第351話 聖域
(深いな……)
教会本堂の地下へと続く通路を進んでいたレイは、螺旋階段が内壁に設置された巨大な縦穴の開いた空間に出た。階段の途中に所々横穴があり、階層ごとに通路が延びているようだ。
(そう言えば、街全体が山の上だったな。ということは、山の内部ってことか。火口跡? しかし、地上の美しい街並みとは対照的に不気味な雰囲気だ。教会の真下にあるとはとても思えんな……)
巨大な縦穴は地下の暗さも相まって、底が見えない。足を踏み外せば死ねる高さだろう。飛翔魔法があるといえ、イヴの話では魔法が使えない場所もあるようなので油断は出来ない。
(
レイは注意深く周囲や階段を観察しながら、最下層へと降りていった。
…
地下の下層に進むにつれ、レイの耳に悲鳴や呻き声のような咆哮が響いてきた。最下層の通路には、漆黒の鉄格子で区切られた牢が等間隔に並んでおり、少なくない数の人間が収容されているようだ。
その中の一つには、元神殿騎士団、第十四大隊副長のフランク・モルダーの変わり果てた姿があった。マネーベルの大聖堂崩壊の際、違法な娼館を利用していたことが発覚して更迭された男だ。神殿騎士団の総団長であるユーグにより、聖女を守れなかった全責任もついでに負わされ、拷問に近い刑罰を異端審問官から受けていた。
レイは牢の一つ一つを覗いて『勇者』を探す。この大陸では黒髪は珍しく、薄暗い部屋であっても目立つはずだ。フランクのことなど秒でスルーし、奥へと進む。
(いないな……)
勇者らしき人間は見当たらない。それに、レイには今まで看守らしき者はおろか、異端審問官を一人も見ていないことに違和感を持っていた。
(表の状況に駆り出されてるのか? そうであっても囚人を放置して誰も見張りがいないのはおかしい……罠か?)
通路の最奥に重厚な扉が設置された部屋があった。僅かに開いた扉からは部屋の光が漏れており、複数の人の気配もある。
レイは扉の隙間から注意深く中を覗くと、祭服の上に漆黒のローブを羽織った者が椅子に座っていた。フードの下には皺の多い顔は見えるが、男性か女性かは分からない。その者の左右には鉄の仮面をした異端審問官が護衛のように立っており、まるで誰かを待っているかのようだった。
三人は何をする訳でも無く、会話もせずただその場にいる。
「……誰かいるのか?」
「「ッ!」」
座っている者から不意に声が発せられる。左右の異端審問官はその言葉ではじめて気づいたのか、慌てて扉に視線を送った。
「驚いたな。本気の隠形を察知されたのは
扉を開け、中に入ったレイの姿が露になる。魔力が霧散する感覚から部屋には『魔封の結界』が施されているようだ。レイは黒刀と拳銃を手にしており、既に臨戦態勢だ。
「まさか、姿を消すことができるとは……部下が見失うわけです」
「……ダニエ枢機卿か?」
レイは、左右にいる異端審問官とは違う質の良い装いと雰囲気に、そう推測し尋ねた。
「お初にお目にかかります。ダニエ・ドーイと申します。お待ちしておりました『女神の使徒』様」
立ち上がり、かすれた中性的な声で、ダニエはレイにそう言うと、膝をついて頭を下げた。左右にいた異端審問官も、鉄仮面を外して同じように頭を垂れる。
「待っていた? 何故、俺が『女神の使徒』だと?」
「信仰心の厚い者なら一目で分かります。女神アリア様と同じ、聖なる気配を貴方様から感じますので。ここで待っていたのは貴方様が『勇者』を始末しに訪れるだろうと予想しました。こちらからお出迎えに上がるところを、このような形になり申し訳ありません」
(俺が『女神の使徒』で『勇者』を始末しに来たことを知っている? あの小僧か? しかし、屋敷に来た騎士共には正確に伝わってる雰囲気は無かった。だが、問題はこいつがどっち側かということだ)
レイは魔法が使えない状況を想定し、魔導銃ではなくゴルブから貰った地球の拳銃、コルトガバメントM1911A1を手にしていた。コルトガバメントは通常の安全装置の他にグリップにも暴発防止の機構があり、銃後部にある安全装置を解除してグリップを握らなければ引金を引けない構造だ。
