第312話 王の依頼

 ラーク王国、王都フィリスにある冒険者ギルド支部の執務室。


 冒険者ギルド、フィリス支部の前任ギルドマスターであったクライドは、謀反を起こしたウォルト・クライス侯爵に加担していた。王国に対して失った信用の回復と、支部の立て直しを行う為、マネーベル支部からギルドマスターのマリガンがフィリスに着任して一週間。


 吸血鬼であったクライドの『魅了』によって、フィリス支部の職員と主要な冒険者は洗脳状態にあった。事件後、洗脳が解けた職員の多くは事情聴取に素直に応じ、行った不正行為を自供したが、殆どの冒険者は逃亡した。現在のフィリス支部は、本部と他の支部からの応援により、なんとか業務を行っている状態だ。



「マリガンさん、全員集まりました」


 マネーベル支部から連れて来た職員のステファニーがマリガンに声を掛ける。執務室にはステファニーの他に、マネーベルをはじめ他の支部から来た高等級冒険者パーティーの各リーダーと、本部からの応援である職員の主要な者が集められていた。全員が着席することはできないので、半分以上の人間が立ったままだ。


「諸君。忙しい中、集まって貰ってすまない。ギルド支部の内部調査もようやく一段落し、一度、状況の確認と、情報の共有を行っておこうと今回皆に集まってもらった。まずは通常依頼だが……」


 通常依頼とは、掲示板に常時掲載されるような、人々の生活に関わる依頼だ。食肉用の狩猟依頼や薬草採取など、街の暮らしを支える仕事であり、冒険者ギルドの根幹を支える業務でもある。


「旦那、通常依頼は、この支部に残ってた下位の冒険者達でも十分捌けてる。ここの主な依頼は鉱山の警備だったみたいだが、今は王国の騎士団が全ての鉱山を管理しててそっちの依頼が無ぇおかげだけどな。けど、C等級以上の依頼には手が回ってないぜ? 特に護衛依頼は深刻だ。通常の半分しか数が揃わないから、俺達がバラけてそれぞれの依頼のフォローに入ってはいるが、治安が悪すぎて死傷者が多い。このままじゃ拙いぜ?」


 そう説明するのはマネーベル支部のA等級冒険者パーティー『クレイモア』のリーダー、ドミンゴだ。ドミンゴ達、A等級のパーティーは、現在パーティーでの依頼を受けず、それぞれ別個で若手冒険者パーティーのフォローに回っていた。


「問題はそれだ。違法鉱山で働かせられていた冒険者達が野盗化してる。吸血鬼によって洗脳され、無理矢理奴隷になってた連中が、洗脳が解けて一斉に暴走してる。一部は投降し、冒険者として復帰してる者達もいるが、殆どの冒険者は金塊を採掘場から奪って、国内外に潜伏してる。ようやく名簿リストが出来上がったからまずはそいつを見てくれ」


 マリガンがそう言うと、ステファニーが名簿が書かれた紙を全員に配りはじめる。洗脳の殆どは『勇者』である城直樹によるものだったが、そのことは一部を除き、公にはされてない。


「高等級の冒険者が結構いるじゃない。これってヤバくない?」


 他国から応援にきている冒険者の女が、手元の名簿を見て眉を顰める。野盗化してる冒険者は、A等級からC等級まで高等級の冒険者達ばかりであり、数も多い。中でもA等級とB等級が問題だ。実力の幅が大きいC等級とは違い、B等級以上ともなれば、単純に数を揃えても対抗することは難しく、A等級なら同級、且つ、倍以上の人数であたらなければ安全に討伐することは難しい。


「幸い、奪った金塊があるからか、名簿にある人数が全員、表立った行動を行ってはいないようだ。王国側は素直に投降すれば寛大な処置をすると通達してるが、流石に一般人に被害を出してれば無罪放免とはいかんだろう。投降を促して、素直に従ってくれればいいが……」


「こっちは土地勘も無ぇし、俺達冒険者の手口も知ってる連中だ。んな甘っちょろいことしてたら殺られちまうぜ、ギルマスさんよ?」


 大柄なドミンゴと同じくらいの大男がマリガンに突っ込む。


「実は、この件に関して、本部から応援が来ることになってる。諸君等の内、A等級のパーティーは、それに協力して元冒険者達の討伐にあたってもらうことになる」


「「「応援?」」」


「……S等級が来る」


「「「ッ!」」」


 一同に緊張が走る。この部屋にいる冒険者は、長年活動してきた実績のあるベテラン達だ。一般には知られていない「S等級」の存在は当然知っているし、中には実際に接したことがある者もいた。中には「S等級」と聞き、顔を青くする者もいる。


「『断罪者パニッシャー』……」


 青褪めている冒険者の中から呟きが聞こえる。


 冒険者として長く活動していれば、必ず噂に挙がる内部粛清人『断罪者』。暴走した冒険者を討伐する処刑人だ。高等級の冒険者が罪を犯した場合、高い戦闘力のある者を罰することは難しい。支部で対処できない案件の為に、本部にはそれを専門に行う者が存在するのは、ある程度、冒険者として活動する者にとっては周知の事実だ。だが、その存在は公にされてはおらず、ギルドマスターであるマリガンにとっても謎の存在だった。


 以前は冒険者達の自重を促す為にも、そういった存在は公にするべきと思っていたマリガンだったが、レイやリディーナの様に目立ちたくないと思っている実力者の意向に沿っているのかもしれないと最近では納得していた。


