけどね」


「いつの間にそんなこと調べてたんだい?」


「キミがお姫様達とヨロシクやってる時にだよ」


「おいおい、みんなの前で止せよ」


 そう言って、高槻は九条を軽く睨み、続いて視線を夏希に移した。夏希は、この世界の王族や貴族と比べても遜色ない美貌の持ち主だ。日本にいた時は、校内の男子のみならず、芸能界やモデル業界からも声が掛かっていた。しかし、本人は目立つことが嫌いなのか、数多の誘いを全て断り、誰にも興味を示さない。


 そんな夏希に高槻は興味を持っていたが、既にアイドルとして芸能界で活動していた高槻は自ら夏希を誘うようなことはしなかった。自分に興味が無いこと、フラれるのが分かっていたからだが、かと言って諦めてもいなかった。



「話を戻すけど、私達を呼び戻したのは何をさせたいの? ここの地下にある遺跡の探索? それとも『鍵』を見つけてこいって?」


「できれば両方」


 そう返したのは九条だ。


「両方? 『王都組』は?」


「『王都組』はここにいるみんなと、作業室にいる宗次だけだよ。あとは殺された。そのことも伝えようと思って呼んだんだよ」


「「「ッ!?」」」

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