第315話 神聖国セントアリア①

 ――『神聖国セントアリア』――


 ラーク王国の真西に位置するこの国は、独立峰の上に作られた標高の高い国だ。街の中央に見える城の様な教会堂を中心に、白く統一された石造りの建物が並んでおり、周囲は高い城壁に囲まれている。


 神聖国セントアリアは、教皇によって統治される国家であり、大陸中に広がっているアリア教会の総本山である。ドワーフ国『メルギド』と同じように、神聖国セントアリアはこの山にある街だけで、他に領地は無い。


 …


「もう半日ほど行けば、セントアリアが見えてくるはずだ」


 アンジェリカが馬車から覗く風景を見ながらレイ達に言う。街道の周囲は森の木々に囲まれているが、アンジェリカは景色に見覚えがあるようだ。


「じゃあ、お昼ご飯のついでにみんな着替えなきゃね~」


 ニヤニヤして嬉しそうにリディーナがレイを見る。


「くっ……」


 アンジェリカとクレアは今まで地味な修道女の格好だったが、それでは神聖国に入った際にその正体がバレる恐れがあった。神聖国の住民の殆どは敬虔なアリア教徒であり、クレアの顔は民衆に知れ渡っている。レイは写真や映像も無い世界で、一個人の顔がそこまで認知されているとは思っていなかった。


(ロダスってオッサン曰く、目に焼き付けてるだったか? 写真が無いから逆に忘れまいとしてるのか。少し楽観してたな……)



「で、バレないように偽装する衣装がこれか……」


 昼食を済ませたレイが手にしているのは貴族の子供服だ。装飾過多の派手な衣装に、レイの顔が引き攣る。


(まるで七五三だ。しかも、短パン……)


 当初の予定で魔導列車を使わなかったのは、神聖国行きの列車には神殿騎士が警備に就くからであり、アンジェリカとクレアの存在を隠す為には乗る訳にはいかなかったからだ。


 安全な魔導列車を使わずに危険な馬車旅で向かうからには、列車に乗る金のない質素な修道女を装う必要があったが、二人の偽装にも都合が良かった。


 しかし、クレアの認知度とブランの所為で、当初の計画に無理が生じた。


 純白の巨大な馬体に一本角を持つ一角獣ユニコーンのブラン。角は馬鎧で装飾の様に見せてはいるが、派手に目を引く馬体は質素で地味な馬車を引くには違和感が凄まじかった。ブランに合わせて貴族所有の馬車を用意し、貴族の巡礼に見せた方が面倒は起きないと提案され、レイ達は渋々その案に乗るしかなかった。


 アンジェリカとクレアも貴族のドレス姿に着替えている。アンジェリカを姉、クレアが妹、レイが末弟の、貴族の姉弟という設定だ。リディーナとイヴはその護衛で、格好は普段のままだ。貴族の護衛に冒険者が付くのは若干変だが、二人の外套はメルギドの代表であるユマ婆が製作した高級品なので違和感は無い。


 貴族に偽装した三人の衣装と馬車は、ラーク王から提供された物だ。そもそもこの提案がラーク王とロダスによるものであり、反乱に加担した貴族から没収した物だ。いずれ家ごと取り潰すので暫く家名や紋章を使ってくれて構わないとのことだったが、レイ達はその提案も断れなかった。



「確か、モリソン伯爵だったか? 既に一族郎党、捕縛されてその情報は公にされてないから家名や紋章の使用に問題無いらしいが、本当にここまでする必要があるのか?」


 レイは自身の恥ずかしい格好を見てアンジェリカに愚痴る。


「ま、街の中央区画には魔法の結界があるし、外部の人間が入るには検査も厳しく行われる。ひ、必要だっ!」


(カ、カワイイ…… このままが額に飾って置きたい……)


 顔を赤くしてレイの姿をチラチラ見ながらアンジェリカが必死にちびっ子貴族のレイに説明する。



「まあ、今のレイはどう見ても冒険者としては無理があるし、仕方ないんじゃないかしら?」


(カワイイッ! んもうっ! このままどこかに連れ去りたいっ!)