「私は午後から王宮に用があるから、今日はこれで解散する。A等級の諸君は、自身のパーティーを招集して支部で待機しているように。本部から「S等級」が来たらすぐに動けるようにな。……何か質問はあるか?」


「「「……」」」


「では解散」


 …

 ……

 ………


「はぁー…… 早く帰りたい……」


 王宮に向かう道中の馬車内で、マリガンは盛大にため息をつく。


「どうしたんですか? まだこっちに来たばかりじゃないですか」


「妻と娘はマネーベルに残るそうだ。こっちにいつまでいればいいかも分からないから仕方ないんだが……。毎日、誰もいない部屋で寝泊まりするのがこんなにキツイとは思わなかった。それにまた「S等級」のバケモンなんぞの相手をせにゃならんとは……」


「え? マリガンさん、フィリス支部のギルドマスターに就任されたんですよね? マネーベルに帰れるんですか?」


「何言ってるんだ、ステファニー君! 私はあくまでもここの代理だ! 落ち着いたら誰かをギルマスにして私は向こうに帰る! だからマネーベルも代理の人間を置いてるんじゃないか!」


「それって大丈夫なんですか? いくら隣国といっても魔導列車で三日の距離ですよ? もし向こうで何かあったらどうするんですか?」


「…………大丈夫だ」


「私の目を見て言ってもらえます?」


「……」


「まあ、いいです。それより、王国の担当官とは何度か会合を開いてますが、態々王宮に呼び出されるなんて一体何なんでしょうか?」


「分からん。身なりの指定があったからには、どこぞの高位貴族が呼び出したんだろうが、詳細は知らされてない。その辺りもなんだか怪しいが、今のこちらの立場では何も言えんからな。理不尽な依頼を押し付けられなきゃいいが」


「一部の人間による不祥事が、真面目にやってる者に影響するなんて堪りませんね……」


「組織にいる以上、それは仕方ない。これが一冒険者ならまだどうにかなるが、流石にやらかしたのが組織の責任者だからな。暫く肩身の狭い思いは覚悟しなきゃならんだろう」


 そう話をしてる内に、マリガンとステファニーを乗せた馬車は王宮に到着する。反乱があったばかりの所為か、王宮は近衛騎士により厳重に警備されており、二人は城門で身体検査を受けて装備を預けさせられた。城内には武器は勿論、魔導具も含めて一切の物を持ち込めない。献上品など必要な物も自分達で運ぶことは出来ず、城の者に預けることになる。


「それではこちらへ」


 近衛騎士に案内され、マリガンとステファニーは王宮内を歩く。階段をいくつも登り、階が上がるにつれ、二人の顔が段々と引き攣ってきた。


「(ちょっ…… マリガンさん)」

「(…………ヤバイかも)」


 二人が案内されたのは城の上層にある『謁見の間』だった。両開きの大きな扉が開き、中に入るよう促されると、近衛騎士がずらりと並び、険しい表情の初老の男、テスラー宰相が待っていた。


 戸惑いながらも、恐る恐る足を進めるマリガンとステファニー。宰相が手を上げ、二人を静止させると、その場で跪かせて頭を下げさせる。


((ま、まさか……))


 頭を垂れ、暫くそのままの姿勢で二人が待っていると、部屋の奥からラーク王が側近を伴い入って来た。


 視線を下げたままのマリガンとステファニーだったが、どのような人物が現れたのか雰囲気ですぐに察する。そもそも謁見の間に通された時点で分かっていたことだが、一介のギルド職員が王に呼ばれるなど普通ではない。それに本来あったであろう謁見の手順をいくつも飛ばしているのはマリガンにも分かっていた。だからこそ信じられない。平民出身の者にとって、領地を治める貴族ですら会う機会など殆どないのだ。国王との謁見などマリガンには想像すらしていなかった。


 冒険者ギルドと国家は対等な関係だが、それは組織同士の話であって、個人となれば話は別だ。絶対的権力者である国王と対等な者は、同じく国を治める王しか存在しない。その上、議会制のジルトロ共和国と、君主制のラーク王国では、代表の権力に天と地ほどの差がある。平民であり冒険者ギルドの一職員でしかない二人のことなど、その生死も含めてラーク王の気分次第だ。



「面を上げよ」


 玉座に座ったラーク王がマリガンとステファニーに声を掛ける。


「そう固くならずともよい。非公式故、作法も気にするな」


 そう言われて、その通りにするほど愚かな二人ではない。


「面を上げよ」


 二度目の王の発言に、ようやく頭を上げた二人の目の前には、見麗しい金髪碧眼の若い女性が豪華な衣装に身を包んで玉座に座っていた。ラーク王国の国王は仮面を常に身に着け、公の場には滅多に姿を現さないと聞いていたマリガンとステファニーは、その姿に暫し心奪われた。



「短刀直入に言おう。余個人の手紙をある人物に届けてもらいたい」


「え?」


 マリガンは王の言葉に内心首を傾げる。王の書簡を外部に依頼するなど聞いたことが無い。しかし、続く王の言葉にマリガンは心臓を鷲掴みにされる。


「ある人物とは、冒険者パーティー『レイブンクロー』のレイだ。あのに余の手紙を届けてもらいたい」


(はい?)


 マリガンは思わぬ人物から予期せぬ名前を聞き、頭が真っ白になった。

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