その銃の安全装置を解除し、グリップを握り込んだレイは、そっと指を引金に置く。
通常、人に銃の扱いを指導する場合、撃つ直前まで引金に指を触れないよう教えるが、熟練した者に関してはその限りではない。銃器に関する熟練度によっては、銃の保持の仕方は何段階かに分けられる。安全管理を徹底したプロの中には、トリガーガードに指を入れたまま銃を保持する者も珍しくはない。
ダニエ枢機卿の発言次第で、レイはすぐに撃ち殺すつもりだった。
「少し落ち着かれた頃に、ゆっくりお会いしたかったのですが、事態が急変し時間が無くなりました」
「表の不死者の件か?」
「はい。神殿騎士団、いや、この国の体制では対処は難しいでしょう」
「中々冷静な判断だが、枢機卿という立場がそれでいいのか?」
「私には女神アリア様のことが全てに優先されます。無責任かと思われるかもしれませんが、この国やアリア教が無くなったとしても私にはやらなくてはならない責務があります」
「やらなくてはならないこと?」
「一つは、貴方様に女神の言葉を伝える事。そして、もう一つは、私の……私達、教会が犯した罪を償うことです」
「……」
「詳しくお話しします」
…
……
………
教会本堂の地下。リディーナとイヴは、異端審問官達に連れられて巨大な縦穴の螺旋階段を降りていた。
「なんとも不気味な雰囲気ね……教会の地下だとは思えないわ」
「……」
「イヴ?」
黙っていたイヴが神妙な面持ちで足を止め、短剣を抜く。
「何処へ行くつもりですか? この先には牢獄しかありません。やはり私達を……」
「早まるな。この先を知る者はダニエ様に古くから仕えている者だけだ。異端審問官として僅かな期間しかいなかった者は知らなくて当然だ」
「……」
「行きましょ、イヴ。もし、罠だったら全員殺せばいい話だわ」
そう言いながらも、魔法が使用できなければいくらリディーナでも分が悪い。結界は足を踏み入れれば体感で分かるので、その時はすぐにその場を離れて全員始末するつもりだ。
リディーナは
「何もないわね」
「慌てるな」
異端審問官の男は、最下層の底の床に手を置き、魔力を注ぐと、魔法陣が浮かび上がり、更に下に降りる階段が現れた。
そこから先は洞窟のような空間が広がり、外壁が薄っすらと光っていた。そして、何よりリディーナを驚かせたのはその光景だ。
「な、なによここ……」
呆然とするリディーナ。その様子にイヴが困惑する。
「どうなされたのですか……リディーナ様?」
リディーナの目には、様々な精霊達が飛び交う光景が映っていた。エタリシオンとは比べられないほどの精霊達の密度に、リディーナは激しく動揺する。
「そうか、精霊魔法が使えるということは、お前にも見えるのだったな……」
異端審問官の一人がローブのフードを取り、仮面を外した。その顔は容姿端麗の美青年ながらも両耳の上半分が無かった。
「アナタ、まさかエルフなの?」
「正確にはハーフエルフだ」
男の告白に二人は吃驚する。アリア教会の暗部に亜人がいるなど信じられなかったからだ。
「どうして亜人のアナタが教会にいるのよ……?」
「その者と同じ、元は孤児だ。父と母、どちらがエルフかも分からん。生まれながらに奴隷として生きていたところをダニエ様に拾われた……それに、亜人は俺だけじゃない」
(ダニエって枢機卿は他の神聖国の人間と違って亜人に差別的な思想は無いのかしら? アリア教会の幹部にしては異端なんじゃないの? 冷静に考えてみれば、イヴも含めて亜人が異端審問官をしてるなんて、よく教会が許してるわね)
「聞きたいことがあれば、この先にいるダニエ様に直接聞け」
男はフードと仮面を被り直すと、洞窟の先へと進んで行った。
「リディーナ様、ここは魔素が異様に濃いです」
「そうね。魔の森より遥かに濃いわね」
二人の会話を聞いて、一人の異端審問官が口を開く。
「ここは『聖域』だ」
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