第314話 狙撃

 パァーーーン

 パァーーーン


(嘘だろ……?)


 ラーク王国を出発して一週間。レイ達は森の切れ目から見える平原で射撃訓練を行っていた。伏せの体勢で魔導狙撃銃を握るのはリディーナだ。約千メートル先の印をつけた岩に、銃弾を軽々と命中させている。


 魔導船で回収した狙撃型の銃は、地球のレミントン・アームズ社のM700に酷似しているもので、ハンドガンと同じようにシンプルなデザインの銃だ。装弾数は固定弾倉に六発入り、作動方式はボルトアクション方式。一発撃つごとに手動で薬室に弾丸を送り込む必要がある。魔導銃が地球の銃と異なるのは、薬莢が排出されない点だ。薬莢のガワも含めて弾丸以外の全てが発射エネルギーに変換されるのか、魔導船で回収した弾薬は全て薬莢が残らない。


 薬莢が排出されないので、当然だが排莢不良ジャムは起こらない。排莢機構が無い分、精密に作られているようで、部品点数の多い地球の自動式オートマチックに比べて目に見えるほど命中精度が高い。



 しかし、リディーナの射撃精度は銃の性能だけではない。なぜなら、リディーナは照準器スコープを使用しておらず、観測機器も使用していない。元々、銃にセットされていた照準器の調整を面倒だといってリディーナは外し、強化した視力と感覚のみで約千メートルの距離にある標的に百発百中で当てている。


(信じられん……)


 狙撃をする上で、考慮すべきなのは銃口初速・弾頭重量・抗力係数・重力・風(方角と風速)だが、その他にも標高・高低差・気圧・湿度・気温、更には緯度と地球の自転まで計算に含める。狙撃する距離が離れれば離れるほど、緻密で複雑な計算が必要になる。現代では、照準器自体にこれらを自動で計算してくれる弾道コンピューターFCUがあり、計算自体は簡単にできるが、計算が完璧でも、現実には計算通りに弾が飛んでいくわけではない。銃固有の癖は勿論、弾薬の精度や環境の変化など、必ずしも毎回同じ弾道を描くとは限らないのだ。熟練の狙撃手は、訓練で積み上げた技術と知識、経験により都度修正しながら生じる誤差を埋め、どのような環境でも必中させる為の積み上げをしている。多少訓練したぐらいでは長距離の狙撃は絶対にできない。


 初めて撃つ銃で、その銃の有効射程を超える距離を一発で命中させることは、専門の訓練を受けていたとしても殆ど不可能だ。


 レイも狙撃銃の扱い方や、狙撃の知識はあるが、遠距離を狙撃する技術は無い。



「うーん、もっと遠くまでいけそうなんだけど……」


「なら、平原の奥にある一本の木が見えるか? あの枯れた木だ」


「枝が落ちちゃってるあの一本木のこと?」


「そうだ。あれに当てて木を折ってみろ」


 レイは魔導狙撃銃から取り外した照準器を見ながらリディーナに次の標的を指示する。目測だが標的にした木までおよそ二キロ。強化した視力で目視できる限界だ。当てられるわけがない、そう思っていたレイはすぐに射撃姿勢に入ったリディーナに驚く。


 スゥ……


 リディーナは大きく息を吸い込み、呼吸を止めると同時に瞳が白くなる。


 パァーーーン


 二秒後、銃声に遅れて枯れ木の先端が吹き飛んだ。


「マジかよ……」


「フフ~ン♪」


 銃声と着弾まで約二秒。標的の距離まで二キロ前後なのは間違いない。恐らく妖精の力で風を読んでいるのだろう。正確な距離計測器も使用せず、弾道計算すらしていない。何より、使用した銃が地球のM700と同等の性能だった場合、使用する弾が7.62㎜NATO弾だとして、有効射程は約800m。弾薬の種類によっては1500mまで狙撃可能だが、それを越える距離の狙撃は現実的ではない。使用した魔導狙撃銃がM700を越える性能があるのは間違いないが、リディーナの持つ射撃センスは、天才どころか、神がかった凄まじいものだ。


「……」


 驚異的な射撃センスにレイは言葉が出なかった。



 一方、得意気な表情のリディーナに対し、イヴは四百メートル付近の標的に苦戦中だ。平原に置かれた岩に印をつけて狙わせているが着弾はバラけて安定してない。


「……なかなか難しいです」


「いや、十分だと思うぞ? 目視と当て勘だけで、あの距離の標的に集約させてるだけでも凄いことだ。さっきのリディーナの射撃は俺にも不可能だし、参考にしなくていい」


 魔導船から回収した備品の中にも狙撃に使用される各種計測器はあったが、それを使ってもレイには四百~五百メートルの距離が限界だ。無論、何発も撃てば当たるが、それでは狙撃にならない。一発目で標的を仕留めなければ、狙撃が発覚し、優位性が失われる。


「ちょっと、褒められてるのか貶されてるのか分からないんだけど?」


「すまん。凄すぎて言葉が見つからない。少なくとも俺が知ってる狙撃手スナイパーでリディーナ程のセンスがある奴はいなかった。まあ、狙撃ってやつは射撃能力だけじゃダメなんだが、それは追々説明する。とにかく凄い才能だよ」


「エヘヘ~」


「実際は動いてる標的を一発で殺すにはこの何倍も難しい。さっきのリディーナの射撃では引金を引いてから着弾までおよそ二秒かかってる。引金を引く時点で、標的の二秒後の動きを予測しないとならない。近距離の行動予測とは訳が違う。射撃する機会を見極めるには相手の行動を注意深く観察しないとならない。最初の一発を外せば相手は動きまくるか、隠れてしまう。そうなれば予測が難しくなり二射目の難易度が跳ね上がる。それに、こちらの存在が知られるから相手からの反撃にも注意しなくちゃならない。必ず当たると確信があるまで撃ってはだめだ。時には撃たない判断も必要だぞ?」


「場合によっては見逃すってこと?」


「そうは言ってないが、初撃を外すことのデメリットが大きいんだ。外して対策する時間を与えるぐらいなら、端から接近戦で奇襲を仕掛けた方がマシだ」


「言われてみればそうね。逃げられて隠れちゃったら面倒よね」


「そう言うことだ。遠距離からの狙撃は自分の存在を知られずに殺せるが、確実に殺したという確認がし難い。逆に近距離なら確実に死亡の確認ができるが、誰かに目撃されたりして犯行が発覚し易い。まあ、状況によって色々な手段を選択できるのは有利だから、引き続き銃の訓練は剣術と並行してやっていくぞ。イヴはまず、自分が確実に当てられる距離を把握するところからだな」


「了解しました」


「私は?」


「リディーナは、射撃に関して特に言うことはないな」


「えー 冷たーい 私ももっと出来るようになりたいー」


「では、次回から狙撃に関しての講義に時間を取る。射撃技術だけが狙撃じゃないからな。みっちり説明してやる」


「それはイヤ!」

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