「そうですね。レイ様の御顔ではその衣装でもまだ違和感があります。せめて侯爵か王族相応の衣装をご用意できれば良かったのですが……」


(やはり、伯爵程度の家の服ではレイ様の魅力が引き出せませんね……)



「何言ってんだ、イヴ……」


 …


 御者席にリディーナとイヴが座り、豪華な馬車をブランが引く。平原に入り暫くすると、『神聖国セントアリア』の街が見えてきた。


「モン・サン=ミシェルみたいな街だな……」


 フランスにある世界遺産の修道院のような光景に、レイが呟く。モン・サン=ミッシェルは湾内に浮かぶ小島にある街だが、神聖国セントアリアはそれが山の上にある。


「もん? 何それ?」


「俺のいた世界にあった都市だ。似てると思ってな。それにしても、あそこに見える街だけか?」


 レイが言っているのは畑のことだ。今まで見た街には城壁の周囲には必ず農地、麦畑があったが、神聖国には城壁に囲まれた街がポツンとあるだけだった。その光景に違和感を感じてレイはアンジェリカに尋ねた。


「セントアリアはあの街が全てだ。農地はおろか、他に街も無い」


「え? じゃあ、どうやって生活してるのよ?」


「食料や生活用品の殆どは、大陸中から布施として入って来る。神聖国は世俗のような生産活動は一部を除いて殆ど行っていない」


「嘘でしょ? 皆、何もしてないの?」


「何もしてないというのは心外だ。女神アリア様の教えを民に説いている。それ以上のことはないだろう? それに、我々神に仕える聖職者の為に働く者もちゃんといるぞ?」


「えー……」


 リディーナはこれまで色々な国を訪れたが、神聖国は初めてだ。他国とのあまりの違いに驚くと同時に、アンジェリカのさも当然とした物言いに価値観の違いを今更ながらに感じる。


「リディーナ様、申し訳ないのですが、そろそろフードを……」


 イヴが申し訳無さそうにリディーナにフードを被るよう頼んだ。神聖国は他国の検問所と同様、認識阻害を防止する為の魔導具が城門に設置されており、街に入る際に偽装魔法や魔導具は強制解除される。偽装したまま入国しようものなら、即捕縛されてしまう。しかし、イヴの心配はそれだけではない。


「私は大丈夫と思いますが、リディーナ様には不快な思いをさせてしまうかもしれません……」


「分かってるわ。気にしなくていいわよ。……レイも怒らないでね?」


「ああ、分かってる」


 アリア教。女神アリアの存在はともかく、その教えは人族の国だけに浸透している宗教だ。人族の国がこの大陸の八割を占めていることと、他の宗教や宗派、教義を信仰している国が殆ど無いことから、大陸を支配している宗教団体といっていい。


 他の宗派や教義に分派することなく、長い間、大陸唯一の宗教であり続けているのは、女神の神託を伝える『聖女』が常に複数存在し続けているからだ。しかし、『聖女』は人族からしか現れず、亜人種からは過去に一度も現れていない。そのことでアリア教は人族の宗教、女神アリアは人族の神だと人々には認知されている。亜人は女神の存在を信じてはいても、アリア教徒として教会には認められていない。


 神聖国セントアリアでは亜人は歓迎されない存在だ。


 …


 街に入る城門の前には、魔導列車の通っていない地域から大勢の人間と馬車が列を成していた。並んでいる人間の殆どが巡礼に訪れた敬虔なアリア教徒で、それ以外は行商人だ。


 レイ達は貴族を装っているので、列には並ばず直接城門に向かう。平民の列に貴族が並ぶことは有り得ず、遠慮して並べば怪しまれる。


「止まれー!」


 城門の警備に就いている神殿騎士が、横柄な態度でレイ達の乗った馬車を止めた。神殿騎士は馬車の紋章を確認するも、その態度は変えない。


「ラーク王国、モリソン伯爵家の紋章か……」


 分厚い本を片手に馬車の紋章を確認した神殿騎士は、馬車の扉を開けて車内のレイ達を一瞥する。車内にいた三人の顔を見るも、特に何も言うことなく扉を閉め、次に御者席のリディーナを訝し気な目で見る。


「ちっ、亜人か。……通ってよしっ!」


 そうリディーナに小さく吐き捨てた神殿騎士は、通行許可を出してレイ達の乗った馬車を通した。周囲の騎士や列に並んでいた民衆は、ブランの巨体に驚きつつも、エルフ族のリディーナに見惚れる者や怪訝な顔をする者、下卑た目を向ける者など様々な視線を送っていた。



「中々、差別的な国の様だな」


「……」


 レイの呟きに、アンジェリカは視線を床に落とし、何も言えなかった。